第175話 爆弾魔は相棒と再会する
三つ首の背で揺られ続けること数時間。
俺は森の奥深くにいた。
日没が迫っており、辺りは早くも夜闇を湛え始めている。
一見すると危なそうな環境だが、野生動物が襲ってくることはない。
三つ首が常に威嚇しているためだ。
それによって森に生息する動物は、本能的にこちらを避けようとする。
おかげでタイムロスもなく快適に移動できていた。
ジェットコースターのように激しい揺れさなければ最高だったが、状況的にそこまでの贅沢は言えない。
しばらくして三つ首はスピードを落として止まる。
そこは枯れた大樹の前だった。
幹の中心に亀裂が走っている。
人間が入れそうなサイズだ。
『私はその中よ』
脳内にてアリスの声がした。
潜伏先に到着したらしい。
確かにこの外観なら第三者からも見つかりにくい。
アリスのことだから、俺には分からない魔術的な結界等も張ってあるのだろう。
セキュリティーは万全だと思われる。
俺は三つ首から飛び降りると、幹の亀裂を覗き込んだ。
内部に即席の梯子がある。
それは地下へと続いていた。
(まるで秘密基地だな)
童心を思い出しつつ、俺は梯子を下りる。
その先には広々としたワンルームが広がっていた。
地面をくり抜いたような部屋だ。
全体的に殺風景だが、手作りらしき椅子や机等はある。
いずれも魔術で製作したのだろうか。
この短期間で揃えてしまうとは、さすがアリスだ。
俺と合流できるまでにかかる日数を考えて、長期的に生活できるように整えたのだろう。
部屋の片隅には、パワードスーツ形態のゴーレムカーが置かれていた。
いつでも稼働できる位置だ。
万が一の時はすぐさま戦闘態勢に入れるに違いない。
アリスは部屋の中央の椅子に座っていた。
彼女は俺を見て立ち上がる。
「ジャックさん」
「やあ、ディナーには間に合ったかな」
「まだ食べていないわ。一緒に作りましょう」
そう言ってアリスは室内を漁って食材を取り出す。
テーブルに並ぶのは野草や生肉だ。
彼女曰く、俺が不在の間に狩りで集めたものらしい。
三つ首に命令すれば勝手に獲物を取ってくるので、食糧難には陥らなかったそうだ。
アリスの魔術でも十分にサバイバルは可能だろうが、あの三つ首が自動的に食糧を集めるのなら楽。
それに彼女には、俺との念話という仕事もあった。
役割分担をして時間を過ごしていたのだろう。
俺達は部屋の空きスペースで食材を調理を始めた。
調理といっても大したものではなく、非常に簡単なメニューだ。
下準備を施した生肉をウェルダンで焼くだけである。
ひとまずはこれだけでいい。
そろそろ空腹で倒れそうなのだ。
完成したステーキを木製の皿に載せて食事を始める。
「それにしても、本当に助かったよ。迷惑をかけてすまないね」
肉を頬張りながら、俺は改めて礼を言う。
ここまで戻って来れたのは、間違いなくアリスの貢献によるものだった。
いくら感謝しても足りないくらいである。
対するアリスは首を振った。
「いいわ。気にしないで。私達は相棒なんでしょう?」
「はは、確かにな」
俺は応じながら意識を地上に向ける。
耳を澄ますも、異常は感じ取れなかった。
シュウスケは一向に姿を現さない。
彼には瞬間移動がある。
今までの出来事を考慮すると、いきなりこの部屋にいてもおかしくなかった。
アリスが安全と断言しただけあって、今のところは平穏が保たれている。
油断はできないが、相応の対策が為されているようだ。
「ハリマ・シュウスケを警戒しているの?」
顔を上げたアリスが俺に尋ねる。
あまり分からないようにしていたつもりだがバレていたらしい。
俺は肩をすくめて苦笑する。
「安全だと言われても、気になってしまうのさ」
「それは仕方ないわ。相手が悪すぎるもの」
アリスは冷静に述べた。
実際、その通りだ。
いつどこから現れるか分からない敵というのは、かなり神経をすり減らす。
正直、かなり面倒な部類だ。
かと言って正面戦闘でも敵うか怪しい。
海に飛び込む際はポーション爆弾を使って運よく逃れられたが、もう同じ手は通用しないだろう。
殺すにしても、何らかの特殊な手段を考えなくてはならない。
「でもきっとジャックさんなら勝てるわ」
「何か根拠はあるのかい?」
俺は問いかける。
アリスはじっと俺の目を見て答えた。
「今までもあなたは召喚者を倒してきた。その事実だけで十分じゃないかしら」
それを聞いた俺は、思わず手を打って笑った。
素晴らしい回答だ。
非常に俺好みの返しである。
「ハッハ、最高だな。反論できやしない」
俺は木製のグラスを手に取る。
中には水が入っている。
氷が浮かんでいるので冷たい。
アリスが魔術で生成したものである。
俺はそれを彼女の持つグラスに軽く打ち当てた。
ガラス製ではないので良い音は鳴らない。
アリスはグラスを見て首を傾げる。
「……今のはどういう意味かしら」
「気にすることはない。ただの景気付けさ」
俺は笑いながらグラスの中身を飲み干した。




