第45話 爆弾魔は巨大都市へ招かれる
舗装もおざなりな街道を、俺はゴーレムカーで進んでいく。
山間から朝日が覗いていた。
薄暗い草原も、間もなく明るくなるだろう。
エンジン音に合わせて外の景色が流れていく。
とは言え、大したスピードは出していない。
時速五十マイル前後だ。
最高速度という概念がこの世界にあるのか知らないが、それを破っていることはあるまい。
今の俺は安全運転を心掛けている。
前方には頑丈そうな黒い車両がいた。
あそこには仮面の女が乗っており、先行して道案内しているのだ。
ゴーレムカーほどではないが、向こうもいい車だ。
多少の悪路も気にせず走破している。
ルーフの上ではためく悪趣味な旗さえなければ完璧だった。
紋章が記されているので、あれは何かを示しているのだろう。
「ジャックさんが素直に従うなんて珍しいわ」
外の景色を眺めながら、助手席のアリスがぽつりと言う。
真剣に話している口ぶりではない。
暇を持て余しているのだろう。
俺は彼女の話題提供に乗る。
「そんなに珍しいか?」
「ええ。誰かの指示に従う印象なんて無かったもの」
「俺だって損得勘定で動けるってことさ」
ハンドルを指で叩きつつ、俺はさらりと答える。
その一方で、ここまでの経緯を振り返る。
仮面の女と遭遇した後、俺はひとまず拠点へ帰還した。
そしてアリスとの話し合いを経て、城塞都市を出発したのである。
現在はエウレア国内の別の都市へ移動中だった。
独立国家エウレアは、四人の代表がそれぞれの領域を支配している。
そのうちの一人が俺を呼んでいるらしい。
かなりの大物からの指名だ。
無視するわけにはいかない案件だろう。
ちなみにその代表は、犯罪組織の元締めなのだという。
ラルフの組織も無数の配下の一つとのことだ。
有り体に言ってしまえば悪党の親玉である。
エウレアという国のトップに君臨するような人物だ。
さぞ想像を絶する傑物だろう。
気を抜けない相手であるのは確かであった。
「このまま従うつもりなの?」
小動物のように干し肉を齧るアリスが、俺を見ながら尋ねる。
こちらの真意を探る色があった。
俺は前を向いたまま頷く。
「ああ、そうだな。しばらくは様子を見るつもりだ」
「慎重なのね」
「俺はいつだって慎重さ」
葉巻をくわえながら俺は笑う。
どういうイメージを持たれているかは知らないが、いつも考えなしに行動しているわけではない。
キレた時は仕方ないとして、それ以外ではなるべく冷静にやろうとしていた。
知り合いや同僚からは鼻で笑われたものの、少なくとも努力はしている。
何事も穏便かつスムーズに進むのが一番なのだから。
隣に座るアリスが、どことなく納得していないのはスルーしておく。
形勢の悪さを感じたので、俺は話題を変えた。
「アリスはどう思う? あの女に従うのには反対か?」
「私はジャックさんの判断に賛成よ。代表の側近を殺してしまうのは危険だわ」
「だよな。軽率すぎる」
何の事情も話さず、一方的に命令してきた仮面の女には殺意が湧いたが、いきなり始末するのはまずい。
それくらいは俺にも分かる。
もし敵対関係になったら即座に殺してやろう。
仮面の女は手練れだが、決して敵わない相手ではない。
ふざけた言動を後悔させてやらねば。
そうして移動を続けること数時間。
なだらかな丘を越えると、その先に異様な建造物が見えてきた。
見渡す限り黒い壁が視界いっぱいに広がっている。
壁全体に圧倒的な密度で術式が施されていた。
それらが仄かに光を灯している。
何らかの防御策が講じられているようだ。
アリス曰く、不用意に触れるだけで即死するレベルらしい。
仕込まれた術式も凄まじいが、驚くべきはその圧倒的なサイズだ。
黒い壁は緩やかにカーブを描いており、俺達の位置からでは果てが確認できない。
おそらくは円形状なのだろうが、恐ろしく巨大である。
どう少なく見積もっても、城塞都市の数倍の広さは下らないだろう。
先行車両は街道の分帰路を曲がり、黒い壁へと近付いていく。
十中八九、あれがドルグのいる都市なのだろう。
一体ここにどれだけの人間が住んでいるのか。
外観からでは想像もできない。
都市の上空では、無数の鳥のような影が飛んでいた。
目を細めて確かめたところ、それらがドラゴンだと判明する。
俺が仕留めた個体よりも遥かに小型だが、形状からして間違いない。
ドラゴンの群れは、都市の上を緩やかに旋回していた。
都市を襲っている感じではない。
たぶん警備用のドラゴンだ。
この都市で飼い慣らしているのだろう。
俺は黒い壁やドラゴンの群れを遠目に眺めて感心する。
「すごい規模だな」
「街全体をドルグが支配しているそうよ。城塞都市のような抗争はないみたい。他の代表は別の地域にいるから、一つの勢力による完全な支配ね」
アリスが解説を挟む。
彼女はあっさりと言ったが、それは凄まじいことだ。
生半可な覚悟で実現できるものではない。
ドルグが本当にこれだけの都市を支配しているのだとすれば、その影響力は計り知れない。
保有する戦力も相当なものだろう。
外の警備状況を見るに、軍隊のような規模でもおかしくない。
気に障ることがあっても、できるだけ堪えよう。
このレベルの大物と敵対した場合、エウレアでの平穏な生活ができなくなる。
それはあまり望ましくない展開である。
せっかく拠点を手に入れて、都市内の治安も改善されたところなのだ。
ここで妨害されるのは困る。
代表の権力を実感しているうちに、都市の門前に辿り着いた。
門は解放されており、一見すると出入りが自由だ。
しかし、街の内部のあちこちから監視の目を感じる。
攻撃を仕掛けてくる雰囲気ではない。
じっとこちらの様子を窺っているだけのようだ。
(ドルグの配下か?)
視線に気付いていないフリをしつつ、俺は首を傾げる。
自由を謳いながらも、やることはやっているらしい。
想定内の対応だ。
異常があれば、すぐさまドルグに報告されるのだろう。
「門や壁に結界魔術が隠されているわ。発動すると簡単には脱出できなくなるはずよ」
「なるほど。今から俺達は、籠の中に鳥になるってことか」
「そういうことね」
「素晴らしい歓迎ぶりだな」
アリスの追加情報を聞いて、俺はケラケラと笑う。
なかなか面白い事態になってきた。
アウェーな環境こそ楽しまなくてはいけない。
果たしてドルグは、俺達をどのような用事で呼んだのか。
下部組織を潰して怒っているのなら、呼び出しなどせずに排除しに来るはずだ。
それをしなかったということは、話し合いの余地があるのだろう。
直々に俺達を嬲り殺しにしたいだけかもしれないが、それなら全力で返り討ちにするまでだ。
暴力に抗うだけの準備はできている。
ゴーレムカーには十全な改良が施されており、車内にも武器を満載していた。
(まあ、基本的にはアドリブ対応だな。なるようになるだろう)
波乱の予感を覚えつつ、俺はゴーレムカーを都市内へと進めた。




