第184話 爆弾魔は魔物の群れを蹂躙する
亡者を一掃した俺達は、城の中でも最上階寄りのフロアにいた。
そこでアリスは、扉の前に屈んで何かを弄っている。
三十分ほど前からこの調子だった。
最上階へと続く階段が封鎖されており、彼女に解除を頼んでいるのである。
城内を探索したところ、ここだけが開かなかったのだ。
ここより下のフロアは既に探索済みである。
隠し通路や隠し部屋も何度か見つけたが、特筆して気になる点はなかった。
おそらくこの先に世界核があるのだろう。
それについては、アリスとも予想が一致していた。
彼女曰く、城全体の魔力構成からしてほぼ間違いないという。
亡者が襲ってくることもないので、焦ることなく作業に専念してもらった。
やがてアリスは立ち上がると、扉から離れて俺に告げる。
「解除できたわ」
「おお、さすが相棒だ」
アリスを褒め称えていると、扉が音も無く開いた。
その先には石造りの螺旋階段がある。
壁に沿うようにして上へと続いていた。
そっと顔を覗かせると、かなりの高さまで同じ調子だった。
ざっと十階分は吹き抜け状態である。
(この螺旋階段を上がり切った先が最上階か?)
雰囲気からしてそんな感じがする。
高さを考えても、おそらくそれくらいだろう。
「ラストスパートだ。張り切っていこうか」
「ええ、頑張りましょう」
ここで立ち止まっている意味もない。
休憩するほど疲労しているわけでもなかった。
気合いを入れた俺達は階段を上がり始める。
ところが、ほとんど間を置かずに壁全体が振動しだした。
そして壁の一部がめくれ上がる。
現れたのはダクトのような長方形の穴だ。
どこに続いているのかは分からない。
そんな穴がびっしりと壁の半分ほどを占めていた。
(新しい罠か?)
俺達が螺旋階段に踏み込んだことで作動したのかもしれない。
足を止めて警戒していると、そこら中の穴が物音を立てる。
そこから這い出してきたのは、巨大な蝙蝠や斑点模様の蜥蜴、黄金の蛙といった無数の魔物達だった。
魔物達は雪崩のように溢れると、圧倒的な密度を以て落下してくる。
あまりの数で天井が見えなくなった。
鳴き声の大合唱が反響して無秩序な雑音と化する。
数百体の異形が、塊となって落ちてくる。
俺はその光景を見て笑う。
「ハッハ、最高だな。フルコースって奴かね」
「亡者は前哨戦で、こっちが本命みたい。灯りの有無も関係ないようね」
この異常現象を前にしても、アリスは冷静に解説をする。
確かに彼女の言う通りだ。
敵が亡者だけでは、さすがにあっけないと思っていた。
この魔物の大群こそ、最果ての城が持つ本気の防衛力なのだろう。
不意打ちでこの質量攻撃なんて、普通は為す術もなく圧殺されてしまう。
罠の中でも相当に悪質な部類と言える。
だが、この程度は想定済みだった。
相応の反撃準備はできている。
俺はパワードスーツを纏うアリスの肩に手を置いた。
「先制攻撃を頼むよ」
「任せて」
頷いたアリスは上体を反らして上を向く。
すると、パワードスーツの胴体が発光し始めた。
そこに輝くエネルギーが集束し、青白いレーザーとなって解き放たれる。
極太のレーザーは、降り注ぐ魔物を貫通していった。
命中箇所から光線が拡散して次々と細切れにする。
いくら頑丈な甲殻や筋肉を誇ろうと、アリスの必殺技の前では無力に等しかった。
一方、俺は落下してくる肉片を魔槍の回転でガードする。
その状態で疾走すると、各所のダクトに精霊爆弾を投下していった。
内部で爆発が起きて、ダクトから黒煙と共に血肉が噴き出す。
ついでに魔物の死骸を詰めてダクトを塞いでおく。
すぐに破られそうだが、多少の時間稼ぎにはなるだろう。
(さて、まだまだ追加オーダーが来るか?)
俺は魔槍を振るいながら周囲の状況把握に努める。
いくら迷宮でも、短時間で無尽蔵に魔物を湧き出せるとは思えない。
貯蓄する魔力が枯渇すれば、必ず勢いは衰える。
迷宮都市で学んだ法則であった。
すなわち俺達は、魔物を殺しまくりながら進めばいい。
実にシンプルな名案である。
先行して行く手の障害を始末していると、近くのダクトから第二波が放出された。
今度は人間サイズの蜂の群れだ。
喧しい羽音を鳴らしながら、こちらへと向かってくる。
「ジャックさんっ」
アリスの声がしたが、蜂のせいで姿は見えない。
俺はサブマシンガンを乱射しながら跳躍した。
空中に躍り出て、進行方向の蜂を撃ち殺しながら向かいの壁に到達する。
そこから壁の凹凸を駆け上がって階段に着地した。
「巣に帰りな」
俺は追いかけてくる蜂を爆弾で吹き飛ばす。
弾けた体液が階段にかかり、白煙を立てながら表面を溶かした。
厄介なことに、強酸性だったらしい。
魔槍でぶち抜いていたら、もろに浴びてしまうところだった。
落下する蜂達の死体を眺めながら、俺はため息を洩らす。
「やれやれ、害虫駆除も楽じゃねぇな……」
さすがは世界核を守る城だ。
防犯対策は完璧らしい。
とても常人が突破できる場所ではない。
亡者なんて本当に序の口だった。
胸中にて嘆いていると、他のダクトから魔物が登場した。
今度は百足や蟷螂に似た魔物である。
かなり気色悪い。
夢に出てきそうだ。
眼下のアリスがレーザーを放って焼き払うも、残る個体は気にせず前進し、数に任せて降りてくる。
(……本当に湧き出てくる限界なんてあるのか?)
怪訝に思うも、手を止めるわけにはいかない。
気を引き締めた俺は、魔物の大群に立ち向かっていった。




