第22話 爆弾魔は竜と再会する
ゴーレムカーに乗る俺は、集落の外れにある通路にいた。
ここは地上へと繋がる場所でもある。
助手席にはアリスがおり、周りには同行するドワーフ達が並んでいた。
見送りに来た人々も、遠巻きにこちらを眺めている。
時はあっという間に過ぎ、ドラゴン討伐の決行日が訪れた。
集落にいる間、俺達は入念な準備を行った。
僅かな時間を有効活用してベストを尽くすことができた。
憂いは無い。
見送りの中には、長老やその息子のドワーフの姿もあった。
既に挨拶は済ませてある。
俺は窓から手を出してサムズアップを掲げた。
彼らは頷きで応える。
「すぐに帰ってくる。祝杯の準備をしておいてくれよっ」
そう言い残して俺はゴーレムカーを発進させた。
サイドミラーに映る集落の人々を見つつ、通路を抜けて地上へと出る。
ここから当分は森の中を進まなくてはならない。
ドワーフ達の先導を頼りに進み始める。
目指すはドラゴンの住処である山だ。
ここから半日とかからない地点にある。
俺はゆったりとした速度でゴーレムカーを運転する。
たまに手元の袋に入った肉を齧り、口寂しさを紛らわせる。
景気付けにハードロックでも流したかったが、無用なリスクを招くので自重する。
葉巻も臭いが強いので我慢していた。
アリスは助手席で目を閉じて瞑想している。
魔力感知に意識を割いて、敵対生物の接近に備えているらしい。
ドワーフ達は徒歩で黙々と移動していた。
彼らに揃えて歩いてもよかったのだが、少しでも体力を温存してほしいと懇願されたのだ。
生身でドラゴンの爪を破壊した俺は、切り札として認識されている。
そんなドワーフ達は、やや口径の大きいライフルを携えていた。
アリスが魔術強化を施したものだ。
理論上は、ドラゴンの鱗を破損させられるらしい。
それも距離が近付くほど確率は高まるそうだ。
ドワーフ達は緊張の面持ちを覗かせていた。
整然とした足取りのようで、ややぎこちない。
彼らは此度の討伐に志願した精鋭である。
年齢は幅広く、十代後半から五十代までの総勢十人だ。
(緊張するのも当然か。一世一代の大勝負だもんな)
今からあのドラゴンと戦うのだ。
自分より遥かに巨大な存在に立ち向かうというだけで、相当な勇気と覚悟がいるだろう。
詳しくは知らないが、この世界におけるドラゴンは絶対的な天災のような扱いらしい。
己を鼓舞するにしても限度がある。
絶望すら感じて、志願したことを後悔していてもおかしくない。
このままだと戦闘時に支障を来たす恐れがあった。
過度なストレスは負荷にしかならない。
ちょっとした会話で緊張を解しておくか。
そう考えた俺は、近くのドワーフに声をかける。
「よう。随分とシケた面じゃないか。腹でも壊したのかい?」
「おお、ジャック殿。これはすみませぬ。いざドラゴンに挑むと考えると、色々考え込んでしまって……」
そのドワーフは申し訳なさそうに言う。
後半は声が小さくて聞き取りにくいほどだった。
俺はドワーフの肩を叩いて笑う。
「別に恐怖するのは悪いことじゃない。それを律するのが、人間の強さだ。無理に克服しろとは言わない。ほんの少し慣れるだけでいいんだ。誰だって戦いは怖いものさ」
「では、ジャック殿も戦いを恐れていた時期が……?」
「いや。俺は初めからエンジョイしていたな。我ながら頭のネジがぶっ飛んでいるもんでね。まあ、参考にしない方がいい」
そう返すと、ドワーフは微妙な表情をした。
周りの連中も似たような顔をしている。
お気に召さない回答だったようだ。
「ア、アリス嬢はどうなのだろうか……? 貴女も非常に落ち着かれているが」
反応に窮したドワーフがアリスに話を振った。
目を開いた彼女は自分を指差す。
「私? 死なんて怖くないわ。ここで息絶えたとしても、次の"私"がいるもの。ずっと前から、その繰り返しよ」
「は、はぁ……」
ドワーフは歯切れの悪い相槌を打つ。
彼らはアリスの能力を知らない。
故に彼女の言葉は、意味不明な答えにしか聞こえなかったろう。
俺はこっそりとドワーフ達に囁きかける。
「何かと気取りたい年頃なんだ。そっとしてやってくれ」
「な、なるほど……」
ドワーフ達は釈然としない様子で顔を見合わせるも、すぐに笑みを浮かべた。
些か予定とは違ったが、緊張は取れたらしい。
かと言って緩み切っているわけでもない。
ちょうどいい塩梅だった。
これなら本番でもマシな動きができるだろう。
調子を整えたところで移動を続ける。
遭遇する魔物はドワーフ達が迅速に処理していく。
余計な荷物になるので死骸は放置した。
その光景を運転席から観戦しつつ、俺は今回の作戦について振り返る。
作戦内容はシンプルだ。
日中のうちにドラゴンの住処を強襲する。
ゴーレムカーに詰んできた爆弾と銃火器で絶え間なく撃ち込む。
ドラゴンが接近してきた場合、俺が対抗して食い止める。
そのまま火力に任せて捻じ伏せる。
ざっとした流れはこれだけだ。
他に決め事と言えば、ドラゴンがいればそのまま戦闘を始め、不在なら付近で待機して、戻ってきたところを奇襲することくらいか。
もはや作戦と称するのもおこがましい。
しかし、参加メンバーと綿密に話し合った結果こうなったのだ。
理由は大きく分けて二つある。
一つは、ドラゴンに下手な奇策など通用しない点だ。
半端なことをして失敗すれば、それこそすべてが瓦解してしまう。
そうなるくらいなら、分かりやすい動きにしようということになった。
奇策はあくまでも奇策。
それに依存する形ではいけない。
次点の理由として、ドラゴンの感知能力が挙げられる。
奴は住処への侵入者に敏感らしく、遠く離れていても感知するのだという。
これが非常に厄介極まりない。
本当ならドラゴンの不在時を狙って、住処に爆弾の罠を仕掛けたかった。
だが、この感知能力のせいでそれも叶わない。
設置するだけの猶予はないと考えてよさそうだった。
むしろ設置中に襲われると無防備な姿を晒すことになる。
それは何としても避けたい。
そういった要素を加味した結果、シンプルな作戦になった。
とは言え、十分に武装を整えたので心配は少ない。
元の世界にいた頃から、俺は回りくどいやり方を嫌った。
万全な準備を済ませた後は、力押しすることも珍しくなかった。
なんだかんだでそれが一番手っ取り早くて確実なのだ。
プロならまともな作戦を組めと非難されることもあったが、そういった声は実績で黙らせてきた。
今回もそれを実行するに足る武装を揃えてきている。
たかがドラゴン程度、一方的に駆除できるはずだ。
俺好みの展開となってくれることだろう。
その後、俺達は無事にドラゴンの住処へ到着する。
山の中腹に位置するそこは、不自然に木々が消失していた。
平らな地面は、所々が岩肌が露出している。
広さはだいたい一辺百ヤードほどか。
ここだけが巨大なシャベルで堀り返されたような状態だった。
ドラゴンが棲みやすいように地形を変えたようだ。
信じられない規模だが、地面には爪で抉ったような跡もある。
まず間違いないだろう。
そして肝心のドラゴンはいない。
住処から離れているタイミングだったらしい。
「急いで。おそらくもう感知されているわ」
アリスの警告に従って、俺達はゴーレムカーに積んだ武器を手早く下ろしていった。
そして事前に決めた装備を各々が身に付ける。
準備を終えた者から、陣形を組んで待ち構える姿勢に入った。
俺は鼻歌混じりに武器の最終点検を行う。
住処に到着してから数分。
羽ばたく音と共に、地面に巨大な影が差した。
俺は澄み切った空を仰ぐ。
「ようやくおいでなすったか」
翼を上下させながら、頭上に滞空する巨躯。
蒼いドラゴンは、その凶暴な眼で俺達を見下ろしている。
――咆哮が、響き渡った。




