第38話 爆弾魔は後始末を済ませる
組織のビルの一階。
横転したトラックにラルフは縛り付けられていた。
彼は血走った目でこちらを見ている。
俺のアッパーを食らったせいで下顎が砕けており、口はだらしなく開きっぱなしだった。
猿轡をせずとも喋ることができない。
「いい面構えだ。キスしたくなるよ」
「…………」
ラルフは眉を寄せて無言を貫く。
ただ苛立たしげに血の唾を垂らしていた。
口が無事なら罵倒を飛ばしてきたのだろうが、殺し合いの結果がこれだ。
敗者となったラルフには逆らう術もない。
「……キス、したくなるの?」
「他愛もない冗談さ。真に受けないでくれよ」
「そう。ならいいけれど」
隣に立つアリスは、澄ました顔で納得する。
彼女は無事に陽動の役目を果たしたどころか、屋外の人間を一掃していた。
これといった怪我もしておらず、ゴーレムカーも故障一つ起こさずに健在だ。
文句なしの素晴らしいパートナーと言えよう。
エントランスの各所には、山積みになった無数の紙包みがあった。
身の丈を軽く超える高さで、主要な柱に密着させて設置している。
中身は火薬草だ。
アリスの調合液に浸した特別品である。
いずれも敷地内の倉庫から拝借したものだった。
火薬草の一部はゴーレムカーに載せているが、本当に掃いて捨てるほどあったのだ。
組織はこれらの売買を資金調達の一環にしていたらしい。
これらも一応は爆弾の一種だ。
証拠としてステータスが表示される。
名称:調薬大爆弾(火薬草)
ランク:B-
威力:25000
特性:【過積載】【火気過敏】【爆炎増大】【連鎖爆発】
全体的に悪くない性能だろう。
都市核の爆弾に次ぐランクと威力である。
俺の見立てが正しければ、これらの爆破でビルは倒壊させられる。
これは都市に住む悪党共へのメッセージだ。
俺達に手を出したらどうなるかを知らしめるために実行する。
生き残りや仲間の組織がいたとしても、軽率に報復しようとは考えなくなるはずだ。
もっとも、それらは建前に近い。
本音を言うなら、俺がスカッとするから爆破するのだ。
シンプルで分かりやすいだろう。
デメリットがない以上、やらないという手はない。
俺は並べた燃料タンクを持ち上げ、中身を紙包みの山にぶちまける。
万が一にも不発とならないよう、各所の爆弾にまんべんなくかけておいた。
そうして空になったタンクを放り捨てると、新しいタンクを傾けながら歩き出す。
流れ出した燃料が道を作っていく。
アリスはゴーレムカーに乗ってついてくる。
タンクが空になれば、また新しいものを使って道を伸ばす。
それを何度か繰り返した。
「さて、これくらいでいいか」
俺は最後の空タンクを捨てて息を吐く。
燃料の道は五十ヤードほどとなった。
芝生の途中で途切れている。
ビルからはそれなりに離れていた。
ひとまずこの辺りまででいいだろう。
俺は葉巻とライターを取り出し、先端に着火して吹かす。
深く息を吸って煙を味わった。
葉巻はドワーフ達の集落で貰ったものだ。
仕事終わりということもあって旨い。
この一服のために生きていると評しても過言ではなかった。
本当なら酒も飲みたいが、まだ仕事中なので我慢する。
夜風に攫われる紫煙を眺めながら、俺はしばらく葉巻を楽しんだ。
満足したところで、葉巻を口から離す。
そして、縛られたままのラルフを遠くから一瞥する。
ラルフは噛み付かんばかりの表情だった。
遠目にもはっきりと分かる。
命乞いでもすると思ったが、肝は据わっているようだ。
俺はライターを持った手を振った。
「じゃあな。あの世で待っててくれ」
ラルフに別れを告げ、葉巻を指で弾いて飛ばす。
くるくると回転する葉巻は、ぽとりと燃料の道に落下した。
途端、伸び上がった炎が燃料の道を伝ってビルの爆弾へと向かう。
数秒後、腹の底に響くような爆発と共に、エントランスから爆炎が噴き上がった。
横転していたトラックを押し退けるほどの衝撃が起きて、燃え上がった紙包みが弾けて空を舞う。
まるでロケット花火のようだ。
それが連続して発生する。
爆破したビルが振動を始めた。
間もなく土煙を巻き上げて、一階から順に崩れ出す。
高さを失って縮みゆくビルは、最終的に燃え盛る瓦礫の山となった。
あとには威光も何も残されていない。
瓦礫の隙間から、黒煙が虚しく立ち昇る。
「ハッハッハ! フィナーレにぴったりな光景だなァ!」
俺は歓声を上げながら小躍りする。
途中、アリスがハイタッチを要求してきたので応えておく。
目的をこなした俺達は、余韻もそこそこにゴーレムカーへ乗り込んだ。
後部座席は戦利品で溢れている。
ビル内や倉庫を回って集めた物資だ。
渋滞が発端で始まったトラブルだったが、結果的には得をすることができた。
あの時に喧嘩を売ってきたダレスには感謝しなければいけない。
「よし、行くぞ。無事に帰るまでが仕事だ」
「そうね。油断しちゃいけないわ」
和やかに会話しつつ、俺達は敷地外へと車両を走らせた。
◆
明け方、俺達は便利屋に帰還した。
扉を開けると、資料整理をするオーナー・レトナの姿と目が合う。
彼女は俺達を見て親しげに話しかけてきた。
「随分と遅いご帰宅ですね。ひょっとして、お楽しみでした?」
レトナの冗談に反応せず、俺は彼女に詰め寄る。
「通りで争った相手が犯罪組織の一員で、それも幹部だった。ダレスってやつだ。俺にわざと黙っていただろう。どういうことだ?」
ラルフの組織を潰すことになったのは、そもそもダレスとの一件が発端だった。
通りの渋滞でダレスと初対面した後、報復を目論んだ彼との再会から繋がっている。
もし早い段階でダレスの素性を知っていれば、立ち回りは変わったはずだろう。
ただのチンピラではなく、都市を支配する組織の幹部なのだ。
そこまで判明したら、さすがの俺でも多少は警戒して行動する。
レトナは、俺がダレスと揉めたことを知っていた。
それにも関わらず、彼女は黙っていた。
意図的な情報遮断である。
俺の追及に対し、レトナはおどけた笑いを見せた。
「あ、ひょっとして殺っちゃいました?」
「目障りだったんでな」
レトナは特に驚かない。
それどころか、彼女は平然と釈明する。
「ダレスのことは、あえて言わなかったんです。そうすればきっと衝突するだろうと思いまして。ジャックさん達がお掃除してくれるのを期待したんですよ。彼には迷惑していたんです。組織が組織なので手出しできませんでしたが、無事にお亡くなりになったようで。いやはや、ありがとうございます。これは形ばかりですがお礼です」
レトナは戸棚を漁ると、重そうな革袋を渡してきた。
それを受け取った俺は中身を確認する。
やはりというべきか、大金が収められていた。
俺は嫌悪感を隠さずに言う。
「俺を利用したわけか。小賢しい女だ」
本当なら殺してやりたいところだが、今回の騒動は俺にもメリットがあった。
ここは手を引いてやろう。
レトナにもまだ利用価値がある。
感情に任せて始末するには惜しい人材だった。
ナイフを取り出す代わりに、俺はレトナの顎に手を添えた。
そして彼女の目を睨みつけながら告げる。
「あまり調子に乗るなよ? 度を過ぎると、利害を無視して始末してしまうかもしれない」
「わっ、分かっていますとも! ご安心ください、決してジャックさんの邪魔はしませんから!」
自らの失態を察したレトナが慌てて約束する。
その後、彼女はまくしたてるように補足説明を始めた。
「お、思い出しましたっ! 例の物件の所有者は、ダレス所属の犯罪組織です! 彼の死で混乱する今なら、有利な交渉ができるかもしれません! これから組織内部では覇権争いが活発化しますからねぇ。資金も必要になるでしょう。少し不利な条件でも、放置物件を換金したいと考えているはずです。そっ、そこに私の交渉テクニックがあれば、楽々と値引きできてしまいますよ!」
レトナの話を聞いた俺は少し驚く。
購入を決めた物件が、ラルフの組織のものだったとは。
意外な接点である。
あの組織とは、遠からず関わることになっていたらしい。
ただ、レトナの話には誤りがあった。
組織が内部抗争で荒れることはない。
先ほど俺が丸ごと潰してしまったのだから。
それは伝えておいた方がいいだろう。
「ほら! 私もジャックさんに協力していますよ! ですから、あまり脅さないでください、ね?」
必死に懇願するレトナを押し留めつつ、俺は端的に真実を話す。
「あの組織なら壊滅させた。ボスは獅子頭の亜人だろう? 今頃はミンチになってくたばっているさ」
「え……?」
「知らなかったのか。お得意の盗撮で情報を掴んでいると思っていたが」
「え、遠視の魔道具も万能ではありませんからねぇ……この都市全域を網羅できるほどではありませんから。仕掛けたら色々と不味い地域も少なくないですし……というか、あの……ジャックさんは本当に何者ですか?」
「今のところはシークレットだ。開示できる状況になったら教えるよ」
俺は呆然とするレトナを置いて二階へ赴く。
今日はもう疲れた。
諸々の処理は明日から始めればいいだろう。
そこで思考を止めた俺は、ベッドに倒れて眠りについた。




