第189話 爆弾魔は秘策を仕掛ける
俺は役目を終えたスイッチを前に持ってくる。
それを指の間で弄ぶことで見せびらかした。
シュウスケは僅かに眉を寄せる。
彼はスイッチを注視したまま俺に尋ねる。
「……今、何をしましたか」
「当ててみなよ。このクイズに正解したら百ポイントだ」
俺はとぼけてみせた。
簡単に答えたらつまらない。
これくらいの余興はあってもいいだろう。
対するシュウスケは視線を鋭くする。
彼が殺気を発して踏み出そうとしたので、手を突き出して待ったをかけた。
「おっと、動かない方がいい。安静にするべきだろう」
「一体何を――」
言いかけたシュウスケはよろめいた。
彼は口に手を当てる。
手のひらには赤いものが付着していた。
シュウスケは呆然と呟く。
「こ、れは……」
「回答タイムだ。さあ、俺が何をしたか分かったかい」
俺は軽やかなメロディーの口笛を吹く。
シュウスケは無言で考え始めた。
目は虚空を向いている。
意識がどこかに飛んでいるような様子だった。
「ふむ……」
俺はふと思い立ってサブマシンガンを乱射する。
命中するかと思われた弾は、残らずシュウスケの足元に転がっていた。
弾き落とされた過程を俺は見ていない。
時間を止めて対処したのだろう。
上の空かと思いきや、そこまで間抜けではなかったらしい。
やがてシュウスケは、息を整えてこちらを見た。
「……魔王に、攻撃しましたね」
「大正解! 百ポイントを進呈しよう。あと九百ポイントで海外旅行をプレゼントだ」
俺は笑いながらスイッチを投げ捨てる。
こいつは大樹の仮拠点に仕掛けたミサイル群の作動スイッチだ。
ボタンを押したことで、ミサイルは発射され、予め設定された着弾地点である旧魔族領を爆撃したのである。
ゴーレム機構のミサイルには、着弾座標が設定されている。
自動で旧魔族領へと飛ぶ優れものだ。
シュウスケの反応を見る限り、狙い通りに炸裂したのだろう。
仮拠点で大量製造したミサイルには、超小型の都市核が搭載されていた。
狩りで得た魔物の心臓を基軸にしたものだ。
普通ならまず成功しないが、俺が爆弾に仕立て上げることで無理やり完成させた。
この辺りはいつも通りである。
そんなミサイルによる爆撃だけでも十分に強力だが、今回はそれだけには留まらない。
ミサイルの一つひとつに魔術的な意味を持たせていた。
すべてが狙い通りに着弾することで巨大な術式を構築し、範囲内に超重力を放出するのである。
この超高性能な爆弾のランクはA+で、帝都爆破に用いた都市核爆弾とほぼ同列だ。
数ある自作爆弾の中でも最高レベルと言えよう。
旧魔族領の都市を丸ごと押し潰す威力を秘めている。
時間をかけて製造した甲斐があった。
ちなみにミサイルには竜の腐肉を主原料とした毒ガスも内蔵されている。
数百倍に濃縮したそれは、着弾と共に散布される。
調合したアリス曰く、向こう五百年は生物の住めない土地になるそうだ。
さて、なぜ俺はこのタイミングで旧魔族領を攻撃したのか。
それは、魔王にダメージを与えるためだ。
俺はサブマシンガンを向けながらシュウスケに問いかける。
「シュウスケ。お前は魔王とリンクしている。そうだろう?」
「…………」
汗を流すシュウスケは目を逸らす。
その反応が真実を物語っていた。
シュウスケは旧魔族領に眠る魔王とリンクしている。
俺とアリスの交わす契約魔術の亜種だ。
それに追加で効果が付与されているバージョンだった。
アリスは、シュウスケが魔王と接続していることを見抜いていた。
魔力が混合している点から察したらしい。
そのリンクを経由して、莫大な魔王の魔力は常にシュウスケに供給されている。
さらにあらゆるダメージを魔王に押し付けている。
だからシュウスケは魔術を使い放題で、どんなダメージもゼロにできる。
言わば無敵の存在だった。
俺達が敵わないのも当然だろう。
しかし、そのシステムには穴がある。
その関係は一方通行ではないのだ。
したがって魔王の負担もシュウスケに移行し得る。
此度の旧魔族領への爆撃は、魔王に多大なるダメージを与えた。
今頃は悶絶しているだろう。
もしかすると死にかけているかもしれない。
そのダメージは、必然的にシュウスケにも及ぶ。
シュウスケは、召喚者のスキルである【完全反射 B】でガードしただろう。
しかし、跳ね返ったダメージは他でもない魔王に戻る。
魔王が受けたそのダメージは、やはりリンクしたシュウスケに返ってくる。
どれだけ反射させても、その繰り返しであった。
言ってしまえば、無限にループだ。
どちらかが我慢して傷を保持する必要がある。
現在、シュウスケと魔王は互いに爆撃のダメージを押し付け合っている状況だった。
シュウスケが急に不調になったのはそのためだ。
以上の理由から、俺は魔王の眠る旧魔族領を爆撃した。
こうすることで巡り巡ってシュウスケを傷付けることができる。
どのようなスキルがあっても、易々と対処できない。
たとえ【無限再生 B】を使おうが関係なかった。
ダメージを受け続けているのは、遥か遠方に眠る魔王だ。
爆発と猛毒が持続的にダメージを重ねていく。
シュウスケ自身に降りかかる損傷は再生で帳消しにできるが、魔王とリンクしている以上は際限なく追加ダメージがやってくる。
もしシュウスケがこの場に魔王を連れてきていれば、魔王をダイレクトに狙うだけだった。
最果ての城には、それ専用の爆弾もしっかりと用意していた。
結局、同じ状況を作れる。
――こうして俺とアリスの先制攻撃は、見事に成功したのであった。




