第149話 爆弾魔は召喚者の変貌に感心する
「あは、はッ」
アヤメが笑いながら接近してくる。
清々しいほどの直進だ。
姿は変わっても、この辺りは同じである。
「ヘイ、レディー。頭がぶっ飛ぶやつをキメてやるよ」
俺はリボルバーを構え、即座に発砲する。
弾はアヤメの額に命中し、弾頭が皮膚にめり込んだ。
血を滲ませながら潜り込んでいく。
脳漿をぶちまければ、アヤメも一瞬は大人しくなる。
それが狙いだった俺は、銃撃の結果を目にして驚く。
「ワオ、マジかよ」
穿たれた額は、綺麗に塞がっていた。
遅れて彼女の後頭部が弾ける。
弾丸に撃ち抜かれるそばから高速再生していたのだ。
あまりのスピードに、弾が貫通し切る前に治り始めていたのである。
ダメージが与えられていないのは明らかだった。
アヤメはトップスピードを落とさずに迫る。
身体能力も上がっている気がした。
彼女が一気に間合いを詰めると、腕を振り下ろしてくる。
「おっと」
俺は飛び退いて回避する。
その際、腕に痛みが走った。
見れば切り裂かれたような痕がある。
肉も抉られているようだ。
原因はアヤメの爪である。
直前までと長さが違う。
この一瞬の間でさらに伸びたのだ。
だから間合いを見誤った。
(傷の具合は大したことじゃない。それよりも……)
俺は無言で舌打ちする。
アヤメと俺の間には、相当なレベル差がある。
それにも関わらず、彼女の攻撃で負傷した。
本来なら起こり得ないことだが、理由は既に判明している。
大きな変貌を遂げたことで、アヤメの身体能力が飛躍的に向上したのだ。
それによって高レベル補正を持つ俺に追いついてきやがった。
もはや再生能力の次元ではない。
彼女の理性を代償にスキルが暴走している。
ミハナの【未来観測 A+】も最期は限界を超えていた。
この現象は召喚者に許された特権なのだろうか。
まったく、殺し合う身としては嫌になる。
ただ、ここで逃げ腰になることはありえない。
爆弾魔の名が廃るというものだ。
向こうがパワーアップしたのなら、俺はそれ以上の暴力で捻じ伏せるまで。
全力で叩き潰してやる。
「あははっ、あははは! あはははひっ」
アヤメが連続で爪を振るう。
俺はそれを紙一重で躱していった。
少し掠めるくらいなら問題ない。
アヤメほどではないが、俺もスキルによって傷が再生するのだ。
動きが鈍るほどの怪我でなければ無視できる。
アヤメの動きは非常に単調だった。
理性が飛んでいるせいだろう。
獣そのものと評してもいい。
故に攻撃パターンを読むのは簡単である。
体力が持つ限りは、いつまでも回避し続けられるだろう。
急に伸びる爪にだけ気を付けておけばいい。
「そら、俺からの愛だ」
隙を見て繰り出した蹴りが、アヤメの腹にめり込んだ。
衝撃で肉片が飛び散って穴が開く。
しかし、すぐに断面が蠢いて塞がり始める。
それどころか、俺の足を取り込もうとしつつあった。
「おっと、ヤバい」
俺は急いで足を引き抜き、お返しに裏拳を放つ。
裏拳はアヤメの首に直撃した。
頸椎を粉々に砕く感触が伝わってくる。
皮膚が裂けて筋線維が覗いた。
「ア、はっ?」
首が千切れかけたアヤメは、血を吐きながら爪を振るってきた。
俺は上体を反らして避け、その顔面に拳を叩き込む。
アヤメが凄まじい勢いで吹っ飛び、壁に衝突してめり込んだ。
人体の潰れる音がした。
粉砕された壁から濛々と砂塵が舞い上がる。
「……ぁっ、ハハハ」
アヤメは当然のように壁から這い出てきた。
割れた腹から臓腑がこぼれ、全身のあちこちから骨が飛び出している。
甚大なダメージだ。
救急搬送されても助からない状態だろう。
それらが瞬く間に体内へ戻っていく。
まるで逆再生のようである。
アヤメは腕の骨をもう一方の手で掴むと、引きずり出してへし折った。
折られた骨が急速に伸び、長さ五十インチほどで止まる。
あっという間に、先端の鋭利な骨の槍と化した。
(分離した骨が一時的に再生したってことか? 器用なことをしやがる)
骨を引きずり出した箇所は既に塞がっていた。
問題なく動く様子だ。
槍にした分の骨も、体内でしっかりと再生されたのだろう。
「あ、はは、ひひ、アハ、ハ……」
アヤメは昏い笑みを見せながら俺と対峙する。
その手には骨の槍が握られていた。
理性は飛んでいるはずだが、本能的な部分で武器を調達したのだろうか。
俺を殺したいという意志が衝き動かしたのかもしれない。
「素敵な特技を見せてくれてありがとう。投げ銭したいくらいさ」
俺はアヤメに拍手を送る。
言動はどうあれ、そのガッツは素直に評価したい。
気の狂いそうな苦痛を乗り越えて、こうして俺と殺し合っているのだ。
それは紛れもなく彼女自身の強さだろう。
「本当ならハグでもしたいが、それは無理だろう?」
「ひはっ、ハハハはぁッ!」
「オーケー、無理強いはしないさ。セクハラになっちまう」
俺は爆弾を弄びながら笑った。




