第3話 爆弾魔は帝都を消し飛ばす
「爆弾魔め! どこへ行った!?」
「この近くにいるはずだ! 絶対に捜し出すぞ」
「ああ、懸賞金は俺達のもんだ!」
俺は物陰から通りを一瞥する。
武装集団が白昼堂々と練り歩いていた。
どいつも攻撃的な雰囲気を発している。
彼らがすぐそばを素通りするのを見送って、俺はため息を吐く。
「まったく、ヘビーな状況になったな……」
城から抜け出した俺は、人知れず街に潜伏していた。
ひとまず落ち着ける場所を探していたのだが、いつの間にか賞金首になっていたのである。
ほぼ間違いなく城の連中が流した情報だろう。
好き勝手に暴れた俺への報復に違いない。
どこまでもふざけた野郎共だ。
勝手に異世界へ拉致しておきながら、俺を犯罪者扱いするとは。
おかげで人通りのある道を歩けない。
兵士達も街中を巡回していた。
それらの目を掻い潜って移動しているが、時間稼ぎにしかならない。
土地勘のない場所で、隠れて動き回るには限界があった。
「見つけたぞ! あんなところに隠れてやがった!」
「死体でも懸賞金の額は変わらないそうだ! 遠慮なくやっちまえ!」
罵詈雑言が飛んでくる。
見つかってしまった。
すぐさま人々が殺到してきた。
同時に投石も行われる。
中には杖から炎やら雷を飛ばしてくる連中もいた。
何でもありだな。
さすが異世界である。
この辺りに関しては慣れていくしかない。
懸賞金に目が眩んだ者達の猛攻に、堪らず俺は逃走した。
数分の移動の末、スラム街の廃屋へ駆け込む。
周囲に人の気配はない。
なんとか追手を撒けたらしい。
ここなら当分は時間が稼げそうだ。
「畜生め、覚えていろよ……」
俺は今にも倒れそうな廃屋内で休む。
胸ポケットを探り、煙草がないことに舌打ちする。
そういえば二週間前から禁煙を始めたのだった。
とんだミスである。
異世界に召喚されると知っていれば、カートン単位で常備したのだが。
少しでも気を紛らわせるため、俺は自分のステータスを再確認する。
いつの間にかレベルが4まで上がっていた。
心当たりと言えば一つしかない。
たぶん城で連中を殺したからだろう。
本当にゲームのような仕様である。
それと街を動き回ったことで、色々な発見があった。
まず人々の容姿だ。
頭部が動物みたいだったり、耳が尖っていたり、尻尾があったり、体長の大小が極端だったり、と実に多種多様であった。
人間とは微妙に違う種族なのだろうか。
全体の四割ほどが、何らかの特徴を持っていた。
まあ、驚きは少ない。
既に信じられないことをいくつも体験してきた。
今更ビジュアルで何か言うことはない。
むしろ、彼らが嬉々として俺を捕まえようとしていることの方が驚きだ。
よほど金に困っているのか。
どこにでも強欲な輩はいるらしい。
他に気になったことと言えば、街中を走る乗り物だ。
木製の馬車に混ざって、自動車らしきものを見かけた。
それに加えて列車と駅のような施設もあった。
この世界では、独自の技術が発展しているらしい。
賞金首の身でなければ、のんびりと観光がしたかった。
(まあ、愚痴はいいとして……)
以上のことから、逃走経路はいくらでもある。
いずれかの移動手段を奪い取れば、容易に街の外へ行けるだろう。
その後、どうするかはまた別の問題だが。
幸いにも手持ちの装備はまだ残っていた。
無駄遣いはできないものの、武装した騎士や兵士とも戦えるはずだ。
最悪、連中の剣や槍を奪うのもいい。
手間はかかるも、殺す道具としては事足りる。
そこまで考えたところで、俺は壁を殴って悪態を吐いた。
「……クソッタレ。どうして逃走する前提で考えているんだ」
俺は異世界に拉致された被害者である。
こんな目に遭うなんておかしい。
今頃は百万ドルの報酬で豪遊しているはずなのだ。
下水道のドブネズミのように、人目を忍んでコソコソと逃げ回らねばならないなんて、どう考えても理屈に合わない。
不条理にもほどがあるだろう。
何もかもがふざけている。
現状への耐え切れない怒りが沸き上がってくる。
「オーケー、やってやるよ。報復パーティーだ」
気が変わった。
このまま逃走なんてありえない。
俺をこの状況に追い込んだクソ野郎共をぶち殺さなくては。
味わった苦痛を千倍にして返してやる。
そうでなければ気が済まない。
俺は廃屋から出る。
ちょうど建物の隙間から城が見える位置だった。
じっと凝視してサイズや構造を確かめる。
「……可能だな」
確認を終えた俺は心底から笑う。
ともすればスキップしながら歌い出したい気分だった。
そんなに蔑みたいのなら、本当に爆弾魔になってやろう。
元より俺のコードネームでもある。
慣れ親しんだものだ。
その名に恥じない行動を取ってやるさ。
薄汚い路地裏を歩きながらも、俺の心は怒りと殺意で満たされていた。
◆
俺は石造りの暗い通路を進む。
ここは城の地下に位置する空間だった。
爆破で吹き飛ばすため、こっそりと忍び込んだのである。
壊滅的なダメージを与えるには、地下に爆弾を設置するのが一番だ。
この城くらいの規模なら、手持ちの爆弾だけでも可能だろう。
配置さえ誤らなければ瓦礫の山にできる。
今回の拉致に関わった奴らは皆殺しにする。
俺を爆弾魔だと吹聴して蔑んだのだ。
おかげで散々な目に遭った。
これだけ素敵な待遇を受けた以上、それに見合うお返しをしなければならない。
こうして潜入しているが、地下は随分とおざなりな警備だった。
裏口からあっさりと侵入できた。
まさか俺が城に舞い戻ってくるとは思っていなかったのだろう。
過去にはもっと厳重な警備を潜り抜けた経験もある。
これくらいは朝飯前だ。
巡回する兵士もいない。
各所に警報機らしき装置があったが、なぜか反応しなかった。
故障していたのだろうか。
何にしろ間抜けなセキュリティーである。
俺は爆弾の設置場所を求めて徘徊する。
成果を確実なものとするため、なるべく大きなダメージとなる箇所が望ましい。
特に陛下と呼ばれていたあの男は絶対に殺す。
宰相ヴィラーツェの話によれば、ここは帝国なのだという。
陛下とはつまり皇帝のことだろう。
異世界召喚の首謀者に等しい。
許してはおけない。
無論、他の関係者も逃すつもりはなかった。
そうして石の通路を彷徨っているうちに、部屋を発見した。
だいたい敷地内の中心部にあたる場所だ。
俺は顔だけを出して覗き込む。
そこは一辺が三十ヤードくらいの大部屋だった。
天井は高く、あちこちに人工的な光が灯る。
しかし、ライトの類は見当たらない。
これも魔術によるものだろうか。
目を引くのが部屋の中央だ。
直径十五フィートほどの赤い結晶が宙に浮いていた。
ゆっくりと回転するそれは、球に近い多面体で構成されている。
淡い光を帯びていた。
(何だあれは……?)
その正体はさっぱり分からない。
ただ一つ言えるのは、あの結晶が城の重要な部品であることだ。
爆弾魔としての直感が囁いている。
――あれを破壊すれば城は潰れる、と。
こういう感覚は馬鹿にできない。
意外と当たってしまうものなのだ。
今回もあながち間違っていない気がした。
わざわざ城の地下でスペースを取って浮かべているのだ。
無意味なインテリアということはあるまい。
よし、決めた。
あの結晶に爆弾を設置しよう。
心配なら他の箇所にも設置すればいい。
どのみち中心部の爆破は必須だった。
爆弾の無駄遣いにはならない。
室内にはローブを着た魔術師が五人いた。
石板のようなものに触れて何らかの操作をしている。
結晶については、あいつらに訊けば分かるだろう。
俺はパキパキと指を鳴らし、舌なめずりをして笑う。
楽しい時間の始まりだ。
存分にかっ飛ばしていこうじゃないか。
「よう、遊びにきたぜ」
俺は室内へ踏み込むと同時に全力疾走する。
最も近くにいた魔術師を殴り倒し、その首を踏み砕く。
情報収集に必要なのは一人だけ。
それ以外は殺していい。
下手に逃げられると面倒なので、さっさと仕留めよう。
「そらよ、プレゼントだ」
俺は間を置かずにナイフを投擲する。
杖を構えた男の眼球に、深々とナイフが突き立った。
ぷしゅっ、と血が噴き出す。
「えっ、あ……?」
男は呆けた顔で仰け反り、杖を放って倒れた。
がくがくと手足が痙攣を始める。
「不届き者がッ! ここがどこか分かっているのか!」
別の魔術師が叫び、杖から火球を飛ばしてきた。
俺は軽く跳躍することで難なく躱す。
火球は直線的な軌道だ。
避けてくださいと頼まれているようなものだろう。
集中次第では、銃弾も目視で回避できるのだ。
それより遅い火球など恐れるに値しない。
「な、にっ!?」
「ボサッとしてると死んじまうよ」
火球を外して焦る魔術師に拳銃を発砲する。
胸に穴の開いた魔術師は、ぐらりとよろめいて崩れ落ちた。
棒立ちすぎて的にもならない。
「せっかくのパワーも台無しだな。持ち腐れってやつかね」
魔術師の弱さを嘆いていると、視界の端を何かが通過した。
四人目が勝手に逃げようとしている。
俺に敵わないと悟ったらしい。
賢い判断だが、情けない姿である。
俺はその無防備な背中に弾丸を撃ち込んだ。
「ぐあっ!?」
四人目の魔術師は、悲鳴を上げて転倒した。
血を流しながら呻いている。
激痛のあまり立てないようだ。
「はは、臆病者に相応しい最期にしてやるよ」
俺は朗らかに笑いながら近付いて、折り畳みナイフを取り出す。
四人目の背中を踏み付け、髪を掴んで頭を持ち上げた。
「ど、どうして、こんな、ことを……」
「さぁ? 俺に訊かれても困るな」
魔術師の言葉にとぼけつつ、後ろから首を掻き切ってやる。
鮮血のシャワーが床を汚した。
四人目はしばらくもがき苦しんでいたが、やがて抵抗を止めた。
顔面を血だまりに沈めて動かなくなる。
「あっけないもんだな。もう一人しか残っていない」
俺はナイフを弄びつつ、やれやれと肩をすくめる。
室内最後の魔術師は、尻餅をついて震えていた。
金髪碧眼の美女だ。
色白で耳が尖っている。
おそらくはエルフと呼ばれる種族だろう。
何かの映画かゲームで見たことがある。
ファンタジー作品では人気の存在だったはずだ。
そんなエルフの魔術師は、顔面蒼白で俺を凝視している。
「おっ、お前は誰だ!? そもそも、どうやってここに侵入できたんだ! 魔力感知型の罠があったはずだ、許可なく辿り着くのは絶対に……魔力を感じないだと……!?」
エルフは何事かを喚きながら、勝手にリアクションする。
だいぶ混乱しているようだ。
予想外の事態に直面して、頭の整理ができていないらしい。
それは少し困る。
彼女にはいくつか訊きたいことがあるのだ。
俺はエルフの襟首を掴んで持ち上げた。
目線を合わせた状態で語りかける。
「質問タイムだ。平和的なやり取りをしよう」
「くそ、何が平和的だ……ッ!」
エルフは苦しそうに顔を歪め、ぶつぶつと奇妙な発声を始めた。
その目は至って真剣で、俺への殺気に満ちていた。
何が起こるかは不明だが、どうせ碌なことではあるまい。
俺はエルフの腹に膝蹴りを食らわせる。
「うぐぅっ……!?」
エルフは床にうずくまって嘔吐する。
苦しむ彼女の手元でバチッ、と青白い光が瞬いた。
どうやら魔術を使おうとしていたらしい。
危ないところだった。
下手をすれば雷撃で黒焦げだったわけか。
やってくれるじゃないか。
しゃがみ込んだ俺は、エルフの後頭部にぐりぐりと銃口を押し付ける。
「魔法の呪文をリクエストした覚えなんて無いんだがね。まあ、そんなことはどうでもいい。ちょいと質問があるんだ。答えてくれるかい。そうすれば命だけは助けるよ」
「ほ、本当、か……?」
エルフは涙目ながらも顔を上げる。
僅かな希望に縋ろうとするその姿は、俺の嗜虐心を煽ってくる。
だけど、今は我慢だ。
燻る衝動を押し留めながら、俺は真摯な表情を作る。
「ああ、信じてくれ。我ながら約束は守る男なんだ」
そう告げると、エルフはこくりと頷いた。
ひとまずは協力を取り付けられたようである。
俺はエルフの頭から拳銃を逸らすと、その手で中央の赤い結晶を指し示した。
「あれは一体何なんだ。ただの宝石ってわけじゃないだろう?」
「知らないのか? あれは都市核――帝都全体の魔術機構を制御する魔道具で、言わば都市の心臓みたいなものだ」
「へぇ、都市の心臓か……」
有力な情報を得た俺は顎を撫でる。
赤い結晶もとい都市核は、変わらず低速回転を続けていた。
まさに大当たりだ。
重要な装置とは思っていたが、まさかそこまでの機能を有していたとは。
爆破するにはもってこいの対象だ。
「貴様は、誰なんだ……? どうしてここに」
怪訝そうなエルフが余計なことを言い始めたので、拳銃を向けて発砲する。
弾丸が彼女の片脚を抉った。
「ぎあああああぁぁぁあっ!?」
「いいか、質問者は俺だ。履き違えるなよ? さもなければ、お前の頭がベリージャムになる」
「わっ、分かった! もう、しない! 二度と、質問は、しないっ!」
エルフは必死になって誓う。
これでもう懲りたろう。
下手な発言は死を招くと分かったはずだ。
周りに転がる四人の魔術師の死体が、説得力を増してくれていた。
「さて、次の質問だ。こいつを破壊したらどうなるんだ?」
「……とんでもないことになる。これだけ巨大な魔術装置なんだ。少しの誤作動でも被害は計り知れない。最悪、帝都が丸ごと吹き飛ぶ可能性もある」
エルフは青ざめながら答えた。
嘘を言っている様子はない。
正真正銘、彼女の持ち得る知識と経験から導き出した見解であった。
一つの都市が丸ごと吹き飛ぶ。
さぞ凄まじい威力だろう。
爆弾魔を自称する身としては、無視できない魅力を感じた。
エルフの話を聞いた上で、俺は都市核への爆弾設置を決心した。
帝都がどうなろうと俺の知ったことではない。
この城さえ粉砕できればそれでよかった。
遠隔操作で起爆することで、俺自身のリスクも最小限にできる。
諸々の準備は、手持ちの道具だけで十分に可能だ。
確実に城を破壊するため、都市核の他にも何ヵ所かに爆弾を仕掛けておこう。
地下通路の構造はおおよそ把握できている。
どこの柱を潰せばいいかは、手に取るように分かる。
そこまで考えたところで、俺はふと閃く。
脳裏を過ぎったのは、俺の持つ【爆弾製作 EX++】のことだ。
このスキルは爆弾製作を確実に成功させるものらしい。
最初に使った時のように、ただの爆竹を作るのには不要だ。
しかし、この効果を言い換えれば"どれだけ荒唐無稽な爆弾だろうが必ず製作できる"ということになる。
成功確率が限りなくゼロに近くても関係ない。
なるほど、EXという大層な響きは伊達ではないようだ。
(試すだけの価値はあるな)
発想を固めた俺は、エルフに質問をする。
「たとえばの話なんだが、都市核を爆弾として運用することはできるかい?」
「理論上は可能だが、まず上手くいかないだろう。これだけ精密な魔道具を改造するのは非常に難しい。作業途中に誤動作が起きてしまう。とても危険な行為で――まさか、お前……ッ!」
不可能なわけではないが、高いリスクを伴うらしい。
俺のスキルの効果が本当なら、気にすることではないだろう。
まあ、本当に危なかったら逃げ出せばいいさ。
自分の作った爆弾で死ぬなんて、爆弾魔の名が泣いてしまう。
俺はさっそく作業に取りかかった。
手持ちの道具を駆使して都市核を改造していく。
不明点についてはエルフのアドバイスをもらったりした。
そして五分後。
俺は生まれ変わった都市核を前に微笑んだ。
注視してステータスを確認する。
名称:都市核(破綻)
ランク:A++
威力:9999999
特性:【過剰供給】【魔力暴走】【都市破壊】【解除不可】【遠隔爆破】
回転を止めた都市核は激しく振動していた。
光が不規則に明滅し、所々から白煙を発している。
表面にはうっすらと亀裂も走っていた。
その光景に俺は満足する。
なかなかの仕上がりだ。
表示されたステータスから考えるに、凄まじい代物が出来上がったようだ。
エルフに協力させた甲斐があった。
都市核の改造と言っても、実際の工程は大して複雑ではない。
まずは制御盤を操作して、都市核の防御機構を解除した。
次に魔力を過剰供給することでオーバーヒートを誘発し、特製の爆弾をいくつか設置した。
大まかな手順はこれだけである。
制御盤の操作には少し難儀したが、専門家のエルフがいたので何とかなった。
爆弾については、通信機で遠隔爆破できるように細工しておいた。
それをダクトテープで都市核に貼り付けている。
少々不格好だが、誘爆させるには十分だろう。
俺の【爆弾製作 EX++】は爆弾作りを必ず成功させる。
成功とはすなわち、正しく機能するということだ。
俺が誘爆を意図して作った以上、この都市核は狙い通りに働く。
見るからに危険な状態なのに暴発しないのは、スキルの補正があるからだろう。
やはり便利な能力である。
役立たずだなんてとんでもない。
この有用性を伝えるには、実際に披露するのが一番だ。
盛大な爆発を見せてやろう。
仕上げに制御盤を弄り、誰も接近できないように結界を張っておく。
これで爆弾を解除される心配は無くなった。
俺の好きなタイミングで起爆することができる。
その時、背後で静かな足音がした。
振り向けば、エルフがじりじりと後退している。
俺から離れて部屋を出ていこうとしていた。
「おいおい、どこへ行くんだ? 俺とお前の仲じゃないか」
気楽な調子で声をかけると、エルフは顔を真っ青にして叫ぶ。
「これだけ協力したのだ! もう見逃してくれ !命だけは助けると言っただろう!?」
「……あー、確かに、そう言った気もするな、うん」
俺は頷きつつ、エルフに拳銃を向ける。
そこからゆっくりと歩み寄っていった。
照準は彼女の頭部に固定する。
「そ、そんな……約束と違う……!」
「悪いね。ありゃ嘘だ」
引き金を引き、焦るエルフの額を撃ち抜いた。
衝撃で飛び散る脳漿。
エルフはぐたりと床に倒れて静かになる。
最初から見逃すつもりなんてなかった。
俺に何のメリットもない。
万が一、後から制御盤を操作されても面倒だ。
ここで始末するのが賢明だろう。
(さて、そろそろ脱出するかね)
爆破パーティーの飾り付けは完了した。
あとは帝都の外へ向かうのみである。
十分に離れてから起爆しなければ巻き添えになる。
都市核がどれほどの威力を発揮するか未知数なので、万全を期した方がいいだろう。
「魔力反応がおかしい……やはり異常事態だ!」
「おい、血の臭いがしないか!?」
部屋の外の通路から、複数の足音と声が聞こえてきた。
騒ぎを聞きつけた者がやってきたようだ。
対応が遅い。
何もかもが手遅れである。
できれば他にも爆弾を仕掛けたい場所があったが、さすがに厳しそうだ。
追われながら設置するのは難しい。
まあ、都市核の爆破だけで足りるだろう。
目的は城の破壊だけなのだ。
俺は足音のする通路とは別の扉へ向かった。
拳銃を片手に部屋を出て、ひたすら通路を走る。
ここからはスピード勝負であった。
連中に捕まらずに逃げ切れば俺の勝ちだ。
爆殺して跡形もなく消し飛ばしてやる。
「い、いたぞッ!」
「ヘイ、ハイタッチだ!」
叫ぶ兵士の頭部を掴み、石壁に全力で叩き付ける。
頭蓋が軋んで兵士が白目を剥く。
手を離すと、そのままずるずると壁にもたれながら沈んだ。
指に付いた血を払いつつ、俺は先へと進む。
通路内で遭遇する騎士や兵士は、問答無用で倒していった。
いちいち彼らに構ってはいられない。
遠隔爆破のため、さっさと離れる必要があるのだ。
そのまま地下通路を突破して地上に出た俺は、城の敷地を走り抜けて街へ繰り出した。
懸賞金目当ての連中を撃ち殺しながら走り続ける。
あれだけ俺を爆弾魔呼ばわりして追い回してきた連中は、血相を変えて逃げ惑っていた。
「ほらほら、お待ちかねの賞金首だぞ。かかってこいよ」
手招きするも、誰一人として近付いてこない。
なんとも臆病な連中である。
身の危険を感じた途端、強気に出てこないと来た。
いやはや、その素直な姿勢には尊敬してしまう。
そんなことを考えていると、前方から鋭い声が飛んできた。
「止まれッ!」
見ればバイクに乗った騎士が登場するところだった。
その手には槍が握られている。
殺気に満ちた目は、俺を仇のように睨んでいた。
「度胸があるじゃないか。いや、この場合は無謀と呼ぶべきかな」
俺は冷笑を浮かべる。
バイクに騎士とは、面白い組み合わせである。
形状はクルーザータイプのオートバイに酷似している。
確か日本では、アメリカンバイクと呼ばれているんだったか。
あれも魔術で動いているのだろう。
本当に愉快だ。
どこまでも楽しませてくれるじゃないか。
「その命、我が槍で貫き崩す……!」
クールな宣言をした騎士が、俺に向かってバイクを発進させる。
かなりの速度だ。
勢いに任せて突き殺すつもりらしい。
或いはバイクでの撥ね飛ばすのが狙いか。
何にしろ正々堂々すぎる。
俺は騎士の接近に合わせて跳躍した。
放たれた槍の刺突を、脇に挟み込んでやり過ごす。
そこから空中で姿勢を変え、片脚を後ろに引く。
「ヒーローキックだ。たっぷり味わいな」
「ぶべぇあっ!?」
コンバットブーツの蹴りが、騎士の顔面を捉えた。
爪先から鼻を圧し折る感触が伝わってくる。
限界まで仰け反った騎士は宙を舞い、俺は入れ替わるようにしてバイクへ飛び乗った。
ハンドルを切り、近くの露店にぶつかりながらUターンする。
そして手元のスロットルをひねり、一気にアクセルを全開にした。
「ハッハ! 最高のドライブだっ!」
俺は上機嫌にバイクを駆って通りを爆走する。
大まかな運転方法は、元の世界のものと同じだった。
よく分からないボタンやレバーなんかが付いているが、触らなければ問題ないだろう。
こうして動いているのだから気にしない。
立ちはだかる連中を撃ち殺しながら突き進む。
そのまま走行すること暫し。
街の出口である門が見えてきた。
門前には兵士達が並び、ライフルを構えている。
その後ろでは、数人が門を閉めようとしていた。
(ここを封鎖して仕留めるつもりか……)
俺は気にせず加速する。
連中は俺が十分に近付いたところで一斉射撃をお見舞いするつもりだろう。
シンプルだが効果的な戦法だ。
逃走防止の策としては悪くない。
無論、それくらいのことはしてくると思っていた。
せっかく集まって用意してくれたのだ。
その肉壁を正面からぶち抜いてやろうじゃないか。
俺は射撃が来るギリギリのラインまで走行していく。
途中、ポケットの手榴弾を掴み取り、ピンを噛んで引き抜いた。
それを片手で持ちながら、兵士達との距離に集中する。
(まだだ……もう少し……もう、少し……あと、少、し――――今だ!)
兵士達が発砲する寸前、俺は体重を後ろに下げてアクセルを調節する。
バイクの前輪が浮き上がってほぼ垂直になった。
所謂ウィリー走行である。
「総員、撃てェッ!」
数瞬遅れて、兵士達による一斉射撃が行われた。
弾丸の雨はバイクを削り貫くも、車体の陰にいる俺にはほとんど当たらない。
命中した分もボディーアーマーに阻まれていた。
大したダメージではない。
「そら、暴れ馬のお通りだぜ」
強引に接近を果たした俺は、兵士達を加速したバイクで撥ねる。
連続衝突でバランスを崩さないように気を付けつつ、ピンを抜いた手榴弾を置き去る。
そのまま閉じかけの門を走り抜けて通過した。
直後、後方で爆発音と悲鳴が上がる。
「惜しかったなァっ! ちょっとだけ肝が冷えたぜ! ちょっとだけなッ!」
街の外へ飛び出した俺は、挑発もそこそこに砂利だらけの街道を走る。
周囲は青々とした草原だった。
非常に見通しが良く、この地形では追手を撒きにくい。
ひたすらバイクを走らせて帝都から離れていく。
三十分ほど移動したところで山を見つけた。
俺はそこへ潜り込み、山頂にてバイクを停める。
ぐっと伸びをしながら腰を叩いた。
「ふぅ、随分と走らせたな……」
遥か彼方に帝都が小さく見えた。
追手の気配はない。
どうやら無事に逃げ切れたらしい。
手榴弾の置き土産で門前は混乱していたし、立て直すのに手間取ったのだろう。
俺は手元の機器を見る。
それは通信機を改造した起爆装置だった。
側面のスイッチを入れれば、あの都市核を誘爆させることができる。
どうなるかは見てのお楽しみだ。
俺はスイッチに指を添える。
そして、少しも躊躇わずにカチリと押した。
「――これでも食らいやがれ、クソッタレ」
直後、強い地響きが起きた。
帝都からまばゆい紫色の光が噴出して膨れ上がる。
光の勢いは加速度的に大きくなっていく。
「うおっ」
正面から暴風が吹き付けてきた。
轟々と凄まじい勢いで木々を揺らす。
堪らず俺は顔を腕で覆ってバイクに掴まる。
気を抜くと飛ばされそうだった。
それから二分ほどが経過しただろうか。
ようやく風が落ち着いたので、俺は腕を下ろして成果を確かめる。
そして絶句した。
帝都があったはずの場所では、紫色の炎が踊り狂っていた。
山のような大きさの炎だ。
原形を失った帝都を蝕んでいる。
炎の中心には、巨大な十字の光が突き立っていた。
都市核を彷彿とさせる鮮やかな赤い光である。
どういった作用かは知らないが、あれも爆弾の産物なのだろう。
粉砕された帝都が、駄目押しのように焼き尽くされていく。
「アッハッハッハァ! 最ッ高の気分だ! こいつは笑うしかねぇや!」
俺は高らかに指笛を吹いて歓声を上げる。
こいつはとんでもない傑作だ。
素晴らしい報復である。
文句なしの満点だった。
城さえ粉砕できればいいと思ったが、あの爆弾はそれで終わらなかった。
帝都そのものを丸ごと消し飛ばしてくれた。
こうなる可能性も予想していたものの、いざ目にするとテンションが上がる。
気分は最高潮だった。
異世界召喚も案外悪くないな。
諸々の損害を差し引いても余りある体験であった。
元の世界では決して味わえない。
滅びゆく帝都を眺めながら、俺はひたすら笑い続けた。