第47話 爆弾魔は巨竜人と手を組む
俺はドルグの提案に片眉を上げる。
まさか俺を仲間に誘うとは予想外だった。
冗談で言っている雰囲気でもない。
ドルグは本気でスカウトしようとしている。
俺はドルグに歩み寄りながら疑問を呈する。
「正気かよ。あんたの組織をぶっ潰した男だぜ? 恨みは無いのかい」
「そんなものは欠片も無い。儂は力を重んじる。お前さんは、その力で敵を殺しただけだろう。規模の差こそあれど、この国では日常的に行われていることよ」
ドルグは悠々と言い放つ。
何の偽りも感じられず、そこには強者の威厳と余裕があった。
紛うことなき彼の考えだ。
「それに、儂の傘下にある組織は数百にも及ぶ。お前さんが潰したものなど、その一割にも満たん。元より気にすることではあるまい」
「豪快な意見だな。死んじまった部下に同情するよ」
俺は思わず苦笑いを浮かべる。
もっとも、加害者である俺が悼んだところで、誰も喜びやしないだろう。
一連の殺戮は、成り行きで起きてしまったものだ。
誰が悪いということもない。
結果的に俺が生き残っただけである。
一方、玉座に座るドルグは僅かに身を乗り出した。
「話が逸れたが、儂はお前さんを部下にしたい。強大な個人戦力は貴重だ。是非とも仲間になってほしい」
「俺にメリットはあるのかい?」
「エウレア全域における地位を確約しよう。儂に可能な範囲であれば、お前さんの要望にも応える。金も女も名誉も揃えてやる」
本当ならとんでもなく旨い話だ。
故に怪しい。
こういう場合、大抵は裏がある。
額面通りに信じられるほど俺はピュアじゃない。
ドルグの様子を観察しながら、続けて質問を投げる。
「あんたの部下になったら、どんな仕事をするんだ?」
「担当地域の運営や問題解決、販路の拡大に携わってもらう。お前さんを幹部に据え置きたいのでな。様々な業務は任せたいと考えている」
「幹部だって?」
驚く俺に対し、ドルグは平然と首肯する。
「儂の直属の部下になってもらうのだ。相応の役職は必要だろう」
「仕事量はどうなる?悪いがあまり束縛されたくない主義なんだ」
「お前さんの行動を極端に縛り付けるつもりはない。基本的には自由にやってくれていい。他に幹部もいるのでな。お前さんに回す仕事はなるべく減らそう」
ドルグは手を広げて語る。
やはり嘘を言っている様子はない。
それにしては、俺にとって都合のいいことばかりだった。
いや、違う。
ドルグは極端なまでの実力主義者だ。
俺という爆弾魔を仲間に引き込んだ時点で、相応の利益になるのだろう。
彼は先行投資を辞さないタイプらしい。
膨大な富を積むだけの価値を俺に見い出している。
「儂はお前さんの力を高く評価している。その狂った眼がいい。暴力を敬愛している者の眼だ」
「そんなに褒めるなよ。何も出て来やしないぜ」
「褒めていない。ただの事実だ。エウレアでは力こそ全て。お前さんはその風潮に完璧に馴染んでいる。儂はそういった人材を求めているのだ。どうだ? お前さんの答えを聞かせてくれ」
そこでドルグは沈黙する。
俺の返事を待っているのだ。
正直、悪くない条件であった。
エウレアのトップの後ろ盾を得られるのは大きい。
パトロンとしては最適だろう。
懐が潤うことで、様々な研究や開発を進められる。
元の世界への帰還も実現に近付くはずである。
ドルグに従うというのも別に嫌ではない。
俺は軍人や傭兵で生きてきた人間だ。
ギブ・アンド・テイクの関係には慣れている。
たとえ犯罪組織の親玉でも、待遇さえ良ければ抵抗はなかった。
考えの決まった俺は、ドルグに答えを告げる。
「交渉成立だ。俺はあんたの部下に――」
「お待ちください」
俺の言葉を遮るように声が発せられた。
そちらを見れば、部屋の入口に仮面の女がいる。
彼女はつかつかとこちらへ近付いてくる。
それを目にしたドルグは目を細める。
「シュナか。どうした。お前さんを呼んだ憶えはないが?」
「ご無礼をお許しください。この者は危険です。幹部への配属は些か早計かと」
仮面の女シュナは冷静に述べた。
俺とアリスには見向きもせず、真っ直ぐにドルグのもとへ歩いていく。
「お前さんが意見するとは珍しい。ジャックをここまで案内してくれたではないか」
「私は招致の目的を聞かされていませんでしたので。ドルグ様が直々に処罰されるものかと思っておりました」
「俺が幹部になることがそんなに不満かい?」
傍観する理由もないので、俺は声をかける。
「…………」
シュナは足を止めて振り返った。
仮面の奥の冷徹な眼差しが、俺を一瞥する。
「不満です。エウレア国内での貴方の素行は、報告書で把握しております。とても幹部に適しているとは思えません」
シュナは毅然と答えた。
その言い方に俺は少し苛立つ。
一方的に呼び出しておきながらこの扱いだ。
まるで俺が悪いかのように語りやがる。
俺は片脚を前に出した。
その姿勢でシュナと目を合わせる。
「俺の靴でも舐めてみるかい? そしたら辞退も考えてやるさ」
「戯言を――」
侮辱を受けたシュナが殺気を放つ。
今にも襲いかかってきそうな気迫だ。
仕掛けてくるのなら、容赦なく殺してやろう。
これは正当防衛だ。
ドルグも非難はしないはずである。
腰の拳銃に手を伸ばそうとしたところで、アリスが俺の前に割り込んだ。
彼女は俺を後ろに押しながら、シュナに告げる。
「彼に手を出さないで」
「アリス」
「私に任せて」
アリスは動こうとしない。
怒っているのだろうか。
俺の前に立っているので表情は見えない。
「…………」
シュナはアリスを凝視する。
その手元が閃いた。
「ドルグ様は貴方の処遇までには言及していない」
呟いた直後、シュナがこちらへ駆け出す。
その手にはナイフが握られていた。
無音で迫るその動きは、一流の暗殺者のそれであった。
シュナが目前まで踏み込んだ瞬間、アリスの前面に青い半透明の障壁が展開された。
防御魔術だ。
ゴーレムカーに搭載された盾の機能と酷似している。
多重に発生した障壁は、突き込まれたナイフを受け止めた。
「……っ」
シュナが小さく舌打ちをする。
大部分が破壊されながらも、障壁はナイフを防ぎ切っていた。
刃はアリスのもとまでは届いていない。
役目を果たした障壁が僅かに波打つ。
すると表面が剣山のように尖り、勢いよく伸びた。
いち早く察知したシュナは飛び退いて回避行動を取る。
着地した彼女は、自身の手足を見やる。
黒づくめの衣服が裂けて、垂れた血が床を汚していた。
装着した仮面にも、小さな傷が付いている。
防御魔術を消したアリスは、懐からペンダントを取り出した。
青い結晶と銀細工であしらわれたものだ。
彼女は息の一つも乱さずに言う。
「魔術師なら詠唱前に殺せると踏んだのね。甘く見ないでほしいわ」
俺はアリスの肩に手を置いた。
拳銃をちらつかせながらシュナに尋ねる。
「続けるか? 俺はいいぜ。お前の脳味噌に鉛玉をぶち込んでやるよ。一瞬であの世行きさ」
「…………」
黙り込むシュナ。
ナイフを持つその手が動こうとする。
「そこまでだ。余興も度が過ぎれば冷める」
ドルグが仲裁の言葉を口にした。
場の空気が明確に重たくなる。
聞く者を服従させるだけの圧がかかっていた。
ドルグは爬虫類の目でアリスを捉える。
「シュナの攻撃を捌くどころか、反撃にまで転じられるとは。そちらのお嬢さんも無碍にはできんな。お前さんも幹部に招こう」
「ありがとう。嬉しいわ」
アリスは淡々と礼を言う。
言葉に反して、特に嬉しそうではなかった。
とても事務的な口調である。
ドルグはそれに笑いながら、今度はシュナを見る。
「シュナ。異論を力で通そうとするのは構わん。だが、お前さんではその二人には敵わないだろう。理解はしているな?」
「……はい」
「儂も無為に部下を減らしたくない。ここらで手を引いておけ。二度は言わんぞ」
「――承知しました。出過ぎた真似をして申し訳ありません」
シュナは謝罪を口にすると、そのまま速やかに部屋を出て行った。
気配が遠のいていく。
そこまで見届けたドルグはため息を吐いた。
「儂の部下がすまんな。忠誠心は十分だが、たまに生真面目すぎるのだ。あやつ自身も幹部だから、余計に異議を立てたくなったのだろう」
「いや、俺達は気にしていないさ。お互いに事情がある。これくらいなら、じゃれ合いの範疇さ」
「はっはっは。殊勝な男よな」
ドルグはひとしきり笑うと、真剣な表情になった。
そして、此度の交渉の最終確認をする。
「では、改めて問おう。儂の傘下に下り、幹部の地位を得るか?」
「ああ、喜んで。誠心誠意、働かせてもらうよ」
こうして俺は、エウレア代表の一人である巨竜人ドルグの部下となった。




