第2話 爆弾魔は異世界で殺戮に走る
気が付くと見知らぬ空間にいた。
白を基調とした部屋だ。
やたらと広く、どこかの宮殿かと見紛うほどの内装である。
とんでもなく金がかかっているのが一目で分かった。
周りを見ると、全身鎧を着た連中が並んでいる。
まるで中世の騎士のような装備だ。
ご丁寧なことに、腰には剣を吊るしている。
一部はライフルを所持していた。
見たことのない種類だが、その形状は確かに銃だ。
(コスプレ集団か? いや、それにしては気配が本物だ)
状況が理解できず、俺は首を傾げる。
いくら考えても答えは出ない。
他にも異国風の高級服を纏った男達が、こちらを遠巻きに眺めていた。
お上品な舞踏会なんかが好きそうな格好の連中だ。
貴族というやつだろうか。
性根の腐ったような目つきでこちらを見ている。
部屋の奥には、王冠を被った中年男が鎮座していた。
立派なカイゼル髭に赤いマント。
玉座に腰かける姿には威厳があった。
(一体ここはどこだ?)
意味不明な光景を前に、俺は口を曲げる。
ガソリンスタンドにいたはずが、どうして知らない場所に立っているのか。
あの魔法陣の光で眠らされて拉致されたのだろうか。
だとすれば、実行したのはどこの組織だ。
こんな馬鹿げた演出をする者に心当たりはなかった。
俺はなぜか持ったままの瓶コーラを飲みつつ、そばに集まる人間を見やる。
「なんなんだこれは!?」
「えっ、何! 嘘っ、えっ?」
「この状況は、もしかして……!」
そばにはこれはまた見知らぬ男女がいた。
俺を含めて七人で、ビジネススーツやカジュアルな私服、制服などを着ている。
統一感はほとんどない。
ただ、ファッションセンスが海外のものだと思う。
あまり詳しいわけではないが、国内とは微妙に違う気がした。
また、俺のように戦闘服を着ている者はいなかった。
年齢は十代から三十代くらいまでと幅広い。
今年で三十二の俺は、この中では年長の部類だろう。
他の六人は顔立ちからしてアジア系――たぶん日本人だ。
しかも、服装や困惑する姿から考えるに一般人である。
こいつらも俺と同じく拉致されたようだ。
その時、ローブを着た男が優雅な足取りでこちらへ歩み寄ってきた。
男はどこか胡散臭い笑みを湛えて述べる。
「異界の皆様、ようこそおいでくださいました! 私、宰相のヴィラーツェと申します。どうぞお見知りおきを」
流暢な挨拶を受けて、日本人達は呆気に取られていた。
誰も返答ができずにいる。
俺は瓶コーラを残りをぐいと呷った。
宰相ヴィラーツェは気にせず話を進める。
「……ここは皆様の住んでいた世界とは、空間の異なる世界です。激化する周辺諸国との戦いの切り札として、異界から皆様を召喚させていただきました」
「異世界召喚ということですね!」
手を挙げた制服少年の声に、ヴィラーツェは嬉しそうに頷く。
「さすがお察しが早い。まさにその通りでございます。そして世界渡りを経て、皆様は勇者となりました。どうか、この帝国を担う剣となっていただけないでしょうか」
ヴィラーツェは深々と頭を下げながら懇願する。
その姿は真剣そのものであった。
故に俺は耳を疑う。
(今、何と言ったんだ。異世界召喚? それに勇者だと? 何の冗談だ)
空瓶を片手に俺は嘆息する。
どこかの映画の設定でも語られたような気分だった。
なかなかにぶっ飛んだ話だ。
夢でも見ているのかと考えてしまう。
しかし、五感が今の状況を紛れもない現実だと訴えていた。
頬をつねっても、自宅のベッドで目覚めるわけでもない。
信じられないが認めるしかなさそうだ。
「ついに召喚されたんだ。僕は、勇者になったんだ……!」
制服少年はこっそりとガッツポーズを取っていた。
なぜか歓喜しているようだ。
理由はよく分からん。
周りのリアクションから浮いているも、本人は気付いていない様子だった。
「帝国を担う剣? お断りだな。勝手に拉致しておいて、はいそうですかと協力すると思うか?」
ビジネススーツの男が抗議をする。
彼は勇み足で前に歩み出ると、正面からヴィラーツェを睨みつけた。
このアウェーな環境で忌憚なく発言できるとは、それなりに胆力がある。
それに対してヴィラーツェは、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ご迷惑なのは承知の上です……ただし、承諾していただければ、最上級の待遇を約束いたします。こちらは謝礼と賠償を兼ねております。富、地位、名誉……何もかも思いのままです。貴方達に、偉大なる皇帝に次ぐ身分を約束いたしましょう」
これを聞いた日本人はざわめく。
提示された破格の条件に驚いていた。
揉み手をするヴィラーツェは、畳みかけるように言葉を続ける。
「さらに送還魔術も開発中です。帝国が周辺諸国に打ち勝って力を強めれば、研究が進んでいつでも元の世界へ戻れるようになります。如何でしょう。協力していただけますかな」
「うーん……まあ、そういうことなら、手を貸すこともできる、かな……」
抗議したビジネススーツの男は、急に大人しくなって目を逸らす。
先ほどまでの威勢はすっかり消えていた。
「ありがとうございます! さすが異界の勇者殿、ご決断も早いようで。他の皆様はどうでしょうかな」
ヴィラーツェが問いかけるも、発言する者はいなかった。
ノーとは言わない。
つまり控えめなイエスだ。
日本人の得意技である。
(デカい報酬で拉致を誤魔化そうとしているな? 怪しい臭いがプンプンするぜ)
俺はヴィラーツェを一瞥する。
こいつは善人の塊みたいな顔をしているが、それが逆に胡散臭い。
腹の読めない奴ほど内面が腐り切っているものだ。
はっきり言って嫌いな人種だった。
俺の疑念をよそに、ヴィラーツェは上機嫌に話を進めていく。
「さっそくですが、皆様のステータスを確認したいと思います。世界渡りで得た能力を知りたいのです。意識を集中させると脳裏にステータスが表示されますので、まずはそちらをご覧ください」
謎の指示を出されたので、ひとまず言われた通りに集中する。
SF映画に出てくるような立体スクリーンのようなイメージが脳裏に浮かんできた。
あっさりと起きた特殊現象に俺は驚きを覚える。
(世界が違うと何でもありだな)
ステータスはいくつかの項目に分かれていた。
細かな数値などもある。
最近はすっかりプレイしていないが、テレビゲームの画面に似ていた。
俺はそれぞれの項目に目を通していく。
名前:ジャック・アーロン
レベル:1
クラス:なし
カルマ:±0
スキル:【翻訳 B】【爆弾製作 EX++】
比較対象が無いので厳密な良し悪しは語れないが、レベルが1なので弱いのだと思う。
だいたいこういうものは、レベルが高いほど強いのだろう。
ゲームの主人公なら、ここから成長していくに違いない。
次に俺はスキル欄を見る。
異世界なのに問題なく会話できるのは、ひょっとして【翻訳 B】のおかげなのか。
考えてみれば、日本人の言葉が分かっているのが不自然だった。
日本語なんて簡単な挨拶くらいしか知らないのに。
すなわちスキルとは、特殊技能を指すものと思われる。
もう一つのスキルである【爆弾製作 EX++】については意味不明だ。
なんとなく特別そうな雰囲気はするが、肝心の効果が分からない。
爆弾は俺にとって馴染み深いものなので、悪いものではないような気がした。
まあ、この辺りはきちんと説明してもらえるのだろう。
無為に考察することもない。
そう思ってヴィラーツェを見ると、彼はタイミングよく優雅に一礼した。
「では、皆様のステータスを順に確認させていただきます」
宣言したヴィラーツェは、ビジネススーツの男を凝視する。
そして、たじろぎながら驚愕した。
「な、なんとこれは……ッ! 初期レベルが80に【完全反射 A+】だと!? 素晴らしすぎる……ほ、他の皆様もすぐに確かめなくては」
慌てるヴィラーツェは制服少年を見て、またもや大袈裟に驚く。
彼はそれを繰り返しながら日本人のステータスをチェックしていった。
オーバーリアクションで叫ばれる内容に、周りの騎士達や貴族連中はいちいち喝采する。
それだけ驚くべきことらしい。
正直、あまり意味が理解できなかったが、少なくとも俺のステータスよりは優秀なんだと思う。
待っている間、俺は他の日本人を注視してみる。
ステータスは見えない。
自分のものしか確認できないようだ。
ヴィラーツェだけが特別らしい。
或いはそのためのスキルか何かを持っているのかもしれない。
やがて俺の番がやって来た。
場の空気は期待でいっぱいだった。
前の六人が優れた能力だったからである。
俺も同等の力を持っていると信じて疑っていない。
ヴィラーツェは顎を撫でながら、こちらをじっと観察する。
「ふむ。貴方様は軍人ですかな。とても屈強な身体をしておられる。佇まいも一般人ではない」
「元軍人さ。今はフリーでやってるよ」
「それは期待が大きくなりますね。どれどれ……」
微笑を湛えるヴィラーツェは、すぐに怪訝な表情を見せた。
彼は腕組みをして何やら考え込む。
「まさか規格外のEXランクのスキルをお持ちとは……! それも++補正だ! このようなものは見たことがない! しかし、肝心のスキルがよりによって……ふむ。お前達、火薬草の一式を持って来い」
ヴィラーツェが騎士に命令すると、木箱が室内に持ち運ばれてきた。
両手で抱えられるくらいのサイズだ。
彼はそれを俺に恭しく渡してくる。
受け取ってみると意外に軽い。
がさがさと何かが入っている音がした。
俺は木箱の上蓋を開ける。
中にはひょろりと細長い紐に紙の筒、それに乾燥させた何かの植物が入っていた。
植物は細かく割れて粉末のようになっている。
俺は一目で何の材料かを理解した。
「こいつは爆弾の材料か」
「ご理解が早くて助かります。貴方様のEXランクのスキルを披露していただきたいのです」
「ああ、いいよ」
頷いた俺は、木箱内の材料を組み合わせていく。
そばの騎士が作り方を説明しようとしていたが、単純な構造なのでわざわざ聞くこともない。
これくらいなら目隠しをしたままでも作れる。
異世界だろうと大差ない。
ものの一分ほどで爆弾は出来上がった。
見た目はダイナマイトに酷似している。
本体から伸びる紐――導火線に火を点けてやれば勝手に爆発する。
シンプルながらも悪くないタイプだ。
完成品を見つめると、頭の中にステータスが展開された。
名称:火薬草爆弾
ランク:F
威力:5
特性:なし
比較対象がないので断言できないが、あまり良い性能ではなさそうだ。
まあ、ほとんど爆竹みたいなものだからな。
たぶん人間を殺傷するだけの威力はないだろう。
子供が遊びで使うようなレベルである。
「ほらよ、できたぜ」
俺は完成品をヴィラーツェに投げ渡した。
ヴィラーツェは爆弾を凝視すると、苦々しい顔で唸る。
「……特に補正はない、か。至って普通の爆弾だ。スキルの詳細を確かめたところ、爆弾の製作を確実に成功させるという効果しかない。すべての補正がこの一点に割かれているのだ!」
ヴィラーツェは癇癪を起こして叫ぶ。
何をそんなに怒っているのだろう。
爆弾作りを確実に成功させるのが【爆弾製作 EX++】の効果らしいが、随分と便利な能力だと思う。
派手さに欠けるものの、あって困るものではない。
繊細な構造の爆弾を作る際は、常に危険が伴う。
それを無視できるというのだから、むしろ最高のスキルじゃないだろうか。
一方、ヴィラーツェは俺の作った爆弾を投げ捨てた。
彼は鼻息を荒くしながら、苛立たしげに語る。
「ランクは低くなるが、【爆弾製作】など工兵の大半が持っているスキルだ! しかも、スキルが無くとも爆弾は作れるッ! 補正などまったく役に立たん! とんだ期待外れの能力だ!」
剣呑な雰囲気が漂い始める。
俺へと向けられる視線の性質が変わりつつあった。
今の結果がお気に召さなかったらしい。
呼吸を整えたヴィラーツェは、玉座の男に向けて跪く。
「陛下、如何致しましょうか。この者だけ無能な役立たずの異邦者です。初期レベルも1で、他に能力もございません」
陛下と呼ばれた王冠の男は、不遜な様子で鼻を鳴らした。
「話にならんな。レベル1など雑兵にすらならぬ。連れて行け」
その言葉を皮切りに、周囲の騎士が俺のもとへ集まってくる。
決して穏やかな様子ではなく、敵意を露わにしていた。
今にも剣を抜いて斬りかかってきそうだ。
俺は足元に視線を落とす。
武器を入れたバッグが無かった。
(しまったな。ガソリンスタンドに置いてきたか)
身に付けている装備は健在だが、さすがに心許ない。
この人数を相手にするのは無謀だろう。
「ははは。参ったなこりゃ。多勢に無勢ってやつだ」
苦笑する俺は、両手を上げて降参のポーズを取った。
こういう時は抵抗しないのが賢明だ。
脱出するにしても今じゃない。
騎士に包囲される中、宰相ヴィラーツェが歩み寄ってきた。
慇懃な雰囲気は消え失せ、侮蔑の視線を向けてくる。
「そういうことだ。お前は不要になった。奴隷商に売ってやろう。まあ、大した額にはならんだろうが」
「へぇ、俺を売っちまうのかい。もったいねぇなぁ。これでも高い金を払って雇いたがる客がいるんだがね」
乾いた音が鳴り響く。
ヴィラーツェが俺の頬を打ったのだ。
じんわりと口内に血の味が広がる。
俺は肩をすくめて笑った。
「おいおい、あまり調子に乗ってくれるなよ? 優しい俺でもブチ切れちまうぜ」
「それはこちらの台詞だ。自分の立場が分かっていないようだな。お前達、教えてやれ」
ヴィラーツェが命令した途端、騎士達が一斉に殴る蹴るの暴行を始めた。
全身を蹂躙する数えきれないほどの衝撃と痛み。
まったく遠慮や加減が無かった。
連中は無抵抗の人間を虐めるのが趣味らしい。
俺は歯を食い縛ってひたすら耐える。
ここで反撃すると状況が悪化してしまう。
相手も満足すれば止めるはずだ。
無心になって我慢すればいい。
それが、この場における正解の行動だった。
リンチされることおよそ二分。
騎士達が動きを止めて、ヴィラーツェが俺の前に立つ。
「どうだ。観念したか? 態度を改めれば、お前の処遇を考えてやらんこともない」
床に倒れる俺は、じっと宰相を見上げる。
そして、血を吐き捨てて笑った。
「嫌だね。勝手に言ってろよ」
答えると同時に、後頭部を踏み付けられた。
鼻を床に思い切りぶつける。
鈍い熱と痛みがじわじわと伝わってきた。
「身の程を弁えん奴だ。もう少し教育が必要なようだ。やれ」
ヴィラーツェの指示を受けて、騎士によるリンチが再開した。
渋滞気味の痛覚に辟易する最中、俺はふと視線を日本人達に向ける。
彼らは俺を見てニヤニヤと汚い面を晒していた。
サンドバッグになった俺を嘲笑っているのだ。
自分でない誰かが傷付いている姿を目にして、優越感に浸っている。
いや、日本人だけじゃない。
よく見れば、俺に暴力を振るう騎士達も笑っていた。
遠巻きに眺めている貴族連中も、同じような表情を浮かべている。
宰相ヴィラーツェも、玉座で偉そうにふんぞり返る陛下とやらも愉快そうに笑っていた。
――全員が、俺を見下していた。
そう認識した瞬間、頭の中で何かが切れた。
俺はあらん限りの力で騎士共を押し退け、ヴィラーツェへと跳びかかる。
「なっ……」
ヴィラーツェは驚いた様子で突っ立っていた。
とんでもなく隙だらけだ。
何かしてくるような気配もない。
俺はその呆けた面へ拳をぶち込み、少しの加減もせずに殴り飛ばす。
「オラァッ!」
「ぐべぁっ!?」
ヴィラーツェはふざけた声を上げて吹っ飛んだ。
彼は無様に床を転がって吐血する。
その中には、折れた歯が何本も混ざっていた。
「あぇ……ひぃっ……ああああぁぁ……!」
ヴィラーツェは、ぼろぼろと大粒の涙を流す。
実に情けない姿だ。
俺を罵倒した際の勢いはどうしたのだろう。
パンチ一発で沈むなんざ弱すぎるんじゃないか。
容赦なくリンチされた身にもなってほしい。
俺はホルスターから拳銃を抜き取ると、ヴィラーツェに向けて連射した。
無数の弾丸を受けたヴィラーツェは、仰向けになって倒れる。
じわじわと衣服に滲む赤い染み。
痙攣する手足は、やがて動かなくなった。
金の刺繍が入った高級絨毯が鮮血を吸っていく。
室内が静寂に包まれた。
その原因である俺は、喉を鳴らして笑う。
全身に漲る衝動を抑え込み、震える手で拳銃を収めた。
「だから言ったろう? 調子に乗るなよ、って」
次の瞬間、我に返った騎士達が怒声を上げた。
彼らは一斉に剣を抜いて戦闘態勢に入る。
一部の者はライフルを構えた。
数に任せて俺を始末するつもりらしい。
「ハッ、舐めるなよ?」
俺は最寄りの騎士に接近し、反応される前に掴んで腕をひねり上げた。
直後、いくつもの銃声が連続して響き渡る。
騎士達による銃撃は、拘束した騎士に浴びせられた。
弾丸が鎧に当たって金属音を立てる。
「うっ……ぐふ、止めっ……」
盾にした騎士から呻き声が漏れる。
銃撃は彼の肉体を破壊しているようだが、その陰にいる俺は無事だった。
鎧を背部まで貫通する性能はないらしい。
一斉射撃が止んだタイミングで、俺は死体となった騎士を捨てる。
「おお、神よ。大切な仲間を撃ち殺すなんて、血も涙もない連中だなァ?」
「この野郎……ッ!」
挑発に乗った騎士が斬りかかってきた。
振り下ろしの斬撃を躱しつつ、手持ちのナイフを突き出す。
鎧の隙間から首筋を抉り、そのまま一息に薙ぎ払う。
首を裂かれた騎士は、ふらりとよろめいて床に沈んだ。
どくどくと溢れる血液が床を汚す。
俺はナイフを弄びながら口笛を吹いた。
ついでに騎士の死体を爪先で蹴る。
「おぉっと、足が滑っちまった。ハハッ!」
相手の剣術もなかなかだが、俺だって人殺しのプロだ。
それなりの場数を踏み、他人の死体を大量に踏み越えてきた。
この程度の人数なら十分に対処可能である。
ライフル持ちの射線に身を晒さないようにだけ注意すればいい。
「この、野蛮人がッ!」
「鏡に言ってこいよ」
大振りの剣を避けつつ、騎士の口に拳銃を突っ込んで発砲する。
ベリージャムみたいになった肉片やら皮膚が弾けた。
口からうなじまで穴の開いた騎士は、血の泡を噴きながら倒れる。
「レベル1の雑魚が! 調子に乗るな!」
「我らが貴様に負ける道理など、ないッ!」
二人の騎士が前後から襲いかかってくる。
レベルだ何だとうるさい。
それしか取り柄が無いのだろうか。
俺は全身のバネを使って真上に跳び上がる。
一瞬の強い浮遊感。
コンバットブーツの底を削るように斬撃が交差した。
「なっ!?」
「速い……!」
攻撃に失敗した二人の騎士は、俺の方を見上げて驚く。
ぽかんと口を開けている。
揃いも揃って隙だらけだった。
俺はナイフを逆手に持ち替える。
「ほらよ、これがレベル1の力だ」
空中で身をひねってナイフを往復させた。
二人の騎士の頸動脈を掻き切って殺害する。
返り血を浴びながら床に着地して、俺はゆっくりと息を吐く。
激情は未だ衰えない。
むしろボルテージを上げて俺を殺戮へと駆り立てる。
仕方のないことだ。
俺は我慢しようとしたのに、向こうがわざわざ逆鱗に触れてきたのだから。
そのまま怒りに身を任せて暴れた俺は、追加で二十四人の騎士を死体に変える。
「ちょっと待ってくれよ。さっきまでの威勢はどこへ行った? 退屈すぎて欠伸が出そうだぜ」
俺は首を振って大袈裟にため息を吐く。
周囲には騎士の死体が散乱していた。
そのせいか、誰も襲いかかって来ない。
仲間の仇を取ろうという気概はないのだろうか。
まったく嘆かわしい。
あれだけ馬鹿にしてきた日本人共も凍り付いている。
どいつもこいつも、俺に対して畏怖の目を向けるばかりだった。
あれだけ見下した言動を取ってきたのだ。
反撃される可能性を考慮していなかったのか。
だとすれば傲慢にもほどがある。
俺は近くの窓際へ歩み寄る。
これだけの騒ぎを起こした以上、間もなく増援の騎士がやってくるはずだ。
早く離脱した方がいい。
この場の人間を皆殺しにするという案も捨て難いが、さすがに時間がかかってしまう。
少しお預けとしておこう。
さすがに単騎で国の軍隊と戦いたいとは思わない。
俺は窓ガラスを蹴りで粉砕した。
外がはっきりと見えるようになる。
地面までかなりの高さがあった。
百六十フィートは下らない。
顔を出すと、この建物の外観が一部ながらも確認できた。
いくつかの尖塔を持つ白亜の巨大建造物だ。
なんとなく予想していたが、どうやら城らしい。
城壁を越えた敷地の向こうには、街らしきものも望める。
晴れ晴れとした青空も相まって良い景色だ。
こんな状況でなければ、満喫できそうだった。
「き、貴様ッ! このような愚行を犯しながら、おめおめと去れると思っているのか!」
背後から怒鳴り声が飛んでくる。
見れば玉座の男が顔を真っ赤にしていた。
威厳の欠片もなく喚き散らしている。
うるさかったので、とりあえず腹を撃ち抜いておいた。
男は玉座から転げ落ちて呻く。
穴の開いた腹を押さえながら、俺を指差してきた。
「う、ぐぅ……処刑だ! その者を捕えよ! 絶対に、逃がしてはならん……ッ! 首を断つのだァッ!」
「そいつは恐ろしい命令だ。従う奴はいるかい?」
拳銃を向けると、家臣達は黙って顔を逸らす。
騎士も貴族も誰一人として動こうとしない。
「素晴らしい忠誠心だな。見習わせてもらうよ」
彼らを称賛しつつ、俺は窓枠に片脚をかける。
その姿勢から室内を振り返り、とびきりの笑顔を見せた。
「そんじゃ、お先に失礼するよ。良い週末を」
別れを告げた俺は、両手を広げて窓の外へダイブする。
すぐに凄まじい風圧が襲ってきた。
急速に迫る地面を見ながら、俺は腰元のワイヤーフックを射出する。
宙を掻っ切るフックは、前方の尖塔の端に引っかかった。
強い衝撃を伴って、直下への落下から動きが変わる。
振り子のような軌道を描いて、やや緩めの角度から地面に接近していく。
(こりゃブランコに近い、かっ?)
規模やら何やらがまるで違うが、急に童心に返った気がした。
ノスタルジーな気持ちもそこそこに、俺は直前でワイヤーフックを外して前転着地を決める。
激しく回転する視界。
全身に付いた草やら土を払いつつ、むくりと立ち上がる。
着地の衝撃で手足が痺れるも、骨に異常はなさそうだった。
手足もしっかりと動くし頭も働く。
「まるでスパイ映画だな」
俺は手首を揺らしながら苦笑する。
実戦でのワイヤーフックの使用は初めてだったが、これは少々危すぎるな。
落下速度はほとんど変わらなかったので、上手くやらないと骨が折れる。
というか、投身自殺と大差ないだろう。
興味本位でやるもんじゃなかった。
頭上を見ると、割れた窓からこちらを見る者達の姿があった。
何か喚いて狼狽えたり、呆然と突っ立っている。
あの様子ならすぐには追いかけてこれないだろう。
「さて、ひとまず敷地内から脱出するかね」
おかしな事態に巻き込まれたが、取るべき行動は理解していた。
連中に捕まれば厄介なことになる。
どこかに潜伏して方針を決めるべきだろう。
「仕事終わりに異世界へバカンスか。まったく、最高のスケジュールだな」
皮肉を口にしつつ、俺はナイフを片手に歩き出した。