第41話 爆弾魔は魔道具を作る
俺は私室で書物を読んでいた。
椅子に座って脚を組みながら、膨大な文字の羅列を咀嚼する。
切れそうになる集中力を繋ぎ止める。
唸りながら奮闘していると、部屋の扉が開いてアリスが現れた。
顔を煤で汚した彼女は、小首を傾げて尋ねる。
「進捗はどうかしら。上手くいってる?」
「まあまあだな。野郎の名前を憶えるよりは簡単さ」
俺は書物を掲げながら返す。
かなり分厚いので、片手で保持するのに難儀する。
軽く見積もっても五百ページはある。
書物というより辞書や事典と呼ぶべきだろう。
そんな俺の姿に何かを感じたのか、アリスがじっと見つめてくる。
「……私も手伝った方がいい?」
「いや、大丈夫だ。それより新型ゴーレムの製作が途中だろう? そっちを優先してくれ」
「分かったわ。困ったらいつでも呼んでね」
アリスはそれだけ告げると退室した。
何か用事でもあるのかと思ったが、俺の様子を見に来ただけらしい。
彼女の気遣いに感謝しつつ、俺は読書を再開する。
この拠点で暮らし始めてから一週間が経過した。
俺達は快適な日々を過ごしている。
アリスが拠点に魔術や魔道具を導入したことで、全体的な利便性も向上していた。
敷地を囲う柵にも防犯用の結界が張られ、他にも複数のトラップで侵入者を捕えられるようになっている。
相変わらずの有能ぶりだ。
おかげで治安の悪いこの都市でも、平穏な生活が約束されている。
「ふむ……」
俺は書物のページをめくる。
これは魔術書だ。
その名の通り、魔術について記載されている。
街の専門店で購入したもので、店主曰く基礎の基礎といった内容らしい。
アリスも同意していたので間違いない。
知識ゼロから読み始めるのには適した魔術書だそうだ。
なぜそんなものを読んでいるかと言えば、前々から考えていた魔術の勉強を始めたのである。
これで爆弾作りの幅を広げるのが目的だ。
知識を増やせば、魔術を利用した罠や攻撃にも対応しやすくなる。
専門外だと見切って放置するにはデメリットが多すぎた。
そろそろ学んでおいた方がいいだろう。
召喚時に取得した【翻訳 B】のおかげで文字は問題なく読める。
ただ内容が難解だった。
この世界の常識が欠けているのも要因の一つである。
とは言え、数日の努力の甲斐もあって、多少は魔術にも詳しくなった。
魔術関連で身に付けたこともある。
本職の魔術師からすれば微々たるものだが、俺にとっては大きな進歩だ。
そして今日からいよいよ実践に移る。
具体的には、爆弾作りに魔術を導入していく。
まず魔術の発現方法だが、一般的な魔術師は体内の魔力を燃料とする。
そこから詠唱などを媒体に、どういった現象を起こすかを決めるのだという。
魔力を持たない俺は同じ方法を採れない。
そこで自前の魔力を扱うタイプは省き、それに依存しない魔術を利用することにした。
行き着いた答えが、魔道具である。
魔道具とは、魔術的な機能を有する道具だ。
使用者の魔力を必要とせず、まさに俺にぴったりのアイテムである。
様々な体系があるので詳細は省くが、術式を組んで回路を作れば魔道具になるらしい。
魔術回路が詠唱の代わりとなる。
これを回路を本体に刻み込んで魔導液を流して構築するのだそうだ。
俺は部屋の隅に置いた箱から、雑多なガラクタや薬液、紐で束ねた植物類などを取り出して机に並べる。
これらは故障した魔道具や爆薬の原材料で、いずれも市場で買い揃えたものである。
前評判通り、市場では何でも売っていた。
しかも価格が軒並み安い。
交渉すればさらに手頃な価格にできた。
やはりいい街である。
今からこれらをリサイクルして新作の爆弾にしようと思う。
設計図は脳内で完成済みだ。
あとはそれを上手く実現するだけである。
分解用の工具を手にして、俺は製作を開始した。
◆
「よし、できた」
およそ一時間後、俺は完成した爆弾を持ち上げる。
それはテレビのリモコンのような機器と、ティッシュ箱くらいの物体だった。
前者は起爆用のスイッチで、後者は爆弾本体である。
つまるところ遠隔操作式の爆弾だ。
名称:リモート爆弾
ランク:C+
威力:10000
特性:【遠隔爆破】【延焼】
性能もそこまで悪くない。
威力も実戦に使える水準に達していた。
これまでの経験則から考えるに、車両くらいは吹き飛ばせる。
人体など言うまでもない。
さすがにドラゴンを傷付けるには至らないだろうが、あれは比較対象としては不適切だ。
この爆弾の仕組みは単純である。
まずスイッチを押すと、特定の魔術信号が飛ばされる。
それを受け取った本体の回路が作動し、爆薬に着火して起爆させるのだ。
スイッチと爆弾がセットになって連動しており、誰でも気軽に使えるようになっている。
欠点として、爆弾の数だけ対応するスイッチを持ち歩かなければならないのが面倒だった。
俺の魔術知識ではこれが限界なのだ。
工夫次第ではもっと便利にできたのだろうが、今回はここまでにしておく。
改良点を知りたければ、アリスに相談すればいい。
彼女ならば適切なアドバイスをくれるはずだ。
まあ、プロトタイプとしては上出来だろう。
不慮の事故にも備えて、安全装置も搭載している。
レバーを倒すと回路を遮断して魔術が働かないようになっている。
これを外さない限りは、第三者から誘爆させることはできない。
不意に魔術信号を受けて爆発するなんて事態は予防している。
俺は【爆弾製作 EX++】の補正により、爆弾作りを確実に成功させられる。
これがなければ試行錯誤する羽目になっていただろう。
そもそも完成しなかった恐れも考えられる。
本当に便利で素晴らしいスキルだ。
数日の勉強で習得したのは、信号の送受信と発火の術式である。
今回はそれらを回路として組み上げた。
この二種を真っ先に使えるようにしたのは、爆弾作りに活かせると思ったからである。
遠隔爆破ができるだけで戦略の幅が何倍にも広がる。
威力も大事だが、それすら二の次にするほどだった。
(本来、破壊工作や暗殺には必須レベルだからな……)
リモート爆弾のおかげで、これからはさらに大胆な行動ができる。
他の召喚者との殺し合いでも役に立つだろう。
連中は強力なスキルを持っている。
それらに対抗するためのカードは多いに越したことはない。
さて、完成まで漕ぎ着けたことでコツは掴めた。
今後はもう少しスムーズに製作できるだろう。
用途に応じてアレンジも可能である。
(さて、どこで使ってみようか……)
俺はスイッチを弄びながら思案する。
せっかくの新型爆弾だ。
その性能を試さなければいけない。
魔術信号の有効距離も調べておく必要があった。
(そういえば、ちょうどいい的があったな)
カチカチとスイッチを押しているうちに閃く。
扱いに困っていた的をいくつか保管していたのだ。
放置するくらいなら、有効活用した方がずっと有意義だろう。
リモート爆弾を抱えた俺は、嬉々として地下空間へと向かった。




