第155話 爆弾魔は相棒の提案に魅せられる
俺とアリスは私室を移動し、盗聴防止の細工が施された部屋を訪れた。
室内には僅かな事務用品しかない。
基本的には使用禁止で、よほどの密談をする際にしか使われないためである。
「念のために仕込んでおくわ」
「任せたよ」
部屋に到着した途端、アリスが何重もの結界を張り始める。
薄いフィルム上の結界が、室内を完璧に囲っていた。
元の細工に加えて、アリスまでもが魔術で盗聴を防いだ。
控えめに言っても、かなり厳重な準備だろう。
今から二人で話す内容は、第三者には絶対に聞かせられないということだ。
アリスが胸中に抱えていた悲願――世界滅亡に関するのだから、妥当な処置だと思う。
彼女はホワイトボードもどきの前に立った。
俺はその向かい側に並んだ席の一つに座る。
「順を追って図説していくわ。分からなかったら教えて」
「了解だ、先生」
俺は少しおどけた口調で応じる。
懐かしい感覚だ。
学生時代を思い出す。
あの頃は半ズボンを穿いていたし、髭もまだ生えていなかった。
チャイムと同時に校庭へ飛び出したものだ。
まあ、当時はそこまで物騒な内容ではなかったが。
授業では世界滅亡の方法なんて教わらなかった。
我ながら危険な人生を渡り歩いていると思う。
俺がノスタルジックな思考に浸っていると、アリスはいつもの調子で話を切り出した。
「まず結論から述べると、この世界の中枢機能を担う存在――世界核を破壊することにしたわ。別の案も考えたけれど、この方法が一番確実みたい」
「ハハッ、いきなりぶっ飛んでやがるな。マジでやるつもりかい?」
「まじ、よ」
思わず笑う俺に、アリスは淡々と反応する。
冗談は通じない雰囲気である。
ちゃんと話を聞いた方が良さそうだ。
それにしても世界核とは、初めて聞いたワードだった。
詳細は知らないものの、その響きでおおよその意味は分かる。
すなわち世界の心臓ということだろう。
都市核とはわけが違う。
この世界には、そういった代物が存在するらしい。
「世界核の破壊は、基本的には不可能なの。正確な座標も分からない上に、破壊方法も不明だから。前提条件として、この二つの問題を突破しないと話にならないわ」
「それが判明したというわけか」
「ええ、そうよ。座標の特定にはかなりの時間がかかったわ。今朝、ようやく割り出せたところなの。確認作業も済んでいるわ」
「執念だな。リスペクトするよ」
目の下にうっすらとクマを浮かべたアリスに、俺は軽く拍手をする。
エウレア関連の仕事の合間で、彼女は研究に没頭していたようだ。
研究自体は知っていたが、まさかここまでの進捗具合だとは思わなかった。
本気で世界を滅ぼすつもりだからできることだろう。
彼女なら、きっと躊躇いなく成し遂げる。
何かと忘れがちだが、アリスは芯の通った狂気を持ち合わせている。
「世界核の場所の特定。それができたのは分かった。だが、どうやって破壊するんだ。そこが肝心だろう」
俺は脳内の情報を整理しながら質問する。
世界核などと言うくらいだから、そう簡単には壊れないはずだ。
そうでなければ、とっくに世界は滅んでいる。
かと言って、アリスが見栄を張って嘘をつくこともない。
彼女は常に正直だ。
下手な誤魔化しはせず、ただ真実だけを口にする。
そんな彼女が破壊方法を見つけたと言ったのだ。
おそらくは高確率で成功するものと思われる。
質問を受けたアリスは、おもむろに指を差す。
彼女の示す先には、俺が座っていた。
「そこであなたの出番よ、ジャックさん」
「おっと、まさか……」
話の流れで察する。
ここで分からないほど鈍くはない。
俺の出番と言われれば、やることなど一つしかなかった。
答えを聞く前からなんとなく確信してしまう。
案の定、アリスはこくりと頷いた。
「そのまさかね。あなたのスキルを使って、世界核を爆弾にしてしまえばいいのよ。そして起爆する」
「世界を爆弾にして、起爆……」
ドクン、と鼓動が高鳴る。
呼吸が浅くなり、自然と口角が吊り上がっていく。
喉奥から笑い声も洩れていた。
自ら口にした言葉に魅力を感じてしまったのだ。
気分はひどく高揚し、まるで酩酊しているかのような感覚に陥っていた。
それも悪くない気分だった。
ともすれば小躍りしたくなる。
世界そのものを起爆。
それはとんでもない偉業だ。
誰にも到底真似できない。
爆弾魔を名乗る者として、これほど名誉なことはないだろう。
思考が警鐘を鳴らしている。
しかし、これは理性で考えるべき問題ではない。
本能的な欲求だ。
ダイレクトに刺激されては、ちっぽけな理性で抗えるはずもない。
――アリスの大胆な提案を前に、俺は断る道理を持たなかった。




