第181話 爆弾魔は錬金術師について想う
俺は口笛を吹きながら運転する。
アクセルは踏みっぱなしで、雪を巻き上げながら走行していく。
そばを三つ首が疾走していた。
かなり軽快で、心なしか嬉しそうな顔だ。
雪上を走るのが初めてなのかもしれない。
ゴーレムカーはそれなりのスピードを出しているが、遮蔽物がないので事故の心配はなかった。
雪でスリップする気配もなさそうである。
この車両は、あらゆる悪路を想定して設計されている。
以前、アリスが「いずれ車両形態でも空中飛行できるようにしたい」と豪語していた。
現状はパワードスーツの時のみなのだが、彼女ならきっと実現できるだろう。
その時、俺は「いっそタイムトラベル機能も搭載してくれ」と返した。
半ば冗談のつもりだったが、彼女がやる気になったのを憶えている。
時間跳躍の魔術はいつの時代も研究中で、空間魔術よりも難解だそうだ。
未だに成功した例は一つもないらしい。
それでも、時間さえあればアリスは組み上げてしまうのではないだろうか。
彼女にはそう思わせるだけの自信と実力が備わっていた。
何かと忘れがちだが、アリスという人間は異常そのものである。
前世の記憶と経験を蓄積し、人格を一新しながら力を築き上げてきた黒魔術師だ。
そこまでして成し遂げたいのは、世界滅亡であった。
自分の技術で世界を壊して、究極の錬金術師になりたいのだ。
後世という概念そのものを消滅させようと画策している。
能力はもちろん、それを躊躇いなく実行しようとする精神力が強靭だった。
どこまでもストイックである。
アリスは本気で世界を滅ぼすつもりなのだ。
それは紛れもなく狂気と言えよう。
完全に常軌を逸しており、人間として持つべき感情や考えが失われている。
倫理観なんて以ての外だ。
良識に従うのなら、彼女の目的は阻止すべきだ。
そのためなら殺害も許されるはずである。
世界を滅ぼす悪の大王を相手に、拘束なんて半端な処置はナンセンス極まりない。
命を奪って確実に止めるのが最適だろう。
(いや、アリスの場合はそれでは駄目なのか……)
俺は彼女の能力を思い出す。
仮にアリスを殺害しても、時間経過で復活できるのだ。
別の人間として新たな人生をやり直すだけだった。
赤ん坊になった彼女は、今までの記憶と能力を継承してまた成長する。
そして世界滅亡を目指す。
改めて考えると、非常に危険かつ厄介な存在であった。
アリスにとって死とは、一時的な活動休止期間に近い。
だから恐れることはない。
常人とは条件が根本的に異なっている。
アリスを恒久的に止めるとなると、魔術的な手段で封印するのが最良だろうか。
しかし、非凡な魔術の才を持つ彼女に、それが通用するとは思えない。
正直、今まで世界が滅びていないことが不思議なくらいだった。
おそらくそれだけ難しいということだろう。
本気で企むアリスですら、今まで失敗し続けてきたのだから。
今回、彼女が踏み切ったのは、俺と組んだからである。
俺が得た召喚者のスキルが世界滅亡のマスターキーになると判断したのだ。
きっかけになった身として、若干ながらも光栄な気持ちはある。
まったく、我ながらとんでもない人物と知り合ってしまった。
この世界の人々には同情せざるを得ないが、これも仕方ないことなのだ。
俺が元の世界へと帰るためでもある。
彼らにはチケット代になってもらおう。
過去と未来について考えながら運転をしているうちに、遥か前方に変化があった。
地平線に灰色の建物が見える。
雪原地帯に入ってから初めての変化だ。
それまではずっと風景が変わらず、恐ろしく退屈だった。
あれがおそらく最果ての城だろう。
他に建造物があるとも聞いていない上、方角も間違っていない。
時刻も日没くらいなので、だいたい予定通りだった。
「……もうすぐで着くみたいね」
隣から声がした。
横を向くとアリスが目を覚ましていた。
彼女は眠たそうに目をこすり、小さく欠伸を洩らす。
「おはよう。気分はどうだい」
「そこそこよ。疲労は回復したわ。心配をかけてごめんなさい」
アリスは俯きがちに謝る。
俺は首を振って笑った。
「気にしなくていいさ。相棒だろう?」
「――ふふ。そうね」
アリスは自然な調子で微笑する。
強がっている感じはない。
体調は本当に大丈夫みたいだ。
あとは食事で体力を回復するだけだろう。
食糧もまだ残っているので、しっかりと栄養補給をしなければ。
最高のフィナーレに向けて活力を蓄えるのだ。
この世界における、最後の食事になるという可能性だってある。
ケチな真似はせずに、なるべく豪勢なメニューになるように頑張ろう。
残る食材から何を作るか考えながら、俺は最果ての城へとゴーレムカーを走らせた。




