第35話 爆弾魔は二手に分かれて攻略する
ビルのエントランスは、トラックの衝突で粉砕されていた。
床は瓦礫だらけで所々が燃えている。
元はそれなりに立派なものだったのだろうが、今や見る影もない。
リフォームするのも大変だろう。
もっとも、その辺りはどうでもいい。
俺は建物の構造に注目する。
通路の幅と高さが狭く、ゴーレムカーで進むのには不適切だった。
無理やり進む必要性も低く、却って危険だろう。
ここではゴーレムカーの機動力を活かすことができない。
壁に張り付いて走行したり、飛行機能を搭載しているのなら話は別だが、さすがにそれは高望みが過ぎる。
アリスならオーダーすれば実装しそうではあるものの、現在に限って言えば無理な話だった。
加えてこのエントランスには、別の問題がある。
構造よりも先に解決すべき案件だ。
それを認識した俺はアリスに指示を送る。
「止まってくれ」
ゴーレムカーはドリフトし、エントランスの中央で停止した。
俺は車体から手を離して顔を上げる。
吹き抜けの二階に、ライフルを持つ男達が整列していた。
銃口をこちらに向けている。
そこには牽制や脅しなどといった半端な気配はない。
正真正銘の殺気。
完全にこちらを仕留めるつもりでいる。
「ウップス。さすがに待ち構えているよなっ」
俺はルーフを転がり、すぐさまゴーレムカーの陰に隠れた。
ほぼ同時に一斉射撃が開始する。
装甲が弾丸を弾く中、俺は男達の様子を覗き見る。
彼らは冷静だった。
近くで仲間が傷付いているというのに、顔色一つ変えていない。
それどころか囮に使っている節すら感じられた。
俺達が勢い任せにエントランスへ飛び込むのを待っていたのだろう。
頭の回る指揮官がいるに違いない。
それに従う連中も精鋭だ。
組織の中でも殺しに慣れ親しんだ連中なのだろう。
外の警備兵よりよほど手強い。
「はっは、熱烈なラブコールだな」
俺はゴーレムカーにもたれて笑う。
連中は一向に下りて来ず、遠距離から執拗に射撃を繰り返してくる。
単発式のライフルながらも、タイミングと役割分担を徹底することで絶え間ない弾幕を成立させていた。
こちらの反撃の機会を見事に奪っている。
彼らの役目は時間稼ぎだろう。
俺達をここに縫い止めることができれば成功なのだ。
あとは敷地内の人間の戦闘態勢が整えば勝利が待っている。
こういう奴らの相手は少し面倒だ。
通路の関係上、ゴーレムカーに乗って強行突破も厳しい。
かと言って、銃撃に晒されながら生身で移動するのも嫌だ。
アリスに危険が及ぶ恐れもある。
仕方ない、ここでゴーレムカーを盾にしながら殲滅しよう。
少々手間だが、大して時間はかかるまい。
やり方なんていくらでもある。
指針と方法を固めていると、屋外から別の警備の人間が駆け付けてきた。
俺は運転席からライフルを引っ掴み、即座に撃ち殺す。
二人目以降はリロードが間に合わないため、そこら辺に落ちていた瓦礫を投げ付けて倒した。
今の身体能力なら、ただの投石でも砲弾のような破壊力をもたらす。
頭部が爆散する男達を見て、俺は口笛を鳴らした。
「銃いらずだな。楽でいい」
立て続けに殺しているうちに、ひとまず屋外からは誰も来なくなる。
しかし、時間稼ぎをされるとやはり面倒だ。
こうして挟み撃ちにされて、思うように行動できなくなる。
時間経過と共に増援の規模も大きくなっていくだろう。
さっさと進んだ方がいい。
俺は車内のアリスに声をかける。
「爆弾をくれ」
「どれがいい?」
「粘着型のやつだ」
俺はアリスから爆弾を受け取った。
スライムを使った粘着タイプだ。
それを片手に持ちながら、車体越しに吹き抜けを観察する。
目当てのポイントは二秒ほどで発見できた。
俺は起爆用の紐を引き抜き、ゴーレムカーの陰から爆弾を投擲する。
鋭い軌道で飛んだ粘着爆弾は、吹き抜けを支える柱に命中してくっ付いた。
俺が観察して見つけたポイントである。
爆弾魔として培った眼が、最適な箇所を導き出したのだ。
数秒後、爆発が柱を真っ二つに折り、連鎖的に吹き抜けを崩した。
当然、そこに並んでいた組織の者達は落下する。
轟音を伴って土煙が舞い上がり、エントランス全体に充満した。
呻き声や叫び声も聞こえてくる。
土煙の中に人型のシルエットが複数いた。
そこへ畳みかけるように追加の爆弾を投げる。
催涙弾と火炎弾が組織の連中に猛威を振るった。
土煙から出てきた者には銃撃をお見舞いする。
この世界のライフルの扱いにも慣れた。
既に目隠しした状態でもリロードができるほどだ。
贅沢を言うなら連射型がほしい。
マシンガンやアサルトライフルがあれば、戦い方もかなり変わってくる。
これもアリスに頼むか。
彼女ならあっさり作製してくれそうだ。
考え事をしているうちに、組織の連中は次々と死んでいく。
土煙が晴れる頃には死体だらけになっていた。
これでエントランスは片付いた。
耳を澄ますと、別のフロアから慌ただしい声や足音が聞こえる。
俺達を迎撃するための準備を進めているようだ。
俺は死体から武装を拝借する。
主にライフルと予備弾薬だ。
ゴーレムカーから小型の爆弾を取り出して身に付ける。
装備の位置を微調整しつつ、俺はアリスに提案する。
「ここからは二手に分かれよう。アリスには屋外での陽動を任せたい。連中が無視できない被害を与えるんだ。俺はその間に組織のトップを殺ってくる」
「……私にはゴーレムがあるからいいけれど、ジャックさん一人で大丈夫なの?」
「俺を誰だと思っているんだ。心配するだけ損ってやつさ」
室内戦闘は俺の専売特許である。
武装も十分でベストに近い。
それにここから先は、単独の方がやりやすい。
ゴーレムカーは大型すぎて室内だと機動性に欠ける。
アリスの身の安全も、車内にいる限りは約束されていた。
下手に同行させるより、屋外で活躍してもらった方が都合がいいのだ。
「……分かったわ。陽動は任せて」
アリスは少し悔しそうだ。
俺と共に行動したかったのかもしれない。
ただ、足手まといになりかねないことを察して、わがままを言わなかったのだろう。
相変わらず聡明な娘である。
「必ず、生きて帰ってきてね」
「お互いにな」
ひらひらと手を振り、俺とアリスはそこで別れた。
屋外へ走り出したゴーレムカーを見送ってから、俺はビルの先へと進み始める。
ほどなくして、通路の向こうから組織の人間が現れた。
ただし、今回は多種多様なモンスターを率いている。
角の生えた虎や、鱗に覆われた熊、頭部が二つある狼など、見るからに獰猛なものばかりだ。
どうやら魔物を使役する部隊らしい。
さすが異世界。
こういった戦法もあるのか。
確かに人間以上のスペックを持つ魔物なら、戦力として申し分ないだろう。
命令を受けた魔物達は、通路を駆け出して接近してくる。
「サーカス団かよ。チップは持ってないぜ?」
肩をすくめつつ、俺はライフルを構えた。




