第192話 爆弾魔は死を超越する
シュウスケが刀を振り上げて接近してくる。
彼が何をする気なのか、俺は知っていた。
十分に接近したところで時を止め、その間に俺を殺害するつもりなのだ。
時が動き出すと、既に死んでいるという寸法である。
それはよく分かっている。
俺だって同じ立場ならそうするだろう。
最も安全で手っ取り早い方法だ。
シュウスケは今までそれを何度か失敗してきた。
理由は単純で、俺を即死させなかったためである。
時が動き出した時点で致命傷を負わせていたが、俺には抵抗する猶予が残されていた。
その一瞬を使って距離を取れれば、再生能力で回復できる。
シュウスケにとっては、面倒な展開だろう。
だからこそ、次に野郎は即死を狙ってくる。
再生能力を持つ人間を抵抗させずに殺すとなると、攻撃箇所は絞られる。
すなわち首だ。
シュウスケはまず間違いなく首を狙って攻撃してくる。
「…………」
俺は瞬きせずにシュウスケの動きを凝視する。
その光景が、前触れもなく切り替わった。
突然の浮遊感。
視界が回転する中、俺は眼下の光景を目にする。
首を失った胴体が佇んでいた。
手にはサブマシンガンを持ち、断面から鮮血を噴き出している。
そばには銃とカタナを持ったシュウスケがいた。
カタナは振り抜かれた後だった。
俺は、首を刎ね飛ばされたのだと理解する。
時を止められている間に斬られたのだ。
予想は的中した。
だが、さすがにガードできなかった。
考えるまでもなく、当たり前だろう。
今まで何とか凌げていたことがラッキーなのだから。
時間停止の本来の使い手であるミノルとの戦いでも、俺は罠で限界まで彼を消耗させた。
弱って能力も満足に使えない状態で対峙し、勝利をもぎ取ったのである。
万全の状態での正面戦闘だった場合、勝ち目は無かった。
時間停止はそれだけ卑怯な能力なのだ。
さらにシュウスケの場合、そこに無数の能力も兼ね備えている。
馬鹿正直に立ち向かったところで、とても勝てやしない。
(自分の身体を俯瞰するとは、奇妙な感覚だな)
呑気に考えていると、間もなく地面に落下した。
頬や後頭部に痛みを受けた末、空しか見えなくなった。
ちょうど上向きで止まったようだ。
「最初からこうすれば良かったですね。それでは失礼します」
姿が見えないが、シュウスケの声がした。
足音が徐々に遠のいていく。
それは最果ての城がある方角だった。
シュウスケは世界滅亡を防ぎたい。
だからアリスを殺害し、爆弾や各種装置を無効化する気なのだろう。
彼なら十分に可能である。
(……クソッタレ。最悪の気分だな)
俺は胸中で悪態を吐く。
生憎、喋りたくても喋れない状態だった。
今の俺は身体を持たない生首である。
その時、何かを引きずるような音がした。
どんどん近付いてくる。
やがて耳に何かがぶつかった。
弾みで視界が回転する。
間近に映ったのは、切断された俺の胴体だった。
胴体は見えない力に引かれるように蠢き、やがて断面同士が接着した。
焼けるような音を経て、首から下の感覚が復活する。
俺は恐る恐る立ち上がった。
問題なく動ける。
首元に触れると、若干の違和感があるも繋がっていた。
(上手く成功したようだな)
俺はなぜ死んでいないのか。
それは、自分の魂を最果ての城に保管しているからだ。
肉体から剥離された魂は、魔術でパッケージングされている。
もちろんアリスが実行した。
彼女は魂を扱う術が得意だった。
肉体に魂が不在となっているおかげで、俺は疑似的に不死身となっている。
だから首を斬られても平気だった。
ちなみに胴体が勝手に引き寄せられてきた理由だが、こちらは俺の工夫によるものだ。
俺は全身各所に超小型の爆弾を仕込んでいる。
これらは一定以上の距離が開くと自動的に作動し、特殊な魔力を放出する。
この魔力がポイントだ。
磁力のような性質を帯びており、互いに引き寄せ合うのだ。
俺はその力で胴体を近付けた。
あとは持ち前の再生能力でどうにでもなる。
シュウスケとの殺し合いは、このように即死攻撃を食らうことがほぼ確定していた。
いくら死なないと言っても、バラバラにされてしまえば身動きが取れない。
そのための策だ。
この二つの備えが見事に成功し、俺は復活することができた。
俺は前方を見やる。
シュウスケはこちらに気付かず、真っ直ぐに最果ての城へと向かっている。
彼の中で俺との殺し合いは決着し、すでに次の標的を定めているようだ。
(仕方ない。爆弾魔のしぶとさを教えてやるか)
スカした早とちり野郎には鉄槌を下さねば。
俺はサブマシンガンを持ち上げると、それをシュウスケに向けて発砲した。




