第172話 爆弾魔は調合する
俺は石造りの暗い廊下を走る。
前方に三体の黒いゴブリンが立ちはだかっていた。
ゴブリン達はこちらを指差して何か喚いている。
「何言ってんのか分かんねぇよッ」
俺は飛び膝蹴りで一体の顔面を粉砕した。
その勢いで前転着地を決める。
流れるような動きで、両腕に握る鉄格子を突き出した。
左右の先端、二体のゴブリンの喉を貫通する。
うなじまで突き破る感覚があった。
喉を貫かれたゴブリン達は、血を吐きながら白目を剥く。
俺が鉄格子を手放すと、そのまま痙攣しながら崩れ落ちた。
三つの死体をよそに俺は再び疾走する。
『次を右よ』
「了解」
アリスの指示通りに廊下を曲がる。
彼女は俺の身体を媒体に魔術を起動させていた。
それによってこの地下空間の構造を把握しているのだ。
俺はアリスのナビゲーションに従うだけなので簡単なものであった。
『……のさ……ま、く……が……』
「なんだって?」
『……この先、に魔力……応よ。魔道……それに類……ものね。魔力……給できる……ずよ』
アリスの声にノイズが混ざり始めている。
だんだんと聞こえづらくなってきた。
念話が途切れかけているのだ。
俺が魔力を持たないのが原因だろう。
魔術契約による繋がりはあるが、それにも限界がある。
何らかの手段で魔力を補給しなければ、念話を維持できないのだ。
俺はその補給手段を脱出と並行して探している。
通路を右に曲がった先には部屋があった。
机と薬品棚がスペースの大半を占めている。
薬品棚には、ガラス瓶に入ったポーションが保管されていた。
俺はそれらを机に出していく。
「薬品室のようだ」
『……魔力回復……ある?』
「ちょっと待ってくれ」
俺はポーションに貼られたラベルを睨む。
小難しい名称だけ記載されており、肝心の効能が分からない。
「残念だが俺じゃ知識不足らしい。ラベルの名称を順に読んでいく。判別はアリスに任せる」
『ええ、任せて』
俺は手当たり次第にラベルの内容を音読していった。
内容や効能など俺には分からない。
そういった部分はアリスに丸投げである。
カラフルなポーションは、ショッキングカラーや原色ばかりだった。
どれだけポジティブに考えても、健康に悪そうである。
飲みたいといえば嘘になるだろう。
『ポーション……種類……把握……たわ』
「どれを飲めば魔力をチャージできるんだ?」
『全部よ。大半……毒……含有する……魔、力を補給でき……ジャックさんの……ならきっと、平気だから』
アリスは少しの罪悪感もなく述べる。
途切れ気味だが、なんとなく意味は理解できた。
ここにあるポーションの大半が毒だが、魔力を補給できるから飲めと言っているのだ。
なかなかに躊躇いがない。
さすがの俺も、目の前のポーションを眺めて呻く。
「……マジかよ」
『早くし……と念話……が、切……から』
「オーケー、飲むさ。飲めばいいんだろ」
ノイズが酷くなってきたアリスの声を聞いて、俺はポーションを呷った。
その途端、強烈な苦みが襲いかかってきた。
吐き出したくなるのを何とか我慢する。
嚥下と同時に、チリチリと喉に痛みが伝わってきた。
しかしすぐに消える。
再生能力が働いたのだろう。
俺はすぐさま二本目を手に取る。
今度は消毒液そのものの味がした。
舌が全力で拒否している。
それでも何とか飲み干した。
続けて他のポーションも次々と呷っていく。
計十本を完飲したところで、俺は手を止めて深呼吸をした。
気持ち悪いし頭がぐらぐらする。
吐きそうになるのを堪えた。
せっかく取り込んだ魔力が出てはいけない。
『大丈夫?』
「ああ。これより酷い酒を飲んだことがある」
気遣うようなアリスの声に、俺は背筋を伸ばして応じる。
彼女も俺に嫌がらせをしたいわけではない。
この場における最適解を提示しただけなのだ。
努力の甲斐もあって、念話のノイズは綺麗に除去されていた。
『魔力は補給できたようね。でも安心しないで。あなたの身体は魔力を蓄積できていない。補給した分もすぐに無くなるわ』
「分かった。とっとと脱出するよ。ただ、その前に少し準備をする」
俺は残るポーションを掴み取ると、それぞれを混ぜ合わせて空瓶に注ぐ。
種類や分量なんて関係ない。
第六感に任せてミックスし、仕上げにコルクで蓋をする。
その作業を何度か繰り返すことで、発光するポーションをいくつか作成した。
俺はポーションを持ち上げて揺らす。
いい具合だ。
瓶が割れた瞬間にドカンと炸裂しそうであった。
『この感じ……まさか』
「即席の爆弾だ。こういう時にもスキルが役立ってくれる」
たとえいい加減な配合だろうが、俺の【爆弾製作 EX++】があれば自動的に完成する。
そういう効果だから、物理法則なんて関係ない。
薬品なんて打ってつけの材料だろう。
おかげで爆弾を補充できた。
こいつは強力な武器になってくれる。
俺は部屋にあった適当な布を結んで袋状にして、出来上がったポーション爆弾を詰め込んでおいた。
乱暴に扱うと割れそうなので慎重に収納した。
使う時も気を付けなければ。
『先に言っておくけれど、寄り道して爆破するのは無しよ』
「――ああ、分かっているさ。いや本当に」
俺はアリスからの忠告に応じる。
正直、ちょっとくらい吹き飛ばしてやりたいが、さすがに優先順位は理解している。
燻る衝動を抑えつつ、俺は薬品室を後にした。




