第191話 爆弾魔は能力を分析する
俺はバックステップで後ろへ飛び退く。
シュウスケの姿が消えたかと思いきや、目の前に現れた。
そして、宝剣が俺の肩に食い込んでいる。
血を飛ばしながら、体内に侵入しようとしていた。
(時間を止めた間に斬りやがったな?)
俺は宝剣の腹に掌底を打ち込み、刃を粉砕した。
さらに片脚を軸に回し蹴りを放つ。
シュウスケは寸前で魔術を使い、ガラス状の障壁を割り込ませてガードした。
彼は衝撃で上空へ跳び上がる。
そこから無数の突風を発射してきた。
「ハッハ、元気なそよ風だ!」
地面を切り裂く風を、俺は直感で回避していく。
それを終えると、サブマシンガンでシュウスケを狙い、引き金を引いて弾をばら撒いた。
彼に命中した弾丸が反射して戻ってきたので、俺は宙返りで躱してみせる。
俺達は同時に着地した。
ある程度の距離から互いを見る。
再生する肩を回しながら、俺は気楽な調子で分析を述べた。
「スキップされた動作から推測するに、時を止められるのは二秒か三秒といったところか。しかも使用後はインターバルを必要としている。連続発動の負担が大きすぎるんだろう?」
「……あなたの所有スキルにその系統の能力はありませんが、どうやって突き止めたのですか?」
「長年の経験って奴さ。俺は人殺しが仕事だからなァ。観察力の無い間抜けから死んでいく世界だった」
俺は懐かしみながら答える。
異世界の日々も愉快だが、当時も楽しかった。
また味わってみたいものである。
「確か元軍人でしたね。私はその界隈に疎いのですが、さぞ有名だったのでしょう」
「ただし悪名だがね」
シュウスケの指摘に、俺は意地の悪い笑みを浮かべる。
あの頃から俺は、爆弾魔の愛称で知られていた。
厄介者のような扱いだったが、仕事に困ることはなかった。
なんだかんだで必要とされるのだ。
それは俺の仕事の成功率も関係しているだろう。
得意分野である破壊工作や暗殺において、俺はほぼ確実に成功させていた。
どれほど困難な仕事だろうと最後までやり遂げる。
問題と言えば、やりすぎで小言を受けるくらいだった。
だから今回も成功させる。
目の前の男を始末すれば、めでたくクリアだ。
俺はかつての記憶から現実に戻ると、シュウスケに告げる。
「先に忠告しておこう。俺を殺したいのなら、出し惜しみはするな。リスクを背負ってかかってこい」
現在のシュウスケは、戦い方に遠慮が垣間見えた。
おそらく、スキルの反動を気にしているのだろう。
魔王とのリンクを切った状態で、コピーしたスキルを乱用したくないに違いない。
たぶん命にも関わるのだと思う。
俺の宣言をよそに、シュウスケは涼しい表情で尋ねてくる。
「大した自信ですね。勝算があるのですか?」
「そりゃそうだ。無策でリベンジするほど、俺は馬鹿じゃない」
「では、その策を見せていただきましょう」
シュウスケは一歩前に出ると、ゆっくりと瞬きをした。
開いた両目は、爬虫類のように変化していた。
紫色の虹彩に縦長の瞳孔。
目が合った瞬間、俺は身体の異常に気付く。
(動けないだと……?)
足元を見ると、じわじわと灰色に変貌し始めていた。
質感からして石像のようだ。
その部位が動かせなくなっている。
「ただの【石化の魔眼 B】だとあなたには通用しませんが、【下剋上 B】でレベル差による抵抗力を奪いました。これでもう動けません」
シュウスケは解説しながら悠々と近付いてくる。
これは召喚者のスキルではないが、かなり面倒な部類だ。
石化現象は既に腰まで到達している。
さらに這い上がって首元まで迫ってきた。
このままだと、頭頂部まで達してしまうだろう。
目の前で足を止めたシュウスケは、手刀を振り上げた。
身動きの取れない俺を確実に砕き割るつもりらしい。
その時、彼は何かを察したような顔をする。
「…………っ」
シュウスケは身を屈めて退避した。
彼のいた場所を弾丸が通過し、一瞬遅れて銃声が響き渡る。
背後が見えないが、今のはアリスの仕業だ。
最果ての城に待機する彼女には、狙撃銃を持たせていた。
然るべきタイミングで撃つように指示していたのである。
一方、俺の石化現象は幻だったかのように消失した。
途端に自由に動けるようになる。
俺は服をめくる。
腹には刺青のように魔術刻印があった。
それを俺はシュウスケに見せる。
「クールだろ? 相棒に付けてもらったんだ。こいつのおかげで状態異常は無効化される」
シュウスケとの戦いに備えて、事前に付与してもらったのだ。
アリスが遠隔で起動すると、あらゆる状態異常が治癒される。
汎用性の高い優れものであった。
すっかり快復した俺は、伸びをしながら笑う。
「それにしても、上手く狙撃を避けたじゃないか。たぶんミハナの能力で予知したんだろう? ただ、本家と比べるとかなり劣化しているな。常時発動ではない上に、予知のタイミングがギリギリだ。観測できる未来のパターンも少ないんじゃないか?」
オリジナルである【未来観測 A+】は一分先までを予知していた。
加えて行動によって分岐する展開も視認できていた。
シュウスケの持つそれは、ランク低下を受けて効果が弱体化したのだろう。
おそらく五秒先も観えていない。
さらに俺の攻撃に対して、シュウスケは防御や回避を織り交ぜていた。
彼には【完全反射 B】があるのだから、それで全て対処してもいいはずだ。
それをしないということは、このスキルも連発できない事情があるのだろう。
召喚者由来のスキルは、特に負担が大きいのかもしれない。
こうして戦いを重ねることで、俺は徐々に【能力模倣 A+】の性能を把握してきた。
どう立ち回るべきかも分かってきた。
考察を重ねる俺をよそに、シュウスケは厳しい眼差しで俺を睨む。
「……さすがです。ほぼ無能力で他の召喚者を殺しただけはありますね」
「もっと褒めてくれてもいいんだぜ。その分だけあんたの墓を豪華にしてやろう」
「間に合っているので結構です」
そう言ってシュウスケは両手を振る。
するとそこには、二種の武器が握られていた。
俺はそれらを目にして声を上げる。
「おお! 銃にカタナソードか! 現代のサムライスタイルってやつかね」
「……あなたはどこまでもふざけるのですね」
シュウスケは俯く。
表情が確かめにくいが、苛立っているのは確かだった。
銃とカタナを握る手に力が込められている。
「それが取り柄なのさ。よくポジティブだと言われるよ」
「…………」
シュウスケは深々とため息を吐く。
彼は無言で疾走すると、獣のような鋭さで斬りかかってきた。




