第44話 爆弾魔は使者と対峙する
深夜の閑散とした通りで、俺は道端の木箱に腰かけていた。
露店で買った食べ物を齧る。
薄く広げた生地でタレ付きの肉を巻いたものだ。
持ち歩きがしやすく、味もそこそこ美味い。
この大味が癖になる。
値段もかなり安く、都市内でも広く親しまれている料理だった。
黙々と腹を満たしていると、控えめなエンジン音が聞こえてくる。
見れば右方向からトラックがやってくるところだった。
深夜という時間帯に配慮しているのか、徐行運転で走行している。
あの積み荷の大半が違法な物品であることを俺は知っていた。
「よし。サプライズの準備をしようか」
俺はゆっくりと立ち上がる。
ちょうど待ちくたびれていた頃だったのだ。
もう少し時間がかかったら、別の手段を使おうと考えていた。
予定通りに進めそうで良かった。
トラックとすれ違う瞬間、俺は粘着爆弾をトラックの後面に貼り付ける。
コンマ数秒の動作だ。
運転手も気付かなかっただろう。
案の定、トラックは何事もなかったかのように離れていく。
俺は路地へ入って壁をよじ登り、建物の屋上へと移動した。
手足をかける箇所が豊富にあるので簡単だ。
これくらいは猿よりも速く登ることができる。
俺は建物の縁に座り、トラックの行方を観察する。
「さて、特等席で見せてもらおうか」
トラックは道を曲がって広い敷地に入る。
そこには倉庫と、隣接して事務所が建っていた。
事務所の上部には時計塔がそびえ立つ。
敷地内を走るトラックは倉庫の中へと消えた。
それを確認した俺は、懐からスイッチを取り出す。
「始まりの合図になるんだ。ド派手に飛んでくれよ?」
親指を当ててスイッチを押す。
刹那、倉庫が爆発音を轟かせた。
屋根が破れて穴が開き、白い爆炎が噴き上がる。
窓ガラスが一気に割れてけたたましい音を鳴らした。
「おっ」
倉庫全体が轟々と燃え上がるのを眺めていると、奇妙な現象に気付く。
最初に噴き上がった爆炎が、人型になって踊り狂っていた。
甲高い声のようなものを発しながら、四方八方に火炎を放射し始める。
それが倉庫や事務所を舐め回して被害を拡大させていた。
縦横無尽に飛び回る人型の炎だったが、最終的に敷地の真ん中で盛大に爆発を起こした。
熱風を浴びた倉庫がひしゃげ、近くにいた者も燃え上がって即死する。
地面に焼け焦げたクレーターを残して、人型の炎は消滅した。
「ハッハッハ! パレードなんかで披露したら一儲けできそうだ!」
消滅を見届けた俺は拍手を送った。
無意識に葉巻とライターを手に取りながらも、そっとポケットに戻す。
まだ仕事中だ。
目的をこなすまでは我慢しなければ。
今回、トラックに貼り付けた爆弾は、市場で買った精霊石を使用していた。
具体的には炎の精霊が封じ込められたものだ。
ルビーのような見た目のそれを爆弾の核に据えた。
精霊石の中でも、精霊が封じられているものは稀少かつ高価らしい。
普通は精霊の影響を受けて、特定の属性を帯びている程度なのだという。
そんな代物なので購入には金がかかったが悔いはない。
良い威力実験になった上、これだけ愉快な光景を目にできたのだ。
お釣りが返ってくるほどの成果であった。
(精霊石の爆弾は、今後も使うだけの価値がありそうだ)
起爆用の回路に導入するだけで、手軽に威力向上を図れる。
爆発後のコントロールが利かないのは難点だが、破壊だけを目的とするなら問題ない。
今回は試作だったので、工夫次第でさらなる性能アップも期待できる。
総じて優秀な爆弾の材料だった。
「水魔術を使える者はいないか! 至急、集まってくれッ」
「痛ぇ……俺の腕がぁっ!」
「怪我人をどけろ! 邪魔だ!」
敷地内では、いくつもの怒声や悲鳴が交錯する。
まさにパニック状態であった。
人々は怪我人の救助と建物の消火に追われている。
被害規模から考えて全焼する方が早いだろうが、傍観するわけにもいかないのだと思う。
「大盛り上がりだな。そろそろ混ぜてもらうとするかね」
俺は建物から下りて、ホルスターから拳銃を抜く。
アリスから貰った自動拳銃タイプだ。
スライドを引いてコッキングを済ませる。
ここへ来たのは報復のためだ。
俺の暗殺を試みた組織を叩き潰すのが目的である。
情報源は色仕掛けを使ってきた女で、リモート爆弾の実験台にした奴だった。
こういった襲撃は、最近の日課でもある。
不埒な真似を考えた人間を拷問して情報を得て、そこから所属組織を崩壊させるのだ。
元の世界にいた時から頻繁に使ってきた手法であり、ルーチンワークと化していた。
俺は拳銃を片手に、小走りで炎上する敷地へと赴く。
もう一方のリボルバーは使わない。
あれは専用弾が必要な上、威力が高すぎる。
ただの犯罪組織の人間に使うのはもったいない。
切り札として温存するのが無難だろう。
厄介な敵が現れた場合に、容赦なく食らわせてやるつもりである。
そんなことを考えつつ、俺は正門に至る。
ライフルを携えた二人の見張りは、倉庫の爆発に動揺していた。
何かアクションを起こしたいようだが、持ち場を離れるわけにもいかず、挙動不審な様子でまごついている。
そのうち一人が俺に気付いた。
「止まれ! 何者だ!」
「あんたの恋人さ」
答えながら引き金を引いて、見張りの一人を撃ち殺した。
俺は颯爽と駆け寄り、取り落されたライフルを拾う。
「なッ!?」
もう一人の見張りが驚き、こちらに向けて発砲した。
俺は半身になって回避しつつ、ライフルを撃ち返す。
見張りの胸に穴が開いてひっくり返った。
そして二度と動かなくなる。
俺は見張り達の死体を漁って予備弾を拝借した。
自前の拳銃に使い回せるからだ。
連射できるということは、その分だけ使用頻度と弾の消費量も増えている。
不測の事態に備えて、弾残数にはなるべく余裕を作っておきたい。
ライフルを捨てた俺は、死体を盾に物陰へと移動する。
そこから消火に勤しむ面々を、淡々と撃ち殺していった。
数が多くなれば、手持ちの爆弾で吹き飛ばす。
炎と喧騒を利用して位置を変え、それらに紛れながら連中を減らしていく。
たまに反撃が来るが、慌てる奴らの攻撃など当たるものではなかった。
「ハッハ、新兵だった頃の戦場を思い出すな。あの時も炎に囲まれて銃をぶっ放したもんだ」
遮蔽物を背に、俺は空弾倉をポケットに収める。
代わりに新しい弾倉を取り出して拳銃に装着した。
やはり単発式よりも遥かに楽だ。
円滑に戦闘を続けられる。
連中の遠距離攻撃と言えば、単発式のライフルか詠唱が必要な魔術しかない。
俺が負ける道理など存在しなかった。
そうして外の人間を全滅させた俺は、今度は事務所へと踏み込む。
待ち構えていた者達を殺して進みながら、目当ての人物を探す。
少なくとも逃走した形跡はなかった。
ほぼ間違いなく室内にいるはずだ。
火事を気にしながら捜索すること数分。
事務所の奥で、大金を掻き集める青髪の男を発見した。
片目には眼帯を着けている。
ようやく目当ての人物を見つけることができた。
俺は満面の笑みで歩み寄る。
「黒狼の巣のボス、フリード・ベヌアだな? 仕返しに来たぜ」
「あ、あぁっ……貴様は、爆弾魔ッ!」
フリードは後ずさろうとして転ぶ。
集めた金を床に散乱させた。
じゃらじゃらと大きな音が鳴る。
「我が黒狼の巣を崩すつもりか……なんという奴だ」
「おいおい、被害者面をするなよ。暗殺者を送り込んだのはそっちだろう?」
「黙れ。貴様の戯言に耳を貸すつもりはない」
立ち上がったフリードは、短剣を握り締めた。
短剣は宝石で彩られており、見るからに高級品であった。
刃が光っているので、何かしらの魔術も仕込まれているようだ。
「死ねェいッ!」
叫んだフリードが突進してくる。
無音の疾走による刺突は、それなりの動きだ。
暗殺者でもやっていたのだろう。
或いは現役かもしれない。
しかし、それを予測できない俺ではなかった。
「おっと、落ち着けよ。一旦クールになった方がいい」
遠心力を乗せたローキックを繰り出す。
蹴りはリードの右膝を粉砕し、彼を勢いよく転倒させた。
俺は彼の背中を踏み付け、腕を捻り上げて立てないようにする。
その状態からロープで素早く拘束した。
「ったく、どうせ縛るなら美女がよかったな。いや、我慢するさ。仕事とプライベートは区別できる方なんだ」
「こ、この爆弾魔め……」
フリードが悪態を吐くが、華麗にスルーしておく。
所詮は無力な人間による精一杯の抵抗だ。
その健気な姿勢を褒めてやらなければ。
俺は室内の金と資料類をバッグに詰めると、フリードを引きずって時計塔の内部を上がっていった。
段差のたびにフリードが頭をぶつけて呻くが、俺の知ったことではない。
そこまで気遣うだけの優しさは持ち合わせていないのだ。
「こ、こら! もっと、私、を、丁寧に扱わん、かっ!」
「そんなに喚くなよベイビー。ミルクを用意してやろうか?」
俺はフリードの手の指を掴むと、何本かまとめて折り砕く。
時計塔の内部に情けない絶叫が反響した。
うるさくて敵わない。
すっかり大人しくなったフリードは、震える声で話し出す。
「……す、すまん。私が、悪かった……見逃してくれるのなら、組織の利権の半分……いや、七割をやろう。どうだ? 考え直さないか」
「生憎と金には困っていないんだ。何よりあんたを殺すのは確定事項さ。粘っても無駄だ」
「…………は、ははは……あ、ははっ」
俺の断言を聞いたフリードは乾いた笑いを漏らし、それっきり何も言わなくなった。
現実を理解してくれたようだ。
静かになって良かった。
ほどなくして時計塔の最上階に着いた。
備え付けの扉から外に出る。
すぐそばに時計盤と長針があった。
俺は長針にボスを縛り付けて宙吊りにする。
そして、彼の手にレバー付きの爆弾を握り込ませた。
安全装置のピンは引き抜いておく。
呆然とするフリードに俺は告げる。
「手を離せば、その瞬間に爆発する。死にたくなかったら我慢しろ」
「はははっ、あはは……はは……」
フリードはやはり笑うばかりだった。
精神的な負荷が大きくなりすぎて、狂ってしまったのかもしれない。
この程度も耐えられないとは、組織のボスにしては随分と小心者である。
獅子頭の獣人――ラルフのような気概を見せてほしかった。
やや失望した俺は、バッグを担いで時計塔を下りる。
フリードの狂笑を聞きながら、燃え盛る倉庫の横を闊歩した。
そのまま野次馬の間を通り抜ける。
敷地を出たところで時計塔が爆発した。
真っ二つになった時計盤が落下して、塔の先端が崩れ落ちる。
弾け飛んだ長針と短針が、轟音を立てて倉庫の屋根に突き刺さった。
目を凝らすと、長針には肉塊がへばり付いている。
「……ギリギリ及第点だな」
騒ぐ野次馬を横目に、俺は路地を経由して拠点への帰路に着く。
今日の予定はこれで終わりだった。
手に入れた資料を読みながら歩く。
残念ながら、俺の求める情報は載っていなかった。
俺は資料を破り捨ててため息を吐く。
エウレアで暮らし始めてから二カ月。
ラルフの組織の壊滅により、城塞都市の覇権争いが活発化していた。
その渦中に巻き込まれた俺は、こうして敵対組織を次々と壊滅させている。
服従を示したり、静観を保つ組織は放置してあった。
俺だって無闇に争いを生みたいわけではないのだ。
ちなみに俺の求める情報は、他の召喚者の居場所である。
少なくともドワーフの集落で出会った茶髪の男に関しては、エウレア国内にいる可能性が高いのだ。
便利屋のレトナにも依頼して行方を捜索させているが、有力な手掛かりは見つかっていない。
この都市にはいないと考えた方が良さそうだ。
(近いうちに別の都市にも行ってみるか)
そろそろ活動範囲を広げるべき時期かもしれない。
拠点に戻ったら、留守番するアリスにも相談しよう。
「……ふむ」
今後の予定について考えていると、不意に前方の物陰から気配を感じた。
俺は足を止めて拳銃を抜く。
引き金に指をかけて、神経を研ぎ澄ませる。
暗がりから現れたのは、白い仮面を着けた女だった。
黒づくめの衣服で、藍色の髪をポニーテールにして束ねている。
素顔は窺えないものの、なんとなく美人な気がする。
それにしても妙に気配が希薄だ。
暗殺者だとしても、ここまで洗練された人間は珍しい。
佇まいだけで只者ではないと分かる。
全体的に怪しい風貌だが、不思議と敵意は感じられない。
仮面の女は、その場から動かずに一礼した。
「ジャック・アーロン様ですね?」
「何者だ」
俺は拳銃を向けて尋ねる。
仮面の女は欠片も動じず、人形のように首を振った。
「私はただの使者です。名乗るほどではございません」
「使者だって?」
俺は怪訝な顔をする。
使者とやらが、一体何の用事で接触してきたのか。
考えても心当たりが無かった。
俺の名を出したので、人違いという線もない。
一方で仮面の女は、抑揚に乏しい声音で用件を口にする。
「エウレアを統べる代表の一人――ドルグ・ヴィングリア様が面会をご希望です。今すぐご同行を願います」




