第182話 爆弾魔は最果ての城に侵入する
豪勢な食事を車中で済ませた俺達は、最果ての城に到着した。
灰色の城は、見上げんばかりの高さを誇る。
ざっと測っても三百フィートは下るまい。
頂点を眺めようとするだけで首が痛かった。
高層ビルを彷彿とさせる。
そんな城だが、肝心の外観は思ったよりも小奇麗だった。
寂れてはいるものの、廃墟の領域ではない。
少し老朽化を窺わせる程度で、またまだ人が住めるレベルだろう。
秘境に放置された場所とは思えない。
もっとボロボロでお化け屋敷のようになっている城を想像していた。
事前情報によると、最果ての城は迷宮の一種らしい。
つまり通常の建造物と性質が異なるのだ。
だから劣化が軽微なのだと思われる。
(ここに世界核があるのか)
俺は感慨深げに城を眺める。
よくよく考えると、とんでもなく重要な場所だ。
世界の命運が委ねられた土地である。
その時、俺はふと疑問を覚えた。
「今更だが、どうして元流刑地に城が建っていたり、世界核が隠されているんだ?」
「この城は、流刑地になる前からあったそうよ。滅亡した国の王が住んでいたみたい。代々、世界核を護っていたという噂ね」
「噂なのか」
「最初の"私"が生まれる頃よりも前のことだから、文献もほとんど残っていないの」
アリスは遠い目をして語る。
物知りな彼女でも知らないとは、なかなかに謎が深い。
世界核の名に相応しいと言えよう。
最果ての城と雪原地帯は、俺には想像できないスケールの歴史を重ねてきたらしい。
それらを今から身勝手な目的で台無しにする。
なんて愉快なことだろう。
俺はそういう背徳的な行為が好みなのだ。
爆弾魔なんてニックネームを付けられるくらいだからお察しだろう。
そうやって悪徳だけを積んで生きてきた。
俺達はゴーレムカーを降りる。
城の入口は閉ざされていた。
慎重に触れるも、何らかの魔術が発動する気配はない。
裏から施錠されているようだが、力任せに引けば開けられそうだ。
そこまで確認した俺はアリスに提案する。
「城でのパーティーの準備だ。派手に行こうぜ」
「分かったわ」
意見が一致した俺達は、さっそく武装を整えていく。
場所が場所なだけに、何が待っているか分かったものではない。
最低限の自衛はできるようにしておかなければ。
さすがにここで殺されるのはダサすぎる。
俺はサブマシンガンと魔槍をチョイスした。
この二つがあれば、一通りの敵に対応することができる。
リーチも幅広く、取り回しも良い。
特筆する点もないほど堅実な選択であった。
一方、アリスはパワードスーツを装着する。
こちらも無難な装備だろう。
遠距離における火力ならピカイチである。
防御力に関しても申し分ない。
彼女が苦手な近接戦にもカバーしていた。
三つ首は最後尾に配置し、後方からの奇襲を任せることにした。
これでもそれなりに強い魔物だ。
最低限の働きは期待できるはずであった。
もし犠牲になったとしても、取り返しがつかないほど惜しいわけでもない。
「覚悟はできているかい」
「ええ、大丈夫よ」
「オーライ、始めようか」
俺は扉に手をかけ、無理やり引っ張った。
何かが壊れ、床に散乱する音がする。
そして甲高い音を立てながら扉が開いた。
室内は暗闇に包まれていた。
うっすらと各所の輪郭が分かる程度で、ほとんど何も見えない。
目を細めるも結果は同じである。
「魔術による暗闇ね。注意して」
「了解。ここは俺が先に――」
アリスの警告に返答していると、暗闇から人影が飛び出してきた。
現れたのは、粗末な服を着た大男だ。
ただし首から上は尋常でないビジュアルをしている。
頭部が融解して原形を失っており、断面から蠢く触手を生やしていた。
そんな異形が掴みかかってくる。
「今度はモダンホラーかっ」
俺は叫びながら魔槍を一閃する。
穂先が大男の触手を木端微塵に粉砕した。
さらにその胴体に至近距離からサブマシンガンの連射をぶち込む。
迸る血飛沫。
頭部を完全に失って蜂の巣になった大男は、仰向けに倒れて痙攣し始めた。
いきなり起き上がられても困るので、魔槍で四肢を切断しておく。
よほどの再生能力でもない限り、これで大丈夫だろう。
俺は大男の胴体を踏みながら嘆息する。
「熱烈な歓迎だな。ファンクラブでも設立されたのか?」
「たぶんこの地に囚われた亡者ね。流刑された者の成れの果てよ」
「ははは、そいつは恐ろしい話だ」
どういう理屈かは知らないが、最果ての城はこの地に捨てられた大罪人を再利用しているらしい。
侵入者を排除するためのシステムに取り込まれてしまうようだ。
もし俺達が殺されたら、同様の末路を辿ることになるのだろう。
なんとしても遠慮したいものだ。




