第160話 爆弾魔は相棒と共に出発する
サブマシンガンとショットガンを携えた俺は、目的の部屋の扉を蹴り開いた。
待っていたのは澄まし顔のアリスだ。
「あら、ジャックさん。お疲れみたいね」
「そうでもないさ。オフィスのあちこちに暗殺者が大量発生しただけだ。大したトラブルでもない」
この部屋に来るまでに、俺の命を狙う輩が数十人ほどいた。
どいつもここで働いていた職員である。
だいたいが他国のスパイだろう。
驚くほど紛れ込んでいた上、行動が早すぎる。
たぶん一国の仕業ではない。
複数の国がスパイに命令を送って俺を暗殺しようとしたに違いない。
はっきり言って迷惑すぎる。
おかげで大量殺人を行う羽目になってしまった。
また一部はスパイではなく、正義感から俺を殺そうとしたのだろう。
俺が死ぬことで魔王を封印するとシュウスケが発表したからである。
たった一人の人間の命で魔王を止められるかもしれないのなら安いものだ。
そんな善人気取りもいたかもしれないが、等しく殺してやった。
道中のフロアでは、無関係な部下が死体処理と消火活動に追われている頃である。
彼らには迷惑料を兼ねてボーナスを出さねばいけない。
協力者には惜しみなく金を出すスタンスだ。
アリスの私室に入った俺は、足で扉を閉める。
「ところで、さっきの映像は見たか?」
「ええ。旧魔族領に潜伏していたのなら見つからないのも当然ね。あそこは隔離された汚染地帯だから盲点だったわ」
アリスは悔しそうに述べる。
世界地図で旧魔族領の位置は知っているが、かなりの辺境だ。
海を渡ったその先にあり、どこの国とも隣接していない場所である。
瘴気という有毒物質が蔓延する地域ということで、あまりにも劣悪な環境だった。
潜伏先から外すのも理解できる。
俺もシュウスケがここにいるとは考えていなかった。
ミハナやトオルのように、どこかの国の重鎮になっているものかと思っていたのだ。
「でも、標的が見つかって良かったわね」
「まったくだ。おかげで殺しに行けるってもんさ」
俺は笑顔で頷く。
向こうの思惑がどうあれ、手かがりが得られたのは良いことだ。
捜索に難航していたこの半年を考えれば上出来であった。
俺は銃のリロードを済ませる。
ここに来る途中、武器庫に寄ってきたので予備弾薬には余裕がある。
底を尽きそうになったら奪えばいい。
まだまだ暴れまくるつもりだった。
「今すぐに出発するの?」
「ああ。ここにいると部下に殺されかねないからな。大丈夫そうか?」
「問題ないわ。世界核爆弾の設計図と重要部品はもう用意してあるから。他は代用可能よ。材料さえ揃えれば、どこでも製造できるわ」
アリスはテーブル上に並んだ資材を指し示す。
これらの詳細は不明だが、彼女が問題ないと言うのだから問題ないのだろう。
難しいことは専門家に任せるのが一番だ。
俺はそのサポートに徹すればいい。
アリスは壁のボタンを押した。
すると、モーター音がして壁の一部がスライドして格納される。
その向こうから現れたのは、我らがゴーレムカーだ。
この半年で無数のアップグレードをしており、様々な新機能を搭載している。
アリスが知識と技術を惜しみなくつぎ込んでいるから当然だろう。
大量の武器や便利アイテムも常備しているため、どのような状況にも対応できるスーパーマシンと化していた。
俺とアリスは、資材を後部座席へと運び込んでからゴーレムカーに乗り込む。
それぞれの座る席は変わらない。
俺がハンドルを握り、アリスはその隣だ。
「まずは旧魔族領に向かう。シュウスケの野郎を殺しに行くぞ」
「分かったわ」
エンジンを作動させたその時、部屋の扉が爆発した。
室内へ侵入してきたのは、武装した部下達だ。
ボディアーマーを着けているので戦闘部隊の連中だろう。
彼らは銃を構えてゴーレムカーの前に立ちはだかる。
「ははは、随分と騒がしいノックだ。これが最近のマナーか?」
苦笑する俺は、二連続でクラクションを鳴らす。
部下達は動かない。
険しい顔で銃を構えるばかりだった。
まったく、どうしようもない連中である。
俺は嘆息しつつ、運転席のあるレバーを動かした。
ボンネットから五本の銃口がせり出す。
「お前らは全員解雇だ」
そう告げながらレバーのボタンを押し込む。
マズルフラッシュと共に銃声が響き渡り、部下達が弾丸に引き裂かれた。
室内に肉片がぶちまけられる。
生き残りなどいない。
全員が即死だ。
どいつも蜂の巣以上の惨状で、元の人相なんて分かったものではなかった。
ボタンから指を離した俺は、取り出した煙草をくわえた。
ライターで火を着けて紫煙を味わう。
「幸先のいいスタートだな、本当に」
「同感よ」
アリスは俺の口から煙草を掠め取ると、それをくわえて煙を吹かした。
軽く咳き込むも、以降は平気そうにしている。
彼女は横目で俺の反応を窺ってきた。
「……ふふん」
大きな変化はないものの、その顔はどこか嬉しそうだ。
よく分からないが、彼女の琴線に触れたらしい。
乙女心というやつは複雑だ。
俺は肩をすくめて笑った。




