第26話 爆弾魔は次の標的を見つける
祝宴から四日が経過した。
俺とアリスは着々と出発の準備を進めている。
集落の人々は遠慮なく滞在してくれていいと言っているが、そうも言っていられない。
ドラゴン討伐も終わったので、そろそろ目的に向けて動き出したかった。
そんな折、借り家の扉がノックされた。
アリスが扉を開くと、一人のドワーフが入ってくる。
ドラゴン戦にも参加していた勇士である。
彼は何やら急いでいる様子だった。
「どうしたんだい。浮気でもバレたか?」
「いえ。実は集落の外で行き倒れた人族を見つけたので、回復魔術を使えるアリス嬢に容態を診ていただきたいのです。我々は人族の身体について詳しくないもので。おそらくは疲労と空腹だけでしょうが……」
こんな森の中で行き倒れとは遭難者だろうか。
地形を知っていれば、迂闊には入らないはずなのだが。
ここは強力な魔物が蔓延る危険地帯である。
俺達のように、ある程度の備えがなければ通り抜けようとは考えないはずなのだ。
ショートカット以外で立ち入る目的もあるまい。
その行き倒れた人間は、よほど先を急いでいたのだろうか。
少し気になる。
「ジャックさん、どうすべきかしら」
アリスが俺に尋ねてくる。
容態を診ることに関して、彼女はどちらでもいいといった様子だった。
「せっかくだし行こうか。無謀なチャレンジャーの顔を見てみたい」
「そうね。助けてあげましょう」
話が決まってさっそく出かけようとしたところで、俺はふと足を止める。
根拠はないが、なんとなく嫌な予感がする。
こういう閃きは馬鹿にならない。
過去には命を救ってくれたこともあった。
「……一応、持っていくか」
俺は一挺のライフルを手に取った。
銃身を切り詰めたタイプだ。
射程距離を犠牲に取り回しの良さを優先している。
形状はほとんど拳銃に近く、携帯するにはこれくらいがちょうどよかった。
「ジャック殿、それは……」
「念のためだよ。相手は素性も分からない余所者だろう? いきなり暴れ出す可能性だってある」
困惑するドワーフに、俺は形ばかりの言い訳を連ねる。
理には適っているため、それ以上の反論は返ってこなかった。
俺達はドワーフに案内されて移動する。
案内されたのは長老宅だった。
どうやらここへ運び込まれているらしい。
入口にほど近い一室の前に着くと、ドワーフは小声で俺達に告げる。
「ここから先は、なるべく荒事は控えてくださると……」
「ああ、任せてくれ。行き倒れ君の容態を確かめるだけさ。喧嘩をしに来たわけじゃない」
「そ、そうですよね」
案内のドワーフは、どこか不安そうながらも扉を開けた。
俺はアリスと共に部屋へ入り、ざっと室内を見回す。
簡素な部屋には、木製の寝床が設けられていた。
そこに一人の人間が眠っている。
茶髪の青年だ。
彫りは浅く、やや軽薄そうな顔立ちをしている。
服装はチェック柄のシャツにジーンズだった。
俺はその顔に見覚えがあった。
同時召喚された日本人の一人だ。
あの嘲笑の最中にいた者を忘れるはずがない。
俺は即座にライフルを男の額に向ける。
「ジャックさん……?」
「ビンゴだ。こいつは俺の探していた奴さ」
「つまり、この人も召喚者なのね」
事情を理解したアリスは納得して頷く。
彼女はそれ以上の口出しはしない。
特に止めたりするつもりはないようだ。
「ジャ、ジャック殿。荒事は控えてくださるのでは」
「すまないね。ちょいと訳ありなんだ。許してくれよ」
制止を試みるドワーフを牽制しつつ、俺は笑みを深める。
まさかこんなところで再会できるとは。
なんて素晴らしい偶然だろう。
運命は俺に味方をしてくれているようだ。
何はともあれ、これで二人目である。
なかなか幸先がいい。
この調子で残る召喚者も皆殺しにしてやろう。
俺は引き金に指をかける。
その時、男がいきなり目を見開いた。
驚愕の眼差しがこちらを向く。
「なっ……!? あんた、は、……ッ!」
「――チッ」
男が身を起こそうとした。
俺は気にせずライフルを発砲する。
次の瞬間、視界が切り替わった。
頭上に青空、眼下にドワーフの集落がある。
気が付くと俺は、空中に身を晒していた。
「は……?」
疑問の声を上げる間もなく、俺の身体は落下していく。
首周りにざらついた感触があった。
触れてみると、荒縄が巻かれている。
結ばれたそれが頭上に伸びているのが映った。
このままだと首吊りになる。
瞬時に理解した俺は、荒縄に指をかけて引き千切る。
高レベル補正のおかげで簡単にできた。
俺は姿勢を制御しながら落下先を確認する。
落下先には一軒の家屋があった。
既に眼前まで迫っている。
俺は身体を丸めるようにして屋根に衝突した。
幾度もの衝撃を受けながら、天井と床を交互に突き破っていく。
気が付くと瓦礫に埋もれていた。
俺はそこから這い出て、周囲の状況を確かめる。
どうやら室内を貫通して一階まで落ちてきたらしい。
土煙に咳き込みつつ、全身の汚れを叩いて落とす。
「畜生め、どうなってやがる……」
俺は顔を顰めながら悪態を吐く。
身体に大きな怪我は無かった。
さすがは高レベル補正だ。
元の世界で同じことをやれば、まず重傷を負ったに違いない。
木片が身体に刺さっていると思う。
ただ気になる点として、衣服が妙な破れ方をしていた。
落下だけでこうなった感じではない。
胸の部分が切り裂かれており、銃痕らしきものも確認できる。
裏返してみると、内側にマッシュルーム状に潰れた弾丸が張り付いていた。
もっとも、肉体は健全そのものだ。
ほんの少しの掠り傷だけで、それもすぐに薄れて消えてしまった。
新たなスキルの再生能力が働いたのだろう。
「――やられたな」
俺は腰に手を当てて嘆息する。
実に不可解な現象だ。
十中八九、あの日本人の仕業だろう。
あいつが俺を殺そうとしたのである。
いや、先にこちらが撃とうとしたから正当防衛か。
どちらにしろ殺意を以て攻撃されたのは明白だ。
もし抵抗していなければ、今頃は首吊り状態となっていた。
ここまで一方的にしてやられると、怒りより感心の念を抱いてしまいそうだ。
「ジャックさんっ」
そうこうしているうちに、アリスと数人のドワーフ達が駆け付けてきた。
誰もが血相を変えている。
「ジャック殿! 一体どうされたのですか!?」
「こっちが聞きたいくらいだ。気が付いたらスカイダイビングをしていてね。何が起こった?」
俺が苦笑混じりに尋ねると、アリスと目撃者のドワーフが証言する。
曰く、俺とあの日本人が同時に姿を消したらしい。
予期せぬ事態に困惑していると、外で何かが崩れる音がしたのだという。
そうして他のドワーフを連れて現場までやってきたところで現在に至るそうだ。
話を聞いた俺は状況を把握する。
彼らも突然の事態に混乱しているようだ。
まあ、だいたいの流れは分かった。
あとは推測で補完できる。
男も消えたということは、既に逃走したのだろう。
俺を瞬時に別の場所へ移したのだ。
それくらいはできても不思議ではない。
男は俺を殺し損ねたのだと思う。
衣服の不自然な破損は、奴が何らかの手段で攻撃した痕跡に違いない。
そして、ステータスによる差で傷付けられず、高所からの首吊りで仕留めようとしたと考えれば辻褄が合う。
やはりあいつは殺さなければ。
ここまでコケにされて黙っていられるわけがない。
元より見逃すつもりなど欠片もなかった。
俺はドワーフに質問する。
「あの男の行方について、何か心当たりはないか?」
「……そういえば集落へ運ぶ途中に、独立国家エウレアへの道について訊かれました。素性を問われたくない、とも言っていたので、何か事情があるようですが……」
「エウレアか。ちょうどいいな」
有力な情報を得た俺は微笑む。
独立国家エウレアは俺達の目的地でもあった。
奴はそこで行方をくらませるつもりだったのだろう。
方針が決まった。
今すぐにでもあいつを追いかけよう。
そして殺す。
あの男は、俺が死んだと思っているはずだ。
仕留め損ねたのだと知っていれば、きっと真っ先に舞い戻ってくる。
同じ要領で今度こそ殺しにかかってくるだろう。
それをしないということは、俺を殺せたと思い込んでいる。
まあ、この推測が間違っていてもあまり関係ない。
事実として俺は生存している。
ならばやることは一つ。
「エウレアまであいつを追いかけて、木端微塵に爆殺してやる」
「追いかけるの?」
「ああ。とびきりの方法であの世に送ってやる」
俺は不敵な笑みを湛えて答える。
集落での平穏な日々もいいが、やはり血みどろの人生の方が性に合っているらしい。
俺は次なる目的を固く胸に誓った。
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これにて一章終了です。




