第20話 爆弾魔は竜の討伐を誓う
「確認だが、俺の力でドラゴンを倒してほしいってことで大丈夫かい?」
長老の奇行に調子を崩されたが、俺は気を取り直して本題に触れる。
ドワーフ達にとって、ドラゴンは厄介な存在のはずだ。
日々の安息を脅かすモンスターである。
あの強大な力には容易に対抗できず、疎ましく思っているだろう。
俺の質問に長老は首肯する。
「うむ、お主の言う通りじゃ。戯れが過ぎたが、まさしくそれを伝えたかった。この集落の長として、ジャック殿に依頼したい。竜の討伐をしてもらえんだろうか」
「任せてくれ。俺はドラゴンを殺しに行くつもりだ。やられた分を返さなくちゃならないのでね」
俺は即答する。
これは確定事項だった。
できるできないの話ではない。
やると決めたのだ。
「ただし、それにあたって要求が二つある。一つ目は、ドラゴンの住処の情報の提供。二つ目は乗り物の修理と、武器作製のための材料と設備の提供。できれば何人かのドワーフに手伝ってほしい。あとはこっちで勝手にやる。見返りが足りないなら、ドラゴンの爪を追加するよ」
俺は事前に考えていた内容を長老に告げる。
どれも必要な工程だ。
ドラゴンは紛うことなき難敵である。
無策で挑めば、また痛い目を見ることになるだろう。
報復を企てるにしても、それ相応の準備がいる。
長老は俺の前に立って頷く。
「いずれの要求も承った。我が一族は、お主に全面的な協力を約束する。竜の討伐については、手練れの者を同行させよう。決して足手まといにはならんはずじゃ」
「助かるよ。あんたが話の分かる人で良かった」
俺は長老と固い握手を交わす。
それから具体的な打ち合わせを行い、ドラゴン討伐は三日後と決まった。
随分と早い気もするが、事態はそれだけ深刻なのだろう。
言ってしまえば、生きた自然災害が近所に居座っているのだ。
すぐにでも排除したい気持ちは理解できる。
俺も出発までに諸々の準備を進めなければ。
あのドラゴンには、とっておきのサプライズを披露してやろう。
さぞ喜んでくれるはずだ。
こうしてドワーフ族に認められた俺は、彼らと共に戦うことになった。
◆
「あれ、私……」
そばのベッドからアリスの声がした。
上体を起こした彼女は、ぼんやりと室内を見回している。
窓際に立つ俺は歩み寄る。
「よく眠れたかい?」
「あら、ジャックさん。おはよう」
アリスは静かに挨拶をする。
いつも通りの調子だった。
「体調はどうだ?」
「悪くないけれど……骨が折れているわ」
「滝壺に落ちた時の怪我だ。すまない、上手く庇ってやれたらよかったんだが。やはり痛むか?」
「気にしないで。ジャックさんのせいじゃないわ。それに、これくらいの怪我はすぐに治せるから」
そう言うとアリスは、ギプスで固定した片脚に無事な手を添える。
すると、彼女の手が発光し始めた。
温かな白い光は、脚へと浸透して消える。
アリスは同じ手順でギプスを着けた片腕にも光を落とした。
「ほら。これでもう平気よ」
ギプスを外したアリスは、自然な動作で立ち上がった。
折れたはずの腕を曲げ伸ばしたり、その場で足踏みを繰り返す。
特に痛がる様子はない。
骨折箇所の腫れや肌の変色も綺麗に治っていた。
その姿に俺は感心する。
「……驚いたな。それも魔術か?」
「ええ、回復魔術よ。三番目の私は治療師だったの」
アリスは少し得意げに語る。
相変わらずの多芸ぶりだ。
骨折すら瞬時に完治させるとは、元の世界では到底考えられない。
魔術の利便性を改めて思い知らされた瞬間であった。
「ところで、ここはどこかしら」
アリスは周りを見て首を傾げた。
ずっと眠っていたのだ。
状況が把握できていないのも当然である。
俺は彼女に簡単な経緯を伝えた。
「――というわけで、ドワーフ達と共闘することになった。ちなみにここは集落内の空き家だ。持て余していたそうで、一軒丸ごと貸してもらえたよ」
「ドワーフの集落なのね。彼らは強者を尊ぶから、ジャックさんを気に入るのも納得だわ」
「だいぶ持てはやされたよ。ヒーローにでもなった気分さ。この通り、たくさんのプレゼントも貰った」
俺はテーブルを指し示す。
そこには手作り料理の数々と、ボトルや壺に入った酒が置かれていた。
そう、念願の酒である。
これが抜群に美味い。
料理とも合うのだ。
味はウイスキーやブランデーに近かった。
鼻を抜ける芳醇な香りが堪らない。
度数はかなり高めな印象だった。
ドワーフは酒好きな種族なのだろう。
本当はオン・ザ・ロックで楽しみたいが、氷が用意できないので断念した。
この辺りは仕方あるまい。
ストレートでも十分に美味いので文句はなかった。
「すごい量ね。とても食べきれないわ」
「まったくだ。しかも明日は歓迎の宴を開いてくれるらしい。ドラゴン討伐がよほど嬉しいみたいだ」
俺は懐から葉巻を取り出した。
ナイフで先端を切り、ライターで炙って着火する。
この葉巻もドワーフから譲ってもらったものだ。
正確には葉巻もどきか。
何種類かの薬草を使っており、彼らの数少ない嗜好品なのだという。
薬草と聞いて心配だったものの、味は意外と悪くない。
俺はどちらかというと紙巻き煙草が好きなのだが、残念ながら葉巻しかないらしい。
こればかりは我慢するしかない。
葉巻だって煙草の一種だ。
贅沢を言える立場や状況でもない。
これでも満足できている。
酒と同様、元の世界とそっくり同じものを入手するのは不可能なのだ。
ある程度の妥協はして然るべきだろう。
どうしても欲しいのなら、元の世界へ帰還するしかない。
会話が途切れて、室内に沈黙が訪れる。
気まずい空気ではなかった。
心地よい落ち着きである。
俺は葉巻をくわえたまま、外の景色を眺めた。
集落は寝静まっている。
少し前までは酒盛りをするドワーフ達の声が聞こえたが、今はそれもない。
どこの家屋も既に消灯していた。
岩の天井に開いた穴から、ちょうど月が見えた。
青白い輝きを帯びて、粛々と夜空に浮かんでいる。
俺はなんとなしに月を見上げながら、葉巻の煙を満喫する。
それからしばらくして室内に視線を戻す。
椅子に座るアリスが、テーブルの酒をじっと見つめていた。
言葉はないが、何が望みかは明白であった。
俺は彼女のそばに腰かける。
「酒は飲めるかい?」
「ええ、少しだけなら」
「そいつは良かった」
俺は葉巻の火を消して、二つのグラスを用意する。
そこへボトルの酒を丁寧に注いだ。
二つのグラスが琥珀色に満たされていく。
俺はそのうち一つをアリスに手渡した。
「さて、何に乾杯しようか」
アリスは唇に指を当てて思案する。
たっぷり十秒ほど考えた末、彼女は優艶な微笑みを見せた。
「儚き竜の命運に、というのはどうかしら」
「最高だ」
俺はグラスを軽く掲げた。
アリスもそれに倣う。
そしてどちらからともなく、俺達は互いのグラスを打ち合わせた。




