第32話 爆弾魔は反撃に打って出る
ダレスとその手下に連行されること暫し。
俺達は路地裏の広々とした空き地に到着した。
夜間でも活気のある通りとは異なり、ここには妙な静けさがある。
外灯もないエリアで、そこかしこに夜闇が沈殿していた。
月明かりだけが周囲を仄かに照らしている。
俺とアリスは空き地の中央に並んでいた。
武器の類は既に没収されたので完全な丸腰である。
周りはダレスの手下が等間隔で並んでいた。
彼らは剣や杖やライフルといった武器を携帯している。
統一性がないのは、各々が自分のステータスに適した武装を選んでいるからだろう。
そして、正面にダレスが立っている。
彼は愉悦に満ちた表情をしていた。
包帯を巻いて顔を隠していても、はっきりと分かる。
己の優位を微塵も疑っていない。
その気持ちは分かる。
客観的に見た場合、俺達は窮地に追いやられた状況だ。
ダレスが調子に乗ってしまうのも当然だろう。
もっとも、その油断が命取りになる。
彼はそれを理解していない。
俺は内心を抑え、表面上は涼しい顔をキープする。
煮え滾る衝動を懸命に堪えた。
アリスの安全を確実なものとするためだ。
このタイミングで戦いを始めてはならない。
場の重い沈黙を破ったのは、ダレスの声だった。
「度胸はあるようだな。ここに来るまでに、抵抗されると思っていたが」
「俺は聞き分けのいい男なんだ。まあ、野郎からの誘いってのが残念だがね。どうせなら美女がよかったよ」
「今のうちに軽口を叩いているといい。満足するまで聞いてやろう。貴様らはここで死ぬのだから」
ダレスはさも当然のように言う。
それを聞いた俺は、片眉を上げた。
「話が違うな。俺をあんたと同じ目に遭わせるって話じゃなかったのか?」
俺の指摘を受けたダレスは嘲笑する。
彼は心底から見下した視線を向けてきた。
「あのような戯言を信じたのか。愚かだな。貴様のようなクズを許すはずがないだろう」
ダレスの手下共が、示し合わせたように笑う。
俺を馬鹿にしているのは明白だった。
自分達の立場を絶対だと思い込み、勝ち誇っている。
なるほど、よく分かった。
彼らはよほど殺してほしいようだ。
そのリクエストに応えてやらねば。
俺は懸命に平常心を装ってダレスに話しかける。
「オーケー、いいだろう。それがお前らの答えという解釈で間違いないか?」
「当然だ。これは決定事項である。どれだけ命乞いをしようと変わらない」
「本当に?」
じっとダレスの目を見つめながら念押しする。
瞬きもせず、言葉の真意を測る。
対するダレスは眉を寄せて舌打ちした。
「何度も言わせるな。貴様には最大限の苦しみを与えて殺す。自らの過ちを悔いながら死に絶えるのだ」
ダレスは両手を広げて堂々と答える。
随分と酔いしれた発言だ。
手下共からは称賛のムードが沸き上がり、歓声まで発する者もいた。
俺達にとっては、とことんアウェーな環境である。
そんな中、俺は大きく手を打って注目を集めた。
ダレス達のテンションが急速に冷める。
代わりに不満が膨らんでいくのを感じた。
興を削がれたことに苛立っているらしい。
十分に注目されたのを確認してから、俺はダレスに尋ねる。
「ところで、その魔剣はいくらしたんだい? 転移能力付きなんだ。きっと高級品なんだろうなァ」
「何を言っている……そうか。緊張と恐怖のあまり、気でも狂ったか」
ダレスが怪訝そうに言う。
俺は人差し指を横に振りながら笑みを深めた。
「気でも狂ったかって? そう言ったのか? ちょいと違うな。俺はいつだってクレイジーさ。今に始まったことじゃない」
俺は一歩前に踏み出した。
手下共が警戒心を取り戻して武器を構える。
俺は気にせずに質問を重ねた。
「それより魔剣の値段だ。教えてくれよ」
「どうしてそんなに知りたがるのだッ! これから死ぬ貴様には関係なかろうが!」
「関係あるさ。ちょっと興味が湧いてね。これから叩き折る武器の価値を知りたくなったんだ」
「なっ……」
きょとんと呆けたダレスは、ため息を吐いて苦笑いを漏らした。
彼は魔剣を掲げると、その刃を見つめながら語る。
「強がりも大概にしろ。 私の魔剣を叩き折るだと? できるはずがない。この状況で貴様に何ができるというのだ」
「へぇ、俺が無力だと言いたいのかい?」
「純然たる事実だ」
ダレスは少しも躊躇わずに述べる。
まだ自身の優位を疑っていない。
なんとも哀れな姿である。
俺は肩をすくめて、大袈裟に嘆いた。
「そこまで言われたら黙っちゃいられないな。よし、そろそろ隠し芸を披露してやるよ」
俺はパチンと指を鳴らす。
空き地の外から、エンジンの重低音が鳴り響いた。
ダレスと手下共が騒然とする。
そんな彼らを嘲笑いながら、俺は悠々と宣告した。
「パーティーハードだ。存分に楽しませてもらおうか」
その言葉を合図に、近くの廃屋の壁を突き破ってゴーレムカーが登場した。
飛び出した車体は勢いよくドリフトし、数人の手下を撥ね飛ばす。
豪快なスタートダッシュを決めたゴーレムカーは、俺達とダレスの間に割り込むように停まった。
「最高だな。文句の一つも出てこない」
「ありがとう。嬉しいわ」
俺はアリスの頭に手を置いて撫でる。
彼女が遠隔で命令することで、酒場に停車させたゴーレムカーを動かしていたのだ。
そしてあの廃屋に潜伏させていた。
ダレス達もこのような援軍は想像していなかったろう。
まさに彼らの不意を突いた形である。
「な、に……ッ!?」
案の定、ダレスは驚愕していた。
手下共も硬直して行動できずにいる。
突然の事態に思考が追いついていないようだ。
その隙に俺はアリスを抱え上げる。
「手荒だがいくぞ」
「うん、大丈夫」
確認を取った俺は、アリスをゴーレムカーへと放り投げた。
それを感知したゴーレムカーが瞬時に変形を始める。
サイドのドアが折り畳まれるように展開した。
華麗な回転を決めたアリスは、車内の座席に受け止められる。
ゴーレムカーは再び変形して元の形状に戻った。
一瞬遅れて銃撃が浴びせられるも、すべてが装甲に弾かれる。
車内のアリスには傷一つない。
これでアリスの安全は確保された。
あとは好き放題に暴れ回るだけである。
「殺せェ! 今すぐに殺すのだァッ!」
我に返ったダレスが怒鳴るように命令する。
複数の銃口がこちらを向いた。
すぐさま火を噴いて弾丸を放ってくる。
俺は真横に駆け出して、飛来する弾丸を避けた。
その流れで手下の一人を蹴り飛ばし、鋼鉄製の杖を奪い取る。
さらに槍投げの要領で杖を投擲した。
「ぎゃびぃっ」
杖はライフルを持った手下の片目を貫通し、見事に頭部を串刺しにする。
痙攣する手下は、血と脳漿で地面を汚しながら倒れた。
「うおおおおおぉぉぉッ!」
今度は別の部下が斬りかかってきた。
俺は振り下ろされる剣を躱し、その鼻面に拳をぶち当てる。
カウンターブローを食らった手下は吹っ飛び、軌道上の人間をボーリングのピンのように薙ぎ倒した。
そこへゴーレムカーが突進して、起き上がろうとした連中を轢き潰す。
「ハッハ、抜群のコンビネーションだな」
俺は愉快に笑いながら剣を拾う。
軽く回転させて弄んでみた。
使い心地は悪くなさそうである。
俺はダレス達を見やる。
彼らは混乱状態に陥っていた。
肝心のダレスも、魔剣を持って右往左往している。
俺とゴーレムカーのどちらに攻撃を仕掛けるべきか迷っているらしい。
魔剣の転移能力で一目散に逃げ出せばいいのに。
まあ、あちらにもプライドがあるのだろう。
それができない立場にあるのだと思う。
形勢は完全に逆転した。
ここからは俺達の独壇場。
すなわち待望の殺戮タイムの始まりということだ。
「受けた屈辱は百倍返しだ。あっさりと壊れてくれるなよ?」
俺は剣を引きずりながら、ダレスへと歩み寄る。
抑え込んだ激情は今、解き放たれた。




