第199話 爆弾魔は錬金術師の答えを聞く
「……それはぷろぽーず、かしら?」
アリスは澄ました顔で尋ねてくる。
少しも恥じらった感じがない。
俺は苦笑して肩をすくめる。
「ちょっと違うが、そう解釈してもらってもいいさ。好きに捉えてくれ」
「どうして私を誘うの」
「アリスと行動するのが楽しいからさ。いつも助かっているし、これからも同じ仕事をしたいと思っている」
俺は正直に告げる。
異世界の日々を満喫できたのは、アリスの貢献による部分が大きい。
何かと世話になっていたし、彼女とは気が合う。
コンビを組めば、元の世界でも派手に暴れることができそうだった。
俺はそれを希望している。
「嫌なら断ってほしい。無理強いはしたくないんだ」
「違うの。別に嫌ではないわ」
アリスは首を横に振った。
彼女は真っ直ぐと俺の目を見つめる。
「私の目的は世界滅亡。それを成し遂げたら、生きる意味なんて無いと思うの」
彼女は本音をあっさりと告白する。
普段の彼女なら、まず口にしないような言葉だった。
こちらの驚きをよそに、アリスは話を続ける。
「私はこの瞬間のためだけに生きてきた。前世も、その前世も同じよ。人格は違うけれど皆が世界滅亡を目指して、そして死んだ。私は彼らの記憶と技術を引き継いでいる」
それは知っている。
アリスとコンビを組むと決めた際に聞いていたからだ。
正真正銘、アリスは世界を滅ぼす怪物である。
彼女ほどそれに執着している人間はまずいない。
隣で見てきた俺はよく知っている。
どんな時でも、アリスは世界滅亡を意識していた。
ひたむきに実現を目指していた。
彼女より前の人格も、同じ調子だったのだろう。
それは常軌を逸した一生だったに違いない。
「私は夢のために生み出された。それなら、夢の達成と共に朽ちるのが自然じゃないかしら。そうすれば、悩むことも迷うことも苦しむこともなくなる。幸福なまま終われるわ」
「いや。まったくこれっぽっちもそう思わないな」
「えっ……」
突然の俺の否定に、アリスは呆然とする。
不意を突かれて言葉を失っていた。
その間に俺は話を続行する。
「いいか、アリス。人生ってのはゲームだ。とにかく楽しんだ者勝ちで、目的なんて二の次さ。あくまでも通過点だと考えるべきだぜ。それに固執するのは三流のやることだ」
「通過点……」
「ああ、そうだ。何事もエンディング後が本番だろう? スタッフロールを観た後は、オマケ映像まで楽しまなくちゃならない。途中で席を立つなんてナンセンスだ」
「……何の例えか分からないけれど、だいたい意味は伝わったわ」
アリスはなんとか頷く。
ニュアンスだけでも理解してもらえればいい。
「今までは世界滅亡の任務を引き継ぐ誰かさんだったわけだが、これからはただのアリスになれる。白紙の人生に自分でスケジュールを書けるんだ。面白いと思わないか?」
「…………」
アリスは黙り込む。
視線は足元を揺らいでいた。
彼女の中で決心が揺らいでいる。
そこに俺は畳みかける。
「チープな言葉だが、本当の自分のために生きるってのも悪くないぜ? 俺を見てみろよ。憧れたりしないか」
「それはちょっと……」
アリスが眉を寄せて嫌そうにする。
その反応に、俺はがっくりと肩を落とす。
小さな笑い声が聞こえたので見てみれば、アリスは微笑していた。
「冗談よ」
「ハッハ、こいつは一本取られたな!」
俺は手を打って大笑いする。
アリスもよく言うようになった。
出会った当初は、もっと人間味が薄かった気がする。
一人で腹を抱えていると、アリスが助手席に回ってきた。
彼女はドアを開けて車内に入ってくる。
澄んだ瞳と視線が合わさった。
「ねぇ、ジャックさん」
「何だ」
俺が続きを促すと、アリスは沈黙する。
そこには躊躇いや葛藤が見えた。
言いにくい内容らしい。
彼女にしては珍しいことだった。
たっぷりと一分ほど悩んだ末、アリスは意を決して俺に尋ねる。
「――夢の終わりの先に付き合ってくれる?」
「もちろん。ツアーガイドだってやらせてもらうさ。世界中のどこでも案内するよ」
「ありがとう。嬉しいわ」
俺の即答を聞いて、アリスは顔を輝かせる。
今まで見た中で一番素直な笑みだった。
彼女の抱える迷いは、もう消え去っていた。
何はともあれ、アリスも同行することになった。
俺としても良い結論だ。
彼女をここで死なせてしまうのは、あまりにも惜しい。
俺はゴーレムカーのハンドルを握る。
「さて、面子も決まったし、そろそろ出発するか」
「……もう、行かれるの、ですね」
弱々しい声がした。
シュウスケだ。
骨だけとなった彼は、こちらを見ているようだった。
俺は手を上げて応じる。
「やあ。よく眠れたかい?」
「ええ……多少は、意識、が……はっきりしま、した……」
シュウスケは答える。
本当だろうか。
意識がはっきりするどころか、今にも死にそうだ。
シュウスケは、身体の端から崩れ始めていた。
一連の酷使でとっくに限界を超えているのだろう。
彼はそんな状態で俺達に言葉を投げる。
「あなた達の……旅の、無事を……祈ってお、りま……す」
「サンキュー、恩に着るよ」
俺はそれだけ言って笑い、ゴーレムカーのエンジンをかけた。
コードを耳にはめて深呼吸をする。
座席にもたれて意識を集中させた。
「さよう、なら……お元気、で……」
掠れた声は、それ以降は聞こえなかった。
喋るだけの力も失われたのか。
或いはもう喋ることもなかったのか。
もはや定かではない。
「ジャックさん」
「ああ。いつでもいいぜ」
俺が頷くと、アリスはダッシュボードから起爆スイッチを引っ張り出した。
彼女はボタンに指を添える。
そして、意を決して押し込んだ。
車外にて世界核と術式が発光し始める。
激しく明滅し、紫電を弾けさせた。
続けて城の壁が崩壊していく。
使い捨ての部分が、術式を起動させて役目を終えたのである。
壁がなくなったことで、ちょうど城外が見えるようになった。
終末爆弾は起動した。
城の外では、連続して地面が爆発していた。
あちこちにクレーターができており、そこからまた爆炎が噴き上がる。
地盤が上下にずれて、断層を露出させていく。
上空では稲妻が迸っていた。
まるで雨のような密度だ。
遥か遠くまでそんな調子で光り輝いている。
少し先では荒れ狂うハリケーンが発生し、稲妻を取り込みながら、雪原地帯を抉り飛ばしていた。
室内は絶え間なく振動している。
かなり大きな地震だ。
下手な建物はあっけなく倒壊する規模だろう。
今頃、これらと同じ現象が世界各地で発生しているに違いない。
まさに世界の終わりに相応しかった。
そこまで確認した俺は、元の世界をイメージする。
俺が暮らしてきた世界の記憶だ。
その様々な出来事を脳裏に浮かべていく。
これらが帰り道の道しるべになる。
起爆から数十秒後、ゴーレムカーの前部が傾いた。
俺は薄目を開く。
元の世界のイメージを維持しつつ、車外の状態を確かめた。
床が裂けて、そこにタイヤがはまり込んでいる。
いや、裂けているのは床ではない。
空間そのものが割れ始めていた。
亀裂は徐々に広がり、やがてゴーレムカー全体が完全に落下する。
放り出されたのは、極彩色の光が歪みながら瞬く空間であった。
目の錯覚なんかで使われそうな光景だ。
それ以外は何もない。
気色悪いカラーリングがどこまでも永遠に続いていた。
見ているだけで吐きそうである。
俺はこの間もイメージを止めない。
思考を止めれば、取り返しのつかないことになってしまう。
ひたすら帰るべき場所を思い描く。
その中で俺は、アクセルを踏み込んだ。
ゴーレムカーは落下しながら走行し始めた。
確かに落ちているのだが、見えない地面を走っている。
そんな不思議な感覚だった。
「ここは世界の狭間。どこでもない場所よ。何もかもが不安定だから、上下の概念もないようね」
アリスの声が反響する。
すぐ隣にいるのに、随分遠くから聞こえる感じがした。
もはや自分と空間の境界すら曖昧だった。
ゴーレムカーは突き進んでゆく。
いつ終わるかも分からない空間を走り落ちていると、進路上に闇が広がっていた。
その先は何も見えない。
極彩色の空間とは対照的な虚無であった。
だがしかし、恐れることはない。
俺には頼れる相棒がいる。
このまま進めばいいのだと直感的に理解していた。
――元の世界を強く想いながら、俺は闇の中へ飛び込んだ。
次回で最終回です。
明日の朝に更新する予定です。
同時に新作の投稿を始めます。




