第194話 爆弾魔は魔王と対峙する
俺はシュウスケを見やり、その隣の魔王を一瞥した。
魔王は腕組みをしてこちらを見下ろしている。
凄まじい迫力だった。
その光景を前に思わず笑ってしまう。
「はは、メインディッシュのお出ましか。毒と重力で始末できたと思ったんだがね」
「ご指摘の通り、旧魔族領にいる魔王は破壊されてしまったようです。加えて転移阻害の施されたこの地に呼び込むのは困難です」
シュウスケは魔王を見上げる。
彼の口端から血が垂れていた。
「ですから、記憶から複製しました。高名な魔術師の開発した禁術で、召喚者のスキルを除くと一番の奥の手です」
シュウスケはスーツの袖で血を拭う。
その際、後ろによろめくも、彼はなんとか倒れないように堪えた。
眼差しは若干ながら虚ろになっている。
「複製の登録は一人につき一つに限定されて、しかも魔力の消費は尋常でない。加えて複製体も一時間ほどしか持ちません。欠陥だらけの術ですが、あなたを殺害するには他に手もありませんでした」
「そう思ってもらえて光栄だよ。死ぬ気で頑張った甲斐があった」
俺は微笑む。
余裕ぶっているが、こちらもギリギリの戦いなのだ。
いくつもの策を張って入念に準備し、ようやく互角に持ち込めたのだから。
シュウスケがやってくる可能性を見越しておいてよかった。
このまま再会することなく世界を滅ぼせるのがベストだったが、それが叶うと思えるほど能天気ではない。
常に最悪の事態を想定して動いている。
「この世界に召喚されてから様々な戦いを経験してきましたが、あなたほどしぶとい人間はいませんでした。正直、驚いています」
シュウスケは俺のことを称賛した。
嫌味や皮肉ではない。
純粋にそう思っているようだ。
確かに彼のコピー能力は強力すぎる。
所持スキルが増えるほど、総合的な戦闘能力は無慈悲なものになる。
とにかくできることが多く、まともな手段では誰にも敵わないだろう。
俺のように対抗できていることが奇跡に近いのである。
その時、シュウスケが咳をした。
今度は長い。
嘔吐するのではないかと思うほどの勢いだった。
ついには口から多量の血を吐き出す。
シュウスケは魔王の脚を支えに立っていた。
じとりとした視線が、俺に向け直される。
「……私の【能力模倣 A+】は強力ですが、それなりの代償があります。模倣したスキルを使うほど肉体に負担がかかります。さらに強力すぎるスキルの場合だと、寿命までが削られているのです」
「へぇ、そいつは初耳だな。時を止めたり、反射するたびに命をすり減らしているのか」
「ええ、そうですね。極力使いたくはありませんが、あなたを相手に出し惜しみしすぎると殺されてしまうので」
シュウスケはハンカチで口元を拭こうとして、止まる。
既にハンカチは血塗れだった。
それで拭けば、却って汚れてしまうだろう。
彼は小さく嘆息すると、ハンカチを胸ポケットに仕舞う。
(もしかすると……)
一連の動作を見て、俺はある仮説を閃く。
ポーカーフェイスのせいで分かりにくいが、シュウスケは凄まじいダメージを負っているのではないだろうか。
ここまで彼は様々なスキルを使ってきた。
その中には召喚者のスキルもあった。
シュウスケは頻度を抑えながらも、何度か使用している。
そもそも、俺達がこの世界に来てから一年以上が経過していた。
その間、シュウスケは能力を使ってきたのだろう。
寿命の減少が具体的にどの程度かは不明だが、現時点で彼の命はあと僅かなのではないか。
世界に戦争を仕掛けようとしていたのも、寿命の減少を知ったことが関係しているかもしれない。
別に不思議ではなかった。
残り少ない命なら、派手に使おうとする気持ちは理解できる。
彼自身、死を恐怖するタイプには見えない。
せっかくだから最期に楽しみたかったと言われれば、俺は素直に納得するだろう。
戦場でもそういう人間を幾人も見てきた。
シュウスケは魔王から手を離すと、髪を掻き上げながら嘆く。
「ここまで戦って分かりました。あなたは用意周到で狡猾だ。最初の段階で拉致せずに殺しておけばよかった」
「知らなかったか? ヒーローは逆転勝利するものなんだぜ」
俺は調子を変えずに軽口を叩く。
表情を凍らせたシュウスケは、一瞬だけ歯を食い縛るような動作をする。
彼はすぐに真顔に戻って魔王を見た。
それに反応した魔王は、二本の角の間に黒い光を生み出した。
何らかのパワーが集束し始めている。
その正体は不明だが、食らってはいけないのは確かだった。
シュウスケはカタナの切っ先を俺に向ける。
「あなたの冗談にも飽きました。ここで一気に勝負をつけようと思います。さすがにあなた一人では、魔王を相手に力押しなど――」
話の途中、シュウスケが目を見開く。
彼は地面に身体を投げ出して転がった。
銃声が鳴り響き、シュウスケのいた場所に弾丸が突き刺さる。
さらに二発目が放たれ、魔王の集める黒い光に被弾した。
それによって爆発が起きて、魔王の顔面が半壊する。
徐々に再生しているが、相当なダメージには違いない。
痛がる素振りをみせないのは、複製された存在だからだろうか。
俺は弾丸の発射地点に目を向ける。
「彼一人じゃないわ」
最果ての城の屋根に、狙撃銃を担いだアリスがいた。
その隣には三つ首が鎮座している。
「ナイスアシストだッ!」
俺はサムズアップで感謝を告げた。
アリスは同じ仕草で応える。
立ち上がったシュウスケは、スーツを汚れを払いながらアリスを睨む。
澄まし顔が崩れかけていた。
明確な怒りが覗きつつある。
彼はカタナと銃を持ちながら深呼吸をした。
そして、苦い顔をしながら宣言する。
「どこまでも邪魔をしますか……いいでしょう。全力で相手をします」
「良い返事だ。楽しく殺し合おうぜ」
俺は深い笑みを湛えながら答えた。




