第187話 爆弾魔は終末の爆弾を準備する
「ふむ……」
腕組みをする俺は、目の前の壁を睨み付ける。
そこには複雑奇異な魔術回路が刻み込まれていた。
難解過ぎて内容はほとんど分からない。
俺は手元のメモに記された術式と見比べる。
交互に眺めて、僅かな不足点を洗い出していった。
そしてメモの通りに壁をナイフで彫る。
まとまった箇所が完成したところで、俺は手を止めて伸びをした。
レベル補正のおかげで疲労は感じにくいが、さすがにこの作業は神経をすり減らす。
既に三時間ほど続けており、投げ出したい気持ちもあった。
しかし、断念するわけにもいかない。
これが終わらなければ、いつまで経っても目的は達成できないのだ。
(我ながらだいぶ頑張ったな)
俺は周囲を見回す。
フロア全体の壁や天井に、同様の術式がびっしりと施されていた。
遠目には一切の見分けが付かない。
どれも同じように感じるが、やはり内容はバラバラなのだ。
俺は目をこすりながらため息を吐く。
(……まあ、そう簡単に実現できるはずもないからな。仕方ねぇや)
世界核に触れられると判明した段階で、俺達は世界を滅ぼすための爆弾を作り始めた。
設計図はアリスが事前に用意してあったものを使い、現場の状況を鑑みて再調整している。
それが出来上がってからは、手分けして作製することになった。
しかし、これがとんでもなく大変な作業だった。
アリスの考案した世界核爆弾、必要な術式が膨大なのだ。
通常の爆弾の比ではない。
そのため、最果ての城そのものを爆弾の基礎とすることになった。
城内に刻み込んだ術式がその証拠である。
アリス曰く、全てのフロアを余すことなく使用するらしい。
それでようやく爆弾を起動させる術式が成立できるのだという。
どれだけ途方もないスケールなのだろう。
これでも術式を極限まで圧縮したそうで、本来はこの百倍ほどの術式が必要だったそうだ。
世界を滅ぼす難しさを再確認させられる。
しかも爆弾完成までの工程は、術式の用意だけではない。
他にもいくつかの難点をクリアしなければならなかった。
俺は休憩がてら上階へと向かうことにした。
術式だらけの階段を上がっていく。
道中、色とりどりの宝石や結晶、或いは血みどろの骨や臓器、目玉等があちこちに設置されていた。
事前に持ち込んでいた材料や、財宝である。
後半のグロい物に関しては、城内で殺した魔物の一部だ。
どれも優秀な爆弾の材料で、術の調整やエネルギー源の役割を担っている。
俺は数分ほどかけて宝物庫に到着した。
室内の中央には、台座に載った世界核がある。
緩やかな速度で回転していた。
周りの術式の構成を見れば、いずれも世界核を起点にしている。
物理的な接続はないが、魔術的には幾重もの繋がりが既に設けられていた。
世界核は爆弾の一部と化している。
事前準備が大がかりだが、爆弾作動後のプロセスは単純だ。
まず最果ての城で発生した爆発エネルギーが全世界へと届けられる。
この経路は世界核によって確立されているため、俺達が何か細工することはない。
核という性質上、世界のどこにでも繋がりを持つのだ。
それを今回は利用させてもらう。
全世界に届けられたエネルギーは、各地の魔力を糧に増幅して爆発する。
都市核やそれに類するアイテムも誘爆することになるだろう。
最果ての城から半永久的に供給されるエネルギーは、未曾有の被害を叩き出すはずだ。
誰にも止めることができず、規模は加速度的に膨らんでいく。
その中で無限の負荷を抱えた世界核はやがて壊れてしまう。
いくら核と言えども、本来の運用方法から大きく逸脱すると耐え切れないのだという。
これによって世界の存在が不安定となり、終わらない爆発は世界を滅ぼす。
大まかな流れはこのような感じだろうか。
ぶっ飛んだアイデアだが、計算上はまず成功するらしい。
アリスが自信満々に断言したので、信じても大丈夫だろう。
世界核のそばにはゴーレムカーが停めてあった。
無論、この車両も立派な装置の一部だ。
それもかなり重要な部分となっている。
こいつが無ければ、俺は元の世界へ帰られないのだ。
爆弾を作動させる時、俺はゴーレムカーに搭乗する。
そして内部に設けられたコードを身体に接続し、元の世界を強くイメージするのだ。
このイメージを術式に転写することで、転移先の世界線と座標を確定するらしい。
最終的には、世界が崩壊する際の空間のずれを通り抜けて、俺は元の世界へ帰ることになる。
これがアリスの考案したオリジナルの送還魔術であった。
(上手くいってくれよ……)
俺は世界核とゴーレムカーを一瞥する。
準備は整ってきた。
やり直しは効かない。
あとは本番で成功するのを祈るばかりである。




