第36話 爆弾魔は組織の頭領を見つける
俺は口笛を吹きながらビルの階段を上る。
すると、上から斧を持った男が降ってきた。
「死ねェッ」
気合いと共に放たれた斬撃を躱す。
斧は階段にめり込み、男は焦って引き抜こうとする。
随分と間抜けな姿だった。
「出直してこいよ」
がら空きの脇腹に蹴りを入れると、男は吹っ飛んで壁にめり込んだ。
そして大量に吐血して、動かなくなる。
気を失ったわけではなさそうだ。
俺は床に刺さった斧を引き抜いて、背後へ投擲した。
斧は忍び寄ろうとしていた男の顔面に炸裂する。
「ぐぉ、が……っ」
顔面から斧を生やした男は、万歳をしながら階段を転げ落ちていった。
ぱたぱたと滴った鮮血が階段を濡らす。
「ん……?」
頭上から特徴的な発音とリズムの小声が聞こえる。
魔術の詠唱だ。
見上げたが誰もいない。
俺は壁を蹴って跳び上がった。
死角を覗き込むと、魔術師が隠れて詠唱を行っている。
魔術師は尻餅をついて目を丸くした。
ぽかんと口を開けて呆けている。
「よう。恥ずかしがらずに出てこいよ」
「ヒィッ……!?」
俺は魔術師に襲いかかった。
杖を取り上げて、首をナイフで掻き切る。
魔術師は自らの血に溺れて息絶えた。
ナイフを仕舞った俺は階段の周囲を見回す。
今度こそ近くには誰もいない。
待ち伏せしていた分は全滅させたようだ。
俺は杖を捨てて先へ進む。
組織のビルに侵入してから十五分ほどが経過していた。
俺は立ちはだかる連中を殺しながら、順調に上の階を目指している。
道中に現れた魔物も大した脅威ではなかった。
大抵はライフルで頭部をぶち抜けば死ぬ。
体表で弾丸を弾く個体もいたが、そういった場合は接近して殴り殺すだけだ。
ドラゴンに比べれば子犬みたいなものである。
「おっ、やってるな」
ビルの外から爆発音と怒声が聞こえてきた。
窓から外を眺めると、ゴーレムカーが敷地内を暴走している。
襲いかかる人間を撥ねながら、車体から生えた腕が爆弾を投擲していた。
追跡する車両が次々と爆破されている。
言わずもがなアリスだ。
彼女は陽動として上手く立ち回っていた。
おかげでこちらの負担も減っている。
組織の連中からすれば、ゴーレムカーも無視できない存在だろう。
一定数の人間が止めに行かねばならない。
アリスの心配は不要と思ってよさそうだ。
俺は俺で役目を果たさなければ。
さっさと完遂してアリスのもとに戻ろう。
階段を上り切ると、そこには大きな扉があった。
ここが最上階だ。
他に部屋はない様子で、フロア全体が一つの部屋となっているのだろう。
なかなかに豪勢なことだ。
俺は突入する前に装備を確認する。
まずはライフルが二挺。
弾薬は十分に残っている。
リロードも完了済みだ。
銃撃戦をこなせるだけの量はある。
爆弾は催涙弾と火炎弾が一つずつに、通常型が二つの計四つだ。
やや心許ないが、贅沢は言えない。
ここまでの道のりで消費してしまったのだ。
大勢の人間を蹴散らすには、手製の爆弾が最適だった。
近接武器は持参したナイフと、道中の人間から奪った鉈の二種だ。
どちらも刃にべっとりと血が付着しているがまだ使える。
取り回しが良い上に大きな音も出さない便利な武器だ。
総括してまずまずの武装だろう。
爆弾はともかく、他は温存できた方だと思う。
最悪、武器が尽きても徒手格闘に頼る手もあった。
レベルの恩恵を受けたこの肉体こそ、最大の武器だ。
ドラゴンの爪さえ破壊できるのだから、人体程度は造作もない。
発泡スチロールのように粉砕してみせよう。
まあ、基本的には最適な距離での戦いを意識するつもりだ。
慢心と油断が致命的な隙を生む。
力に驕らず、最適解を機械的に選び続けるのが第一だった。
それが傭兵の鉄則である。
装備のチェックを済ませた俺は、ライフルと鉈を携えて扉を開けた。
音もなく室内へ侵入する。
そこには豪華な部屋が広がっていた。
石膏の彫像や壺などが置かれ、壁一面にも絵画や剥製の動物が飾られている。
まるで小さな博物館のようだ。
そんな中、数十の銃口が俺を凝視していた。
少し離れた地点から、組織の面々がこちらにライフルを向けている。
僅かに混ざった杖持ちは魔術師だろう。
弾丸と一緒に魔術も飛ばすつもりらしい。
まだこれだけの人数がいたとは驚きだ。
階下の連中で時間を稼いで、ここまでの態勢を整えていたらしい。
いい判断だ。
俺を殺そうという意志がはっきりと窺える。
そんな集団の中央には、黒スーツを着た屈強な体格の男が立っていた。
厳つい顔立ちをした獅子頭の獣人だ。
ラルフ・ハンヴィエルード。
ダレスから得た情報と一致している。
あいつが組織のトップだ。
「こいつはまた豪勢だな。そんなに俺と会うのが楽しみだったか?」
俺がおどけてみせると、ラルフは眉を寄せて唸った。
「……ふざけた野郎め。何者だ。どこに雇われた?」
どうやら敵対勢力から派遣された人間だと勘違いされているらしい。
そういった仕事を請け負ったこともあるが、今回はそういう事情ではない。
俺は朗らかに訂正する。
「ただの善良な一般市民さ。別に雇われて襲撃したわけじゃない」
「一般市民だと? 冗談は大概にしろよ」
「冗談じゃないさ。ダレスって男を知っているだろう? あいつと揉めちまってね。遺恨を残さないため、所属組織ごと潰そうと思ったんだ」
室内がにわかにざわつく。
ダレスの名はそれなりの影響力を持っていたようだ。
あんな奴だが幹部らしいので当たり前か。
やや長めの沈黙を経て、ラルフは吐き捨てるように言う。
「遺恨を残さないために組織ごと潰す? 本気で言っているのか?」
「ああ。俺はいつだって本気さ」
「――狂ってやがる。それで馬鹿げた力も持っていると来た。最悪の来客だな」
「よく言われるよ。俺は何かと歓迎されない性質らしい」
俺は肩をすくめて悲しいそぶりを見せる。
事実、元の世界にいた頃から俺と関わるのを毛嫌いする勢力はいた。
それも両手では数えられない数である。
我ながら好かれにくい星の下に生まれてしまったようだ。
一方、ラルフは俺を指差しながら宣言する。
「くだらんお喋りは終わりだ。お前はここで殺す。背後関係はその後にでもゆっくり調べてやろう。ハンヴィエルード・ファミリーに喧嘩を売ったことを後悔するがいい」
言い終えると同時に一斉射撃が為された。
俺は転がるように跳躍して弾丸を躱す。
そこから弾丸の軌道を見極めながら疾走した。
射手の数が多いので、少しでも足を止めれば撃たれてしまう。
なるべく意表を突くように動き回った。
「そら、プレゼントだ!」
途中、身を捻りながらライフルを発砲する。
弾丸は狙い違わずラルフへ向かうも、歪んだ金属音と共に軌道が逸れた。
寸前でラルフが突きを放ち、爪で受け流したのだ。
(なかなかやるじゃないか)
大した動体視力と技量だ。
口だけではなく、立場に見合った実力を有している。
それだけの能力を持っているが故に、実力主義のエウレアで地位を築いているのだろう。
ラルフの力の片鱗を確認しながら、俺は彫像の陰へ隠れた。
彫像が弾丸で削られていく。
凄まじい弾幕だ。
タイミングを誤ると蜂の巣になりそうだ。
俺は隙を見て射撃して、向こうの連中を減らしていく。
しかし、数が多すぎた。
一人ずつ殺していては時間がかかる。
全滅させる前に、この彫像が瓦礫になる方が早いだろう。
「温存もしていられないか」
そう判断した俺は、懐から出した催涙弾を投擲する。
空気の抜ける音に合わせて、連中の混乱する声がこちらまで届いた。
しっかりと味わってくれているようだ。
こいつに直接的な殺傷力はないが、決して無視できるものでもない。
その隙に火炎弾も追加で投げ込んでおく。
被害の拡大を待っていると、魔術の詠唱が聞こえてきた。
二種類の爆弾に苛まれながらも、健気に反撃を試みる者がいるようだ。
危険を察知した俺はその場から躍り出る。
「おっと」
間もなく彫像に赤い雷撃が命中した。
彫像の前面が粉々になって消し飛ぶ。
雷撃は背面にまで及び、壁と床を撫でて焦がした。
回避が遅れていたら悲惨なことになっていた。
今の肉体性能なら死にはしないだろうが、雷撃を積極的に受けたいとも思えない。
俺は射撃が再開する前に、スライディングで近くの柱の陰に避難する。
このまま防戦を強いられるのはストレスだ。
相手の流儀に合わせてやる道理もない。
まずはフィールドを俺好みに変えてやろう。
「さぁ、派手に楽しもうぜ」
俺は残る二つの爆弾を天井へ投げ付けた。
剛速球で飛んだそれらは、亀裂を走らせながら天井に刺さる。
数秒後、爆発が天井を崩落させた。




