第37話 爆弾魔は獣人の頭領を打ちのめす
天井が割れて瓦礫のシャワーと化し、フロア全体へと降り注ぐ。
組織の連中は、右往左往しながら下敷きになっていった。
密集した彼らは身動きが取れず、悲痛な声を上げて潰れていく。
無論、俺の頭上でも崩落が起きていた。
襲いかかる瓦礫をバックステップの連続で躱す。
移動ついでに安全な位置取りも行った。
崩落といっても一瞬のことだ。
冷静に立ち回れば怪我をする心配も少ない。
さすがに自分の策でくたばるのは間抜けすぎる。
最低限、これくらいの配慮はして然るべきだろう。
やがて天井の崩落が治まると、室内は見通しが悪くなっていた。
乱立する瓦礫が障害物となって視界を塞ぎ、床も穴だらけで亀裂が走っている。
火炎弾が調度品に引火して火災を誘発していた。
濛々と黒煙が漂い、そこには催涙作用のある煙も混ざっている。
加えて呻き声や叫びや断末魔の合唱だ。
なかなかに壮絶な光景である。
だが、これでいい。
単身で数十人もの敵を相手にする以上、イレギュラーな環境は俺にとって有利に働く。
組織側の連携も崩れ去り、俺は悪環境での戦闘にも慣れていた。
人数差を考えればちょうどいいハンデだろう。
つまりは反撃の時が来たということである。
「くそ、あいつはどこだ……!」
「近くにいるはずだ! 探せッ!」
近くで声がした。
見ればライフルを持った三人の男達がいる。
俺は見つからないように瓦礫の陰に潜む。
目論見通り、組織の人間は分断されていた。
やはりこの環境では少人数で行動するしかないのだ。
現時点での死傷者も多く、少なくない混乱が及んでいる状態である。
近くにいた者同士で固まって行動しようとするのは当然の心理と言えた。
俺は瓦礫を回り込み、男達の背後へ動いた。
そこから一気に駆け寄ると、鉈で男達の一人の首を刎ねる。
迸る血飛沫を浴びながら死体を蹴倒した。
「うわっ」
「どうした? 心臓でも痛いか?」
驚愕する二人目の胸を刺して薙いだ。
いくつかの内臓を抉る感触が伝わってくる。
胸部が裂けた男は、静かに蹲って死んだ。
「この、野郎……!」
「そんなに力むなよ。モテなくなるぜ?」
向けられた銃口を片手でずらし、三人目の喉を鉈で切り裂く。
男は口をぱくぱくと開閉しながら倒れた。
やはり天井崩落のダメージが残っているのか、どいつも反応が遅い。
精神的なショックも大きいのかもしれない。
さすがの彼らも、現状は想定していなかった展開だろう。
「いたぞ! 撃てェ!」
考察していると、別方向から四人の男が現れた。
彼らは涙を腕で拭い、咳き込んでいる。
催涙弾にやられたようだ。
俺はすぐさま黒煙に紛れて隠れ、飛んできた弾丸を回避する。
「数年前のゲリラ戦を思い出すな……」
含み笑いを漏らしつつ、俺は這うような姿勢で走り回る。
その中で発見した連中の死角へ潜み、隙を見て鉈とナイフで奇襲した。
迅速に何人かを殺したのち、すぐさま瓦礫や黒煙に跳び込んで消える。
それをひたすら繰り返すことで戦力を削いでいった。
組織の連中はまともな抵抗もできずに殺されていく。
大人数に任せた弾幕が張れなくなった今、彼らはただの獲物に過ぎない。
(さて、ラルフはどこだ……?)
数分後、俺は室内を堂々と徘徊する。
既に辺りは死体だらけで生きている者はいない。
誰もが瓦礫の下敷きになったか炎に焼かれており、それ以外は俺が刃物で始末した。
しかし、肝心の親玉がいない。
逃走した気配もなかった。
目視で弾丸を逸らすほどの手練れだ。
さすがに死んだということはあるまい。
どこかに隠れているのだろう。
黙々と捜索する俺は、ふと背後に殺気を覚えた。
視界の端に猛速で迫る脚が映る。
首を刈るような動きだった。
「…………っ」
俺は首を傾げることで回避し、反撃の裏拳を打ち込んだ。
奇襲の蹴りを仕掛けた人物――ラルフは俺の胸板を蹴り、宙返りで躱してみせる。
前方に着地したラルフは、両手脚を地面についた姿勢をキープする。
シャツとジャケットが破れて、毛むくじゃらの上半身が露になっていた。
よく鍛え上げており、まるで鋼のような肉体である。
その体勢も相まってまるで肉食獣を彷彿とさせる。
彼の見た目にぴったりだ。
「不意打ちなんて卑怯じゃないか。びっくりして泣きそうだ」
俺は不満を投げながらライフルを発砲する。
ラルフは真横に跳んで避けると、着地と同時に何かを投げてきた。
回転して飛来するそれはナイフだった。
「良いパスだ」
俺はライフルを捨ててナイフをキャッチした。
それを弄びながらラルフに問いかける。
「あんた以外は皆殺しにした。降参するかい? 今なら苦しめずにあの世へ送ってやるよ」
「ほざけ。貴様を殺して俺は生き残る。絶対に死なん」
「ハッ、いい返事だ」
俺はナイフを逆手に持ち替えると、ファイティングポーズを取った。
それから笑みを深めてラルフを見つめる。
「かかってきな。お手から順に躾けてやる」
「グラァッ」
短い咆哮を上げたラルフが、自前の爪で引っ掻いてきた。
俺は上体を逸らして回避を試みる。
眼前を爪が通過したところで、カウンターのフックを放った。
「グルゥ……」
ラルフはいち早く察知して飛び退く。
そして幾分かの余裕を見せながら立ち上がった。
息の乱れや動揺は感じられない。
他の奴らとは、反応速度や戦いの慣れ具合が段違いだ。
「驚いたか? 俺は格闘系スキルを大量に習得している。身体強化の魔術も使っている。確かにお前は凄まじい実力者だが、格闘系スキルはほとんど持っていないだろう。補正抜きで俺を倒すなど不可能だ」
蔑むように語ったラルフが、蹴りで瓦礫の欠片を飛ばしてきた。
散弾のようなスピードのそれを俺は腕でガードする。
その間にラルフは跳びかかってきた。
今度は爪で首を切り裂くつもりのようだ。
(ヒット&アウェイが上手い奴だ)
俺はラルフの腕を掴もうとするも、一瞬の差で腕を引かれて躱された。
空中で回転したラルフは、攻撃方法を変更して踵落としを繰り出してくる。
「随分と多彩だなッ」
俺は踵落としを前腕で凌ぎ、もう一方の手のナイフをラルフの胴体に突き込んだ。
ラルフは俺の肩に手を置いて体勢を変えると、紙一重でナイフの刃先をやり過ごしてみせた。
さらに俺の蹴り上げに合わせて跳躍して瓦礫の上に退避する。
一連の動きを目にした俺は拍手を送った。
「すごいな。パフォーマーでも目指しているのか?」
「獣人の身体能力だ。俺は孤児だった。親の顔も知らない。この身一つで成り上がってきたんだ。エウレアでは力こそ全て。種族も出自も関係ない。この都市を支配する俺は、まさに力の象徴というわけだ」
獰猛な顔を見せたラルフが突進してきた。
全身のバネを利用した蹴りが迫る。
俺は軽く跳んで躱し、ナイフを投擲した。
「クァッ!」
ラルフは爪で受け流すと、反撃に爪の切り払いを放ってきた。
絶妙な軌道を描く爪が、俺の戦闘服を掠めていく。
「お前の絶大な力は分かっている! だが、俺は決して負けないッ! 組織が崩壊しても、また一から成り上がるまでだ! 力があれば、いくらでもやり直せるのだ……ッ!」
叫ぶラルフは次々と攻撃を繰り出してくる。
俺は後退しながら防御と回避に専念した。
少しでも気を緩めれば、たちまち痛打を食らうことになりそうだ。
大した格闘能力である。
元の世界でも、これほどの実力者は滅多に見なかった。
そうして何十ものやり取りを経た末、俺は背中に硬い感触を覚える。
見れば壁際にまで追い込まれていた。
左右に埋まった瓦礫のせいで移動も難しい。
これを絶好のチャンスと見たラルフは、大きく踏み込んで貫手を打ってくる。
仄かに光を帯びる指先と爪は、魔術の恩恵を受けているようだ。
俺の心臓を狙う貫手は、吸い込まれるように迫り――寸前で停止する。
「なっ……!?」
ラルフが自身の貫手を凝視する。
俺の片手が、ラルフの爪を掴んで止めていた。
「ば、馬鹿な! 魔爪を発動しているのだぞ! どうして、素手で触れることが……ッ」
ラルフは貫手を引こうとするが、びくともしない。
俺とラルフの間には埋め難き膂力の差があった。
どれだけ努力しようと解放されることはない。
「この畜生め……ッ」
爪を諦めたラルフが、今度は連続で蹴りを浴びせてきた。
俺の脇腹や太腿を集中的に攻めてくるも、大した痛みではない。
もちろん貫手を掴んだ手が緩むこともない。
ラルフの懸命な抵抗を眺めながら、俺は口を開く。
「身一つで成り上がったと言ったな?」
「それがどうしたッ!」
ラルフが吼える。
俺は返答代わりに空いた片手の拳を固めた。
そして告げる。
「奇遇だな。俺もだ」
同時にアッパーカットを繰り出して、ラルフの顔面を殴り飛ばした。
直撃を受けたラルフは宙を舞って瓦礫に落下する。
「ぐ、あ、ガッ……」
床を転がったラルフは血を吐きながら痙攣している。
しかし、まだ死んではいない。
殴る際に加減をしていたのである。
さもなければミンチになっていただろう。
俺は瀕死のラルフを引きずって部屋を出る。
彼にはフィニッシュの演出に協力してもらわねばならない。
遺恨を完全に断ち切るための措置だ。
これでほとんどのトラブルは予防できるだろう。
無理なら無理で構わない。
半分くらいは俺の趣味でやるようなものだ。
効果があればラッキーといった認識に近かった。
「今回は特別サービスだ。盛大にぶっ飛ばしてやろうか」
俺は口笛を奏でながら、気分よく階段を下り始めた。




