第16話 爆弾魔は竜と対決する
俺はすぐさまバック走行を開始する。
数秒後、アリスがゴーレムを操作して車体上部を反転させた。
一瞬での方向転換を経て、アクセル全開で走り出す。
俺はサイドミラーで後方を確認する。
蒼いドラゴンは咆哮を上げていた。
落雷のような大音量である。
空気が振動し、鼓膜が破れそうだった。
ほどなくしてドラゴンは、こちらへと駆け出す。
一歩一歩が地面を揺らしていた。
その光景に俺は思わず大笑いする。
「ファンタジーと言えばドラゴンか! そりゃそうかっ!」
俺は窓からライフルを出して発砲する。
弾丸は鱗に弾かれた。
少しの傷も付けられていない。
それも当然か。
あの巨躯からすれば、まさに豆鉄砲に等しい。
大した痛みもないだろう。
一方、翼で急加速したドラゴンは、おもむろに前脚を振るってきた。
人間サイズの爪が迫る。
俺は寸前でハンドルを切って回避を試みた。
「うおっと」
車体後部から破壊音がした。
大きな揺れを伴って車体が傾きかける。
俺はハンドルを切って、なんとか水平を保った。
横転を免れたことに安堵して、額の汗を拭う。
「危ねぇ……」
「後部のゴーレムが破損したみたい。命令の効きが悪いわ」
「最高だな。涙が出そうだ」
会話をしている間に、再び爪が襲ってきた。
俺はアクセルをベタ踏みしつつ、ハンドルを回して爪の軌道から逸れるように動く。
今度は回避に成功した。
爪が地面を抉るのを目撃する。
あれがゴーレムカーに直撃した日には、相当なダメージを覚悟しなければいけないな。
命中しないようにしなければ。
そんな俺の決意とは裏腹に、ドラゴンは執拗に追いかけてくる。
諦める気配はない。
何が奴を駆り立てるのか。
俺は躊躇わずに舌打ちする。
「……ったく、ロマンチックなドライブデートだぜ」
サイドミラーに映るドラゴンを睨みつつ、俺は周囲の状況を観察する。
左右の森へ逃げるのは危険だ。
木々のせいで思ったようにスピードが出せない。
しかし、ドラゴンはあの突進力で木々を薙ぎ倒せる。
たちまち追いつかれてしまうだろう。
現状、川沿いを逃げながら、折を見て迎撃するしかない。
ドラゴンの爪は、ゴーレムカーの装甲を破壊し得るものだ。
この時間が長引くほど損傷が大きくなる。
故障なんてすれば、森の中で立ち往生すること間違いなしだ。
俺は助手席のアリスに視線を移す。
「危険地帯には、俺が倒せそうなモンスターしかいないと聞いていたが?」
「竜だけは別。まさかこんなところで遭遇するなんて……とても不運だったみたいね」
「ハッハ、わざわざ会いに来てくれたってか。嬉しいね。記念写真でも頼んでみようか」
俺は運転席側のドアを開けて、車外へ身を乗り出した。
脚を座席に引っかけて落ちないようにする。
その状態から、弓と爆弾矢を掴み取った。
「自動運転だ。制御は任せる」
「うん、分かったわ」
俺は爆弾矢に着火して、素早く弓を構える。
騒々しい音を立てながら接近するドラゴンと視線を合わせた。
振動の絶えない中、極限まで集中する。
狙いのブレが小さくなるまで待つ。
そして絶好のタイミングが到来した瞬間、目を見開く。
「――くたばれトカゲ野郎」
俺は静かに矢を放つ。
渾身の一射は、ドラゴンの片目に命中した。
同時に爆発が起きる。
ドラゴンの咆哮を夜空を打つ。
思わず顔を顰めるほどのボリュームだ。
立ち込める爆炎と黒煙がドラゴンの顔面を覆い隠す。
その動きは明らかに減速していた。
「お、やったか?」
俺は期待を抱いて様子を見守る。
数秒後、ドラゴンが首を振って黒煙を晴らす。
矢の命中箇所のうち、周辺の鱗が軽く焦げていた。
しかし、それだけだ。
失明にすら至っておらず、少し火傷を負わせた程度だった。
ドラゴンは怒りの叫びを轟かせると、加速を再開する。
「畜生、ふざけた硬さだ!」
俺は再び爆弾矢を放つ。
今度はドラゴンの片脚に命中した。
少しばかりスピードを落とすも、やはり大したダメージにはならない。
ドラゴンを苛立たせるだけに終わっている。
「今日ほどロケットランチャーが欲しかった時はないなッ!」
「竜は鱗に天然の防御魔術を張っているの。生半可な攻撃は通用しないわ。私の付与魔術付きの爆弾矢でも、焦げ付かせるのが精一杯のようね」
「あぁ、そうかい! ためになる解説をありがとうよ!」
俺は弓を車内に投げて、代わりに各種爆弾を手に取る。
爆弾矢はサイズの都合上、威力が低くなっている。
アリスが魔術で強化しても限度があった。
それでドラゴンに効かないのならば、さらに高威力の爆弾を使うまでだ。
俺は都市一つを消し飛ばした爆弾魔。
図体がデカいだけのトカゲに負けるわけにはいかない。
ここで意地と底力を見せてやろう。
ドラゴンが前脚を掲げる。
爪による攻撃の予備動作だ。
俺は爆弾の一つを掴む。
すぐに爆発するよう、根元付近に火を点けた。
振り下ろされるドラゴンの前脚を狙って、爆弾を投擲する。
爆発は前脚を直撃して、爪の軌道が僅かにずれた。
爪が地面を削り、紙一重でゴーレムカーには当たらない。
ただし、抉られた地面から石の礫が飛んできた。
俺は腕を交差して顔面をガードする。
鈍い痛みが連続して身体を叩いた。
車両の装甲にも礫が当たって金属音を鳴らす。
礫の雨を凌いだ俺は、依然として追跡してくるドラゴンを睨む。
「クソッタレ。滅茶苦茶しやがって……」
攻撃をやり過ごすだけでこの始末だ。
反撃に転じる余裕すらない。
否、そもそも有効な反撃手段があるのか疑問だった。
だが、やられっぱなしというのは癪だ。
誰であろうと俺をコケにするのは許さない。
たとえ巨大な竜だろうと同様である。
未だ無傷同然のドラゴンが、今度は首を伸ばして口を開いた。
びっしりと生えた牙が露わになる。
こちらの攻撃が効かないと悟って、ゴーレムカーを豪快に食い破るつもりらしい。
とことん舐められている。
俺はさらなる殺意を覚えた。
手元の爆弾から一つ選び、着火する。
そして、開いたまま迫るドラゴンの口へシュートした。
「ほら、餌だ! たんと食いやがれ!」
爆弾はドラゴンの舌に落下して、喉奥へと転がっていく。
ほどなくして破裂音が響き、ドラゴンが赤い煙を噴出し始めた。
煙は濛々と充満していく。
異変を感じたドラゴンは絶叫する。
地団駄を踏んで酷く苦しんでいる様子だった。
鼻や口から煙が漏れ出ている。
追跡速度も下がっている。
「催涙弾のお味はどうだ? 気に入ったのならレシピを教えるよ」
絶叫するドラゴンを嘲笑いながら、俺は火炎瓶タイプの爆弾にも着火した。
それを赤い煙を出し続けるドラゴンの顔面に投げる。
すると引火と同時に追加の爆発が発生した。
堪らずドラゴンは転倒してのたうち回る。
ゴーレムカーとの距離がどんどん遠ざかっていく。
「ざまあみろ! これが人間様の実力さ」
「ジャックさん。勝ち誇っている場合じゃないわ」
喝采を上げる俺の横で、アリスが前方を指差す。
俺はそれに従って視線を移動させる。
前方三十ヤード先で、川が途切れていた。
それより向こうが見えない。
たぶん滝のような高い段差になっているのだろう。
「大規模な地割れがあったみたいね。知らなかったわ」
「素晴らしいな。俺達はどこまでも幸運らしい」
俺は吐き捨てるように言いつつ、車内に戻ってハンドルを握る。
サイドミラーを見ると、ドラゴンは起き上がっていた。
早くもこちらを目指して飛行を始めている。
まずい。
面倒なことになった。
さすがに滝壺へダイブするのは論外だろう。
すぐにでも曲がって森へ飛び込まねば。
木々が遮蔽物となってドラゴンを撒けるのを祈るしかない。
その時、咆哮と共に頭上からドラゴンが降ってきた。
苦痛を味わったせいか、今度は本当に容赦がないスピードである。
徹底して俺達を逃がさないつもりらしい。
すぐ後ろから爆発に似た音が聞こえてきた。
爪が車体後部のルーフを貫通している。
先端が車内の荷物を粉砕していた。
「……やりやがったなクソッタレ」
俺はハンドルを叩く。
制御が利かない。
後部にかかる爪のせいで、前輪が浮かんでいるようだ。
刺さったままの爪が、車両の動きを阻害している。
微妙に傾いたゴーレムカーは、火花を散らしながら猛スピードで直進していく。
アリスが難しい顔をする。
「駄目ね。ゴーレムを変形させてみても止められないみたい。おまけに後部の何体かは、核を潰されて機能を停止しているわ」
「そいつは悪い報せだ」
俺はそう言いながらドアを開けて車外へ出て、ゴーレムカーの上に登った。
腕まくりをして立ち上がる。
視線の先には、翼をはためかせて飛行するドラゴンがいた。
前脚の爪を車両に刺している。
非常に腹立たしい上に悔しいが、こいつには武器が通用しない。
ならば最終手段だ。
俺は拳を握り締めて引き、爪に向かって全力で叩き込む。
「オラァッ!」
小気味のいい音をさせながら、俺の拳は爪を粉砕した。
ドラゴンが喚き立てる。
さすがに今のは痛かったのか、上空へと離れていった。
高レベル補正を信じてみたが、見事に成功した。
帝都で得た常識外のレベルはドラゴンをも傷付けられるらしい。
退散したドラゴンは、視界から一目散に消えていく。
戻ってくる気配はない。
俺はひとまず安堵する。
そのまま腰を落ち着けようとしたその時、車内からアリスの大声が発せられた。
「ジャックさんっ、落ちるわっ」
俺は前方を振り向く。
ちょうどゴーレムカーが空中へ飛び出すところだった。
強い浮遊感。
車体が前傾して、垂直落下を始める。
滝壺へと真っ逆さまに吸い寄せられていく。
(――あ、しまった)
ドラゴンの迎撃に夢中になりすぎた。
そんな後悔も既に遅い。
俺は目を閉じると、衝撃に備えてゴーレムカーにしがみ付くのであった。




