第27話 爆弾魔は新たな街に到着する
ドワーフの集落を発った俺とアリスは、森の中をゴーレムカーで移動する。
搭載のハードロックを流しながら軽快に進んでいく。
こそこそと離れる魔物を眺めつつ、俺は含み笑いをする。
(こうも襲ってこないと楽だな)
現在のゴーレムカーは、ドラゴンの素材を導入していた。
全体の色合いはダークブルーになり、車体も二回りほど大きくなった。
誰も乗せる予定はないが、後部座席も追加している。
ドラゴン素材を使っているおかげか、魔物達が襲いかかってくることはなかった。
本能的に危険を察知しているのかもしれない。
賢明な判断をしてくれているようで何よりである。
余ったドラゴンの素材はドワーフ達に譲渡した。
とても感謝され、また集落に来てほしいとまで言われてしまった。
礼として秘蔵の酒や特殊な金属のインゴットも貰った。
俺達はよほど気に入られたらしい。
一応は彼らのためにドラゴンを仕留めたのだから当たり前か。
そうだとしても本当にいい人達だ。
機会があればまた会いたいものである。
彼らとの酒盛りは楽しかった。
やがてゴーレムカーは森を抜けて丘陵地帯に至った。
見晴らしがよく、青々とした草原が広がっている。
吹き抜けた風が髪を撫でた。
遠くには城塞のような建造物が望める。
丘に沿って長々と壁が築かれていた。
少し離れた地点に別の都市らしきものもある。
(あれが独立国家エウレアか……)
都市群から成り立っているとのことなので、ああいった規模の街が各所にできているのだろう。
面白い形式だ。
確か四人の代表がそれぞれの支配領域を治めていると聞いている。
国家と称しながらも、その内情はまるで異なると思った方がよさそうだ。
ゴールが見えてきたところで、当面の目的を整理しよう。
まずは潜伏しているであろう日本人の殺害。
これは絶対だ。
そのための手がかりを探すつもりである。
加えて能力の解明もしなければいけないだろう。
今のまま対峙すると、為す術もなく返り討ちにされる可能性が高い。
召喚当時、謁見の間でそれぞれステータスチェックを受けたため、日本人達がそれなりの高レベルであることは知っている。
ただし、肝心のスキルはよく分からずに聞き流していたので不明だ。
周りの反応から、漠然とすごいものだとは認識していたが、あまり意味が理解できなかったのである。
今思えば、少しでも関心を向けておけばよかった。
まあ、後悔したところで意味はない。
前向きに動くしかないだろう。
極端な話、どんな能力だろうと爆殺してやればいいのだ。
反射スキルを持ったコージも始末できた。
俺なら必ずやれる。
事前調査で能力を暴き、対策を立てた上で攻撃を仕掛けられるのが理想だった。
他の目的として、送還魔術に関する情報収集を進めたい。
これも大事な案件である。
エウレアで何かしらの糸口が見つかればいいのだが。
魔術の勉強や、新たな爆弾の製作にも取りかかりたかった。
どちらも今後のためにも欠かすことはできない。
怠ればいずれ困った事態になる。
今のうちに済ませた方がいい。
やることが山積みだが、一つずつ消化していこう。
「エウレアでの生活で、何かしたいことはあるかい?」
「工房が欲しいわ。魔術の研究ができる場所ね。活動の拠点にもなるわ。どれくらい滞在するか分からないけれど、あって損するものではないはずよ」
ナッツをぽりぼりと齧りながらアリスは答える。
俺は彼女の意見に同意する。
拠点は確保しておいた方がいい。
いちいち宿を探すのも面倒だ。
拠点をキープしておけば、諸々の手間を省ける。
長期滞在を想定するとほぼ必須だろう。
(となると、拠点探しから始めるか。それから他の目的をこなしていけばいいだろう)
俺は脳内で今後のスケジュールをまとめていく。
丘陵地帯を走るゴーレムカーは、城塞に近付きつつあった。
石造りの頑丈そうな外観である。
目を凝らすと、表面が仄かに光っていた。
幾何学模様が刻み込まれている。
魔術か。
防衛機能でも働いているのかもしれない。
開放された正門は、人々が出入りしている。
今までのような門番はいない。
完全に自由な出入りが許可されているようだ。
よかった。
兵士に呼び止められることはなさそうだ。
事前情報通り、自由な気質らしい。
俺達にとっては好都合な限りであった。
俺はゴーレムカーを城塞内へと進めていく。
門の向こうには雑多な街並みが広がっていた。
様々な種族がいる。
他の街より亜人が多い気がする。
それもあってか、街の風景は数割増しでにぎやかな印象を受けた。
人々の間をゴーレムカーで進む。
通りが混み合っているので大したスピードは出せない。
ほとんど徒歩と変わらず、のろのろとした走行だった。
酷い渋滞である。
この街には車道や歩道といった概念がないらしい。
「まあ、気長に待つかね」
思考を切り替えた俺は、周りの観察に意識を移す。
歩行者達は、ゴーレムカーに奇異の視線を向けてきた。
他の車両と比べても、こいつはなかなかのモンスターマシンだ。
ドラゴン素材を取り入れたことで、スマートとワイルドを両立している。
とにかく目立つビジュアルのため、視線を集めてしまうのも仕方のないことだろう。
まあ、因縁をつけられない限りはどうでもいい。
注目を受けようが関係ない。
そう思っていると、後方から怒声が飛んできた。
「邪魔だ! 道を空けろッ!」
渋滞に苛立っている者がいるようだ。
世界が変わっても同じような人種がいるらしい。
この状態で道を譲れるわけがないというのに。
俺は無視して街並みを眺める。
「聞こえないのかァッ! その悪趣味な車両をどけろと言っているのだ!」
先ほどと同じ声である。
しつこい野郎だ。
サイドミラーで確かめたところ、すぐ後ろの車両から声が発せられていた。
白いコートを着た男が、車両から降りて近付いてくる。
彼は運転席まで来ると、ぎろりと睨んできた。
「貴様……道を空けろと言っているのが分からないのか?」
鼻息の荒い男は、神経質そうな声音で述べながらドアを蹴り始めた。
短気なその姿を笑いそうになる。
どれだけ急いでいるのやら。
俺は窓を開けて対応する。
「そっちこそ渋滞が見えないのか? 黙って待てよ。度量が透けて見えるぜ」
「な、にを……ッ!」
男は顔を真っ赤にすると、おもむろに腰の剣を引き抜いた。
即座に発せられる殺気。
白昼堂々と俺を斬り殺すつもりらしい。
治安の悪さは本物のようだ。
「私を、愚弄したなッ!? いいだろう、貴様を我が剣の錆に――」
「おいおい、街中で暴れるなよ。近隣の迷惑になる」
俺は運転席のドアを勢いよく蹴り開けた。
狙い通り、ドアの縁が男の顎を強打する。
「ぐごぼぁ……ッ!」
顎骨を打ち砕く感触。
男は血を噴きながら転倒する。
折れた歯が転がった。
周りの人々がざわついている。
いきなり騒ぎになってしまった。
街に入って僅か数分だというのに困ったものである。
ため息を吐いた俺は気絶した男を掴むと、後方の車両へと放り投げた。
男はフロントガラスに衝突し、その体でガラスを粉砕する。
「ダ、ダレス様……っ!」
車両の運転手が驚いていた。
様付けから判断するに、男の部下だろうか。
まあ、特に興味は湧かない。
俺は車内に戻ってドアを閉める。
「あれは、いいの?」
「もちろん。邪魔な小石をどけただけさ」
アリスの懸念に答えつつ、俺はゴーレムカーを発進させる。
新たな街での生活は、なかなか愉快なものになりそうだった。




