第24話 爆弾魔は竜を討伐する
後脚の一方を失ったドラゴンは、バランスを保てずに転倒した。
尻尾や前脚を振り乱して暴れ出す。
些細な動作が地響きを起こした。
俺は巻き込まれないように退避する。
下手にぶつかると、遠くまで吹っ飛ばされる恐れがあった。
そうするとアリスやドワーフ達が襲われることになる。
最も望ましくない展開だ。
戦況はこちらが優勢であった。
焦らずにじっくりと仕留めればいい。
確実なタイミングで攻撃を繰り返すだけで勝てるのだ。
俺は粘着爆弾の紐を抜いて投擲した。
爆弾はドラゴンの腹にぶつかって炸裂する。
体表を焦がす程度の威力しかなかったが、代わりにゼリー体が飛散して各所に付着した。
これで奴は魔術に弱くなった。
転じて魔力を伴う攻撃が効きやすいということだ。
ファンタジー式の爆弾も対象に含まれる。
俺はドラゴンから距離を取りながら、アリスとドワーフ達に向かって叫ぶ。
「第三射だ! ぶちかましてやれッ!」
起き上がろうと苦心するドラゴンの片翼に、誘導用の紋様が投射された。
まだ損傷していない方の翼だ。
そこへ容赦なくミサイルが殺到する。
今度はドラゴンにも迎撃の余裕はなく、全弾が命中した。
吹き荒れる爆炎。
悲痛な叫びを上げるドラゴンの翼は、見る影もなく破れている。
これで飛行は絶望的だろう。
逃亡はできまい。
追い詰めた際に飛んで逃げられるパターンが面倒だった。
その懸念は晴れたと考えてよさそうである。
ドラゴンは満身創痍ながらも立ち上がった。
あちこちから出血し、鱗が剥がれて肉が露出している。
焦げた部位は数え切れず、切断した後脚は断面で地面を突いていた。
もはやいつ死んでもおかしくない有様だ。
されど発散される憎悪は一抹も萎えていない。
ドラゴンはまだ諦めていないのだ。
その凄まじい執念には敬意を表したくなる。
ドラゴンが助走をつけて跳躍する。
放物線を描いて落下する先は、間違いなく俺のいる場所だった。
大質量に任せた押し潰しである。
片脚を失っているのによくやるものだ。
俺はダッシュで落下地点から逃れる。
数秒後、ドラゴンの着地による地震が起きた。
嵐のような衝撃により、俺はあっけなく浮かび上がって吹き飛ばされる。
「うおっ」
砂と風に揉まれる中、薄目を開けて姿勢を制御する。
タイミングを計って回転しながら着地した。
勢い余って地面を滑った末、アリスとドワーフ達のもとへ戻ってくる。
俺は笑いながら、親指でドラゴンを示した。
「ほら、実際にやってみたら楽に殺せそうだろ? 既に満身創痍だ。決して倒せない相手なんかじゃない」
ドワーフ達から返答はない。
誰もが困惑している様子だった。
情けない連中だ。
ここまでドラゴンを追い詰めたのだという自負はないのか。
俺はドワーフの一人から大口径のライフルをひったくると、それをドラゴンに向けて発砲した。
鈍い金属音が鳴り響く。
弾丸はドラゴンの顔面に命中し、鱗と肉を割って血を弾けさせた。
それなりに距離が離れた状態でも傷を負わせられた。
やはりドラゴンは弱っているようだ。
「な? 相手はただの野生動物だ。恐れなくていい。ちょっとデカい野良犬みたいなものさ」
実践したところで俺は再度ドワーフ達に問いかけるも、やはりリアクションは返ってこなかった。
彼らは視線を逸らして気まずそうにしている。
何がお気に召さないのやら。
まあ、いい。
今はご機嫌取りなんてしている場合ではないのだ。
血を流すドラゴンが、ゆっくりと首を持ち上げてみせた。
まだ死ぬような気配はない。
思ったよりしぶとい。
見た目に違わぬ並外れた生命力を有しているらしい。
(……いや、何かおかしい)
俺は目を凝らして観察する。
ドラゴンの肉体のうち、ミサイルを食らった箇所から白煙が上がっていた。
焼け爛れて黒くなった肉が蠢き、盛り上がって傷を塞ぐ。
ほどなくして出血も治まり、裂けた翼も徐々に原形を取り戻し始めた。
超常現象が、ドラゴンの全身を変貌させていく。
「再生能力ね。生命の危機を感じて発動させたみたい。きっとすぐに動けるようになるわ」
アリスが淡々と解説する。
そういえば、事前にそんな生態もあると聞いていた。
有り体に言えば、追い詰められたドラゴンの本気である。
魔力消費を度外視した超スピードの回復だ。
これが実に厄介極まりない。
捨て身で暴れられると、相当な被害を強いられる。
できれば犠牲者ゼロで決着させたいのだが、それも難しくなってしまう。
「再生速度を上回る損傷を与え続けるか、急所を破壊して即死させるのが得策ね」
「ああ、分かっている。だからこいつを用意した」
俺はゴーレムカーを漁り、そこから銀色のガントレットを取り出す。
それは鎧の腕部分で、左腕だけ用意されていた。
手の甲から肘へと沿うように、平らな箱が装着している。
遠目には盾のように見えるだろう。
何らかの攻撃を防ぐのにちょうどいいサイズである。
もっとも、これは盾ではない。
真逆の運用と言えよう。
俺は左腕にガントレットをはめて指を開閉する。
動作に問題が無いことを確認して、右手の大鉈を握り直した。
これで装備は揃った。
正真正銘、対ドラゴンにおける切り札である。
「それじゃ、仕留めてくる」
「気を付けてね」
俺はドラゴンへと疾走する。
ドラゴンは今の間で若干回復していた。
瀕死だった状態から持ち直している。
ただ、依然として片脚が半ばで断たれ、両翼も万全とは程遠い。
機動力の大部分が失われているようだった。
そこを突くような立ち回りを意識しよう。
脳裏で動きを決めていると、唐突にドラゴンが跳躍した。
空中で半回転しつつ、遠心力を乗せた尻尾を振り下ろしてくる。
「重傷の身でまた無茶をしやがるなァ……ッ!」
意地汚く生き延びようとする意志がひしひしと感じられた。
そこには俺への殺意も少なからず同居している。
無論、だからと言って負けてやるつもりは微塵もない。
頭上から襲いかかってくる尻尾に対し、俺は大上段に構えた大鉈を叩き付けた。
つんざくような鋭い衝突音。
衝撃のあまり、足を置いた地面が僅かに陥没する。
「お、おおっ?」
ぴしり、と大鉈に亀裂が走った。
亀裂は秒単位で範囲を広げていく。
尻尾をガードしたのは失敗だったらしい。
このままだと防御を突破される。
そう悟った俺は、柄を握り潰さんばかりに力を込め、押し返すように大鉈を一閃する。
「ウォラアァッ!」
火花と共に鱗を削り飛ばしながら、尻尾の軌道を横へずらした。
受け流された尻尾が地面を割る。
大鉈と衝突した箇所は、深く切り裂かれていた。
地面のひびに鮮血が滲んでいく。
俺はぽっきりと折れた大鉈を放り捨てる。
今ので耐久限界に達してしまったのだ。
これは後でアリスに怒られる。
無理な使い方はするなと注意を受けていたのだ。
それを思い切り破ったのだから、説教は覚悟しよう。
跳躍から着地したドラゴンが、ぐらりと大きく体勢を崩す。
切断された後脚の影響だろう。
その隙に俺は尻尾に飛び乗ると、脇目も振らずに駆け上がっていった。
妨害を受ける前に、さらに尻尾から背中へと移る。
俺はガントレットの左手で鱗を掴み、投げ飛ばされないようにした。
そこからロッククライミングの要領でよじ登っていく。
背中から長い首を経て、だんだんとドラゴンの頭部まで近付いていった。
ドラゴンは俺への対応が遅れ、苦しげに呻いている。
遠距離のドワーフ達によるミサイルとライフルの狙撃に晒されているのだ。
それらが無防備なドラゴンの胴体や足元を絶え間なく破壊した。
アリスが的確な位置に紋様を投射することで、誘導役をこなしているようである。
「ナイスアシストだ」
彼らの稼いだ時間を利用して、俺は一気にドラゴンの頭部へ到達した。
水晶のように綺麗なドラゴンの右目に、ぐいっと顔を寄せる。
縦長の瞳孔が限界まで開かれた。
キスでもできそうな距離である。
俺は穏やかに微笑みかけながら、ガントレットの左腕を掲げた。
側面のレバーを動かしてロックを解除する。
そして拳を握った状態で、ドラゴンの右目に真っ直ぐ向けた。
「俺からのクリスマスプレゼントだ。しっかり味わえよ?」
俺は拳を軽く押し込む。
すると左腕に強い衝撃が伝わった。
ガントレットに装着された平たい箱から爆発音が轟く。
内部から高速で射出された刃が、ドラゴンの右目を突き破った。
そのまま刃は眼球の中へと完全に埋没する。
貫かれた目から粘液が飛び散った。
ドラゴンが慟哭する。
頭部にしがみ付いた俺は、度を超えたボリュームに顔を顰める。
耳栓を用意すればよかった。
内心で嘆きつつも、俺は本心からの微笑みを隠せない。
このガントレットと箱は、刃の発射装置だ。
内蔵の炸薬と魔術機構で今のように攻撃できる。
所謂パイルバンカーと呼ばれる武器に近い。
再生するドラゴンを即死させるとなると、眼球越しに脳を潰すのが最適だと考えた。
その発想から生まれたのが、このパイルバンカーである。
一撃必殺の武器として持ってきたが、役に立ってよかったと思う。
ちなみに刃は魔剣を解体したものだ。
アリスと出会った街から脱出する際、女騎士から得た戦利品である。
使い道に困っていたので活用させてもらった。
ドラゴンは首を振り乱しながら喚く。
これでも死なないとは、なんという生命力だ。
打ち込んだ魔剣は、脳に達していそうなものなのだが。
たまたま致命傷にならなかったのだろうか。
「仕方ない、アンコールの爆破サービスだ」
俺は振り落とされる前に竜爪爆弾を取り出した。
起爆用のピンを抜いたそれを握り込み、抉れた眼球へと潜り込ませる。
適度な深さまで行ったところで、内部に爆弾を置き去って腕を引き抜いた。
俺はすぐさま手を離して飛び降りる。
隻眼となったドラゴンは狂乱する。
その頭部が爆発した。
巨躯が不意に動きを止める。
頭部を構成する血肉に鱗、骨片や脳漿が混ざり合って四散した。
俺はそれらをシャワーのように浴びながら落下する。
滑らないように注意しつつ、前転で着地した。
頭部を失ったドラゴンは、後方へゆっくりと倒れていく。
そのまま起き上がることはなかった。
肉体再生も止まり、ただ血肉を垂れ流すばかりとなる。
俺は返り血塗れになりながら、大笑いした。
「ハッハァ! 最高の光景だな! 記念撮影できないのが残念だ!」
死骸を前に歓声を上げる。
どんな美酒にも勝る快感であった。
帝都爆破も良かったが、今回もまた素晴らしく気分がいい。
一度目のリベンジを果たせたのが大きいだろう。
滾る気持ちを隠さずに叫び続ける。
――こうして俺は、絶対強者たるドラゴンを爆殺した。
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もうすぐで一章終了です。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。




