第15話 爆弾魔は災厄と遭遇する
日没後、俺達を乗せたゴーレムカーは、森の中を縦断する渓谷地帯を進んでいた。
危険を考慮して野営はしない。
辺りには魔物が跋扈しているのだ。
実際、蟷螂を爆殺してからも多種多様な魔物と遭遇した。
ゴブリンと呼ばれる小鬼や、爆破の直撃を受けても突進を止めない猪、近付くと蔦を伸ばして絡み付いてくる肉食の植物、高速回転で飛来する亀などモンスターのパレードである。
捕獲してサーカスでも開けば一儲けできそうだ。
もちろんそんな生物と遭遇する環境では、おちおちキャンプなどできない。
ゴーレムカーは空気中の魔力を燃料に移動でき、自動運転も可能だ。
どこかで止まる必要もないため、走り続けることになった。
車両前部のヘッドライトが夜闇を切り裂く。
現在は川辺に沿って走行していた。
月明かりのおかげで、周囲は朧げながらも見える。
左右の森は完全なる暗闇に包まれていた。
さすがにあの中を進むのはリスクが高い。
川沿いに進むとエウレアへの最短距離になるのが幸いだった。
俺は車内で口笛を吹いている。
手元にはライフルと弓矢があった。
窓を開けて、いつでも攻撃ができるようにしている。
魔物は神出鬼没だ。
アリスによれば、ゴーレムカーの装甲を破壊できる個体も珍しくないらしい。
改めて過酷な世界だと思う。
まさに弱肉強食である。
ちなみに道中の戦闘を経て、アリスはレベル28になった。
元がレベル21なのでたった7だけかと思ったが、一般的にはかなりの急上昇らしい。
彼女には魔術による補助ばかりを任せていたものの、それでも十分に経験値が入っていたようだ。
アリスが自衛できるようになるのは良いことである。
俺は彼女をお姫様扱いする気はない。
あくまでも利害の一致したパートナーだ。
なるべく守るつもりでいるが、何事にも不測の事態はつきものである。
俺のフォローなしでも生存できるのがベストだった。
(護衛ミッションは不得手なんだがなぁ……)
内心で愚痴りつつ、俺は腕組みをして外の景色を眺める。
とても静かだった。
ハードロックは街を出た頃から消したままだ。
あんな大音量を垂れ流しにすれば、たちまち魔物を呼び寄せてしまう。
しかし、こうも静寂が続くと眠たくなってくる。
だからと言って、大人しく眠るわけにもいかない。
いつ魔物の襲撃があるか分からない以上、常に気は張っておくべきだろう。
仮眠はせめて夜が明けてからだ。
欠伸を漏らす俺は、ふと助手席のアリスを見る。
彼女は俺の作った爆弾に魔術的な細工をしていた。
威力向上だけでなく、属性とやらの付与も兼ねているらしい。
これで物理破壊の効きづらい相手にも、爆弾が通用するようになるのだという。
一応、誤作動による爆発が起きないようにだけ注意しているが、今のところはそういった予兆もない。
アリスも手練れの魔術師だ。
俺が心配することはなさそうであった。
アリスが作業を中断したタイミングを見計らい、俺は話題を振る。
「ところで、世界滅亡の方法は決まったのかい?」
「いいえ、まだよ。世界を確実に滅ぼすのは、とても難しいから。神代の戦争すら、人類史を断絶できなかったのがいい証拠ね。脆いようでしぶといの」
アリスは悔しそうに語る。
本気で世界を滅ぼしたいようだ。
やはり狂っている。
「世界滅亡か。そんなことを企てたこともなかったな」
俺はしみじみと考える。
アニメやマンガでしか聞かないような言葉だ。
それを目標とする人物に出会い、俺自身が加担する日が訪れるとは夢にも思わなかった。
思えば遠い世界へ来たものである。
アリスは、俺のスキルが役に立つと考えている。
しかし、世界滅亡など実際に可能なのか。
都市一つを消し飛ばすのとは規模が違う。
常軌を逸した行為であるのは確かであった。
ただ、興味はある。
爆弾魔としての本能だろう。
世界を滅ぼせる爆弾を見てみたかった。
それで俺が死ぬのなら嫌だが、発動前に元の世界へ帰還するつもりなので何らデメリットはない。
まあ、帰還までの暇潰しとしては上等に違いない。
アリスと協力関係を結ぶことで、俺の目的達成にも近付けている。
悪いものではない。
「いくつか案があるから、各地を旅して実験をしたいわ。ジャックさんにはたくさん手伝ってもらうことになりそうね」
「気にすんな。それはお互い様だ。そうそう、世界滅亡も大事だが、送還魔術のことも考えてくれよ? 俺にとっては死活問題なんだ」
俺がそう言うと、アリスは唇に指を当てて微笑する。
彼女はこちらを見透かすような目をしていた。
「もちろんよ。疎かにしていたら、ジャックさんも私に協力してくれないでしょう?」
「ああ。俺は軽んじられるのが大嫌いでね。協力しないどころか、ちょいと酷い目に遭わせちまうかもなぁ」
俺はライフルを撫でながら口角を上げる。
目は笑わず、じっとアリスを見つめた。
車内に漂う沈黙。
たっぷり十秒ほどを置いて、俺は肩の力を抜いた。
「――冗談だ。俺は女子供に優しいからな。良心が咎めて何もできやしない」
「明らかに冗談ではなかったけれど……まあいいわ。私はあなたを裏切るつもりはない。これからもよろしくね」
「こちらこそ。頼りにしている」
そう言って握手をしようとしたところ、アリスがいきなり片手を掲げた。
手のひらは俺に向けられている。
彼女は何かを期待する眼差しをしていた。
表情の変化に乏しいが、リクエスト内容は容易に察することができる。
俺は苦笑し、彼女の手に自分の手を打ち合わせた。
「ほら、ご希望のハイタッチだ。理由は知らんが」
アリスは考え込んだ後、自信なさげに小首を傾げる。
「協力関係を確認できた記念……?」
「自分で言っておきながら疑問形なのか」
「でも大切でしょう?」
「確かにな」
至極真面目なアリスの姿に俺は笑う。
なんだかんだで打ち解けてきた感じがある。
非常に良い傾向だ。
長期的に協力する関係上、ある程度の信頼は築けた方がいい。
利潤だけを追求しすぎたコンビは、やがて崩壊する。
結局、人間は心を持つ生き物だ。
打算だけでは生きられない。
感情面との兼ね合いが大切である。
「私、ジャックさんがいた世界のお話を聞いてみたいわ。いいかしら?」
アリスが唐突に話題を出す。
それは明らかに雑談の類だった。
平気そうに見えて、彼女も現状を退屈に感じているのかもしれない。
「俺のいた世界か……」
何から話せばいいか迷う。
ネタは尽きないものの、アリスが関心を示すかというのもある。
既に遠く感じる元の世界について考えつつ、俺はなんとなしに車外を眺めた。
そして違和感を覚える。
「ん?」
夜空に黒い影が浮かんでいる。
その影は翼を上下させながら、段々と大きくなっていった。
一直線にこちらへ迫りつつある。
「おいおい、マジか」
俺はブレーキを踏んでゴーレムカーを停車させた。
ライフルを掴んで前方を睨む。
巨大な影は、およそ五十ヤード先に着地した。
腹の底を揺らすような地響き。
背中を冷や汗が伝うのを知覚する。
影はちょっとした旅客機ほどの大きさだった。
見た目を端的に表現するなら、翼と牙を持ったトカゲだ。
月光を反射する艶やかな蒼い鱗。
真紅の双眸がこちらを見下ろしている。
口の中で、炎がくゆるのが覗いた。
「あれは竜――生きた災害であり、この世界における絶対的な捕食者よ。逃げなきゃ不味そうね」
呆然とする俺をよそに、アリスは冷静に述べた。




