第179話 爆弾魔は召喚者の焦燥を察する
二カ月後。
俺達は雪原地帯の近くまで来ていた。
あと数日もあれば到着できるといった地点である。
「どこもかしこも寂れているな」
俺はハンドルを握りながら周囲の景色を見やる。
草木が枯れて、うっすらと霜に覆われていた。
空は常に曇っており、どうにも気分が上がりづらい。
「誰も近寄ろうとしないから当然ね。以前は近くに街や村もあったけれど、どこも無くなってしまったみたい」
「縁起が悪い場所だろうからなぁ。好んで住みたくはないだろうさ」
ここ一週間ほどは人里が途絶えている状態だった。
偽装も必要なくなったので木材を外し、三つ首も元の一頭に戻ってゴーレムカーのそばを追従している。
しばらく会話もなく運転していると、車内にノイズ音が発し始めた。
すぐに俺は搭載された装置を弄る。
「久々の放送じゃないか」
何度か試して機器の設定を調整すると、やがてノイズが薄れてクリアな音声になった。
そこから聞き慣れた声が流れてくる。
『皆様こんにちは。ハリマ・シュウスケです。今日は皆様にお知らせがあります』
「何だと思う?」
俺は助手席のアリスに尋ねる。
彼女はふるふると首を振った。
「分からないわ。魔王の封印を解除できたとか、そういう話かしら」
「そいつはビッグニュースだな。祝いのミートパイを送らないといけなくなる」
軽口を叩いている間にも、シュウスケは話を続けていく。
『残念ながらジャック・アーロンは行方不明のままです。各国から目撃情報や確保情報が寄せられましたが、いずれも虚偽でした。当初に宣言した百日が経とうとしています。百日が経過した時点で、私は魔王を使って全世界に戦争を仕掛けます。この方針に変わりはなく、異論も一切受け付けません』
シュウスケは断固とした口調で述べた。
この二カ月、彼は様々な通達を行っている。
ほとんどが世界に対する脅迫であった。
それに怯えた各国はシュウスケに情報提供をしているが、いずれもガセネタばかりらしい。
俺に繋がるものは何一つとしてなかった。
それもそのはずだろう。
俺達は世間から完全に離れた日々を送っている。
仮拠点を出発してから一度も街や村に寄っていない。
どこの誰であろうと現在地を知ることはできなかった。
『戦争を回避したければ、ジャック・アーロンを殺害してください。私から言えるのはそれだけです』
「ははは、焦ってやがるな。よほど俺を殺したいらしい」
「そうみたいだけれど、隠蔽が完璧だから見つかるはずはないわ」
アリスは誇らしそうに言う。
彼女が自信満々なのには理由があった。
一連の出来事から考察したアリスは、シュウスケの感知能力が魔術由来であることを特定した。
彼の体内を流れる魔力の動きや、細かな挙動で分かったらしい。
感知持ち特有の反応があったのだそうだ。
だから現在の俺達は、魔術的な隠蔽を施しながら移動している。
複数の系統による感知を完璧にシャットアウトし、目視による発見しかできないようにしたのだ。
一向に見つかっていないという事実が、アリスの予測の的中を裏付けしていた。
この対策がなければ、とっくに捕捉されていただろう。
『皆様にお伝えしたいのは以上です。ここから先は、ジャック・アーロン個人へのメッセージとなります』
「へぇ、そいつは嬉しいな。旧魔族領に返事の手紙でも送るかね」
俺は興味を抱く。
果たして何を言うつもりだろうか。
ブレーキを踏んでゴーレムカーを停車させた俺は、その内容に耳を傾ける。
『あなたが身勝手な行動を取るばかりに、全世界の人々が不幸になります。これからたくさんの人々が命を落とすことでしょう』
「…………」
『そもそもあなたに逃げ場はありません。私には魔王がいます。どこに潜伏していたとしても、必ずあなたの息の根を止めます。覚悟してください――話は以上です。次は百日が経過した際に放送します。それでは失礼します』
早口気味だったシュウスケの声はそこで途切れる。
以降は何も聞こえなくなった。
話を聞き終えた俺は、鼻を鳴らして小さく笑う。
「ハッハ、息の根を止めるだって? 随分とチープな脅し文句だ」
俺に脅しなんて通じない。
今晩の食事を抜きにされたり、嫌いな食べ物を口に詰め込まれる方がよほど恐ろしいほどだった。
魔王によってたくさんの人々が殺されるなんて、正直どうでもいい。
それがどうしたというのだ。
俺達は世界そのものを滅ぼそうとしている。
あまりにも無意味な脅迫と言えよう。
そもそも俺は帝都爆破を実行した人間だ。
殺人に躊躇いはないし、他者を蹴落として得を掴むタイプである。
それはシュウスケも分かっているはずだが、どうしてこんなことを言ってきたのか。
個人的な予測だが、これは彼の悪足掻きだと思う。
俺の行方が分からず、焦ってナンセンスな訴えをしてしまったのだ。
声にはあまり出ていなかったが、実際はかなり精神的に揺れているのだろう。
今頃は陳腐なメッセージを発信したことを後悔しているかもしれない。
「取り繕っていたけれど、苛立っていたわ」
「そりゃそうだろう。シュウスケにとっては一番の懸念事項だからな」
おそらくシュウスケにとって俺は無視できない存在なのだ。
何もかもを台無しにする爆弾魔である。
だから放っておけない。
今後の展開を邪魔されないように、どうにかして捕まえたいに違いなかった。
「まあ、野郎が何をしようと俺達には関係ないさ」
「そうね。まいぺーす、に世界を滅ぼしましょう」
アリスは微笑を添えて言う。
俺はそんな彼女とハイタッチを交わした。




