第168話 爆弾魔は召喚者の謎を訝しむ
俺は魔槍を構えたまま呟く。
「ハリマ・シュウスケ……」
「憶えてくださり光栄です。ジャック・アーロンさん」
シュウスケはまったく光栄に思っていない顔で言う。
言葉にまるで心がこもっていない。
本音でないのは明白であった。
しかし、彼の態度よりも大きな問題が存在する。
(こいつ、どこから出てきやがった……?)
俺は辺りに意識を向ける。
近くの森には、隠れられる場所がそれなりにある。
しかし、気付かれずに俺の背後に立てるかは話が別だ。
俺は決して油断していなかった。
接近された時点で察知できたはずなのだ。
それだというのに、シュウスケは当たり前のように背後を取ってみせた。
声をかけられるまで気付かないなどありえない。
いきなりその場に現れたかのようであった。
「…………」
俺はアリスとアイコンタクトを交わす。
アリスは小さく首を振った。
彼女もシュウスケの接近に気付けなかったらしい。
つまり彼は、魔術的な隠密能力で誤魔化したわけではない。
別の手段で接近してきたのだ。
可能性が絞られたことで、余計に謎が深まる。
「素敵な車ですね。これで逃走していたのですか」
こちらの内心をよそに、シュウスケは呑気にゴーレムカーのボディを撫でる。
多少の関心があるようだが、それも微々たるものである。
あくまでも世間話のために口にした程度だった。
俺は魔槍の穂先をシュウスケに向けた。
「汚い手で愛車に触るなよ。マナー違反だぜ?」
「これは失礼しました」
注意を受けたシュウスケは、あっさりとゴーレムカーから離れる。
踏み込めば刺し殺せる距離だ。
しかし、彼に動揺は見られない。
恐ろしいほどの冷静さを保っている。
実は中身がロボットと言われれば信じてしまうほどだ。
俺は魔槍を下ろさず、シュウスケに問いかける。
「世界中に注目される有名人が何の用だ?」
「賢明なあなた達なら、察知が付くのではないですか」
「俺のファンじゃないってことだけは確かだな」
鼻で笑いながら返すも、シュウスケは微塵も表情を変えない。
「愉快な冗談ですね。流石です」
「あんたの顔ほどじゃねぇさ」
皮肉を投げても、やはりシュウスケはノーリアクションだった。
とんでもなくつまらない男である。
果たして彼が笑うことはあるのだろうか。
その時、シュウスケがおもむろに手を差し伸ばしてきた。
何かするのかと思いきや、どうやら握手を求めているようだった。
「ジャック・アーロンさん。よろしければ私と手を組みませんか」
「……なんだって?」
彼からの提案に、俺は思わず顔を顰める。
聞き間違いかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
シュウスケは本気で言っている。
こいつは頭がおかしいのか。
俺がそう感じるということは相当なヤバさだろう。
涼しい顔とは裏腹に根本がぶっ飛んでいる。
「私はあなたと協力がしたい。そのためでしたら、可能な範囲で条件を呑みましょう」
「じゃあ、あんたの顔面に鉛玉をぶち込ませてくれよ。そしたら喜んで握手をしよう。馴染みのバーで悩みを打ち明けるような仲になってもいいぜ」
俺は魔槍を回しながら答える。
シュウスケは穂先を一瞥して首を振った。
「さすがにそれは了承しかねますね」
「ははは、だろうな。というわけで交渉決裂だ」
俺は魔槍を持ったまま一歩進む。
穂先がシュウスケの首元に添えられた。
「――俺の命を世界中に狙わせるような奴と手を組むわけがないだろ? 寝言は寝て言えよ」
「そうですか。残念です」
シュウスケはやはり動じずに言う。
俺が少し腕を引くだけで、頸動脈が切り裂けるというのにまるで気にしていない。
彼は冷め切った双眸を俺に向けた。
「私はあなたを殺さなくてはなりません」
「奇遇だな。俺もだよ」
「……あなたに私は殺せませんよ。能力に格差がありますから」
シュウスケはこちらの言葉を淡々と否定した。
決して虚勢ではない。
事実を述べているだけといった口ぶりであった。
どこまでも相手の神経を逆撫でする野郎だ。
俺は魔槍を突き付けながらシュウスケに告げる。
「今までその格差とやらを覆してきたのさ。お前で六度目になる」
「そうですか。楽しみにしております」
シュウスケは形ばかりの返答を以て頷く。
その姿はあまりにも隙だらけだった。
こちらの攻撃に対処できるとは思えない。
どこからどう見ても、無防備な自然体である。
(――行けるか)
シュウスケの様子を見て、俺は瞬時に判断する。
このまま無意味な会話を続けてもつまらない。
何より今の状況は殺害のチャンスだ。
不意を突かれたとは言え、俺が有利なことに変わりはない。
決心した俺は、シュウスケの首に当てた魔槍を一閃させた。




