第148話 爆弾魔は召喚者の暴走を知る
大量の土砂と岩石が雪崩れ込んでくる。
パワードスーツはその中で手足を動かして、なんとか生き埋めから逃れる。
幸いにも中身は無事らしい。
内部が空だったり、死体が入っていたらどうしようかと思った。
さすがにその展開になったら笑えない。
俺はその手を掴んで引き起こす。
「随分と派手な登場だな。出番が恋しくなったかい?」
軽口で問いかけると、パワードスーツの顔の部分が外れた。
そこから覗いたのはアリスの顔だ。
頬や鼻に細かい傷や痣が付いている。
内部で打ち付けたのだろう。
彼女は申し訳なさそうに俯く。
「ごめんなさい。彼女が暴れ出したの」
「アヤメか」
「ええ。皇帝の埋葬を済ませたら、いきなり襲いかかってきたわ」
アリスが簡潔に事情説明を行う。
襲いかかってきたアヤメと交戦した結果、地面が崩落してこの階層まで落ちてきたらしい。
パワードスーツの性能を以てしても、アヤメの暴走を止められなかったのだ。
なかなかに驚くべきことであった。
(厄介だな。よりによって、このタイミングとは……)
俺は舌打ちしそうな気分になる。
それも無理はないだろう。
まだアヤメを殺害するための準備ができていないのだ。
本音を言うならば、もう少し猶予がほしかった。
アヤメと協力関係を結べていたのは、トオルの殺害という目的があったからだ。
それを果たしたことで、彼女の中の箍が外れてしまったのだろう。
今までは辛うじて会話できていたが、それすらも不可能になった。
想定以上にアヤメは破綻しているようだ。
「かなり急だが、ここで仕留めるのが無難だな。例のアレは用意できるか?」
「できるけれど、少し時間がかかるわ」
「それくらいは俺が稼ぐさ。さっそく取りかかってくれ」
アヤメの殺害には準備が必須だ。
それをアリスに用意してもらう。
俺は囮となって時間稼ぎだ。
得意分野ではあるし、問題はないだろう。
アリスの仕事に比べれば、よほど簡単なものである。
作戦を決めた俺は、崩落した天井をよじ登る。
いくつか上の階層に人の気配があった。
おそらくあれがアヤメだろう。
気配からして、付近を無意味に徘徊している。
アリスを追跡するほどの知能や理性も残っていないのかもしれない。
以前までの彼女でも、獲物を追いかけるくらいの判断はできていたと思う。
「気を付けてね」
「ああ。頼りにしてるぜ、相棒」
俺はアリスに微笑み、上の階層へと移動する。
ひょいひょいと出っ張りを掴んで登っていく。
命綱がないだけで、ただのロッククライミングだ。
これくらいの運動は簡単である。
やがて目指していた階層に到達した。
そこは土の地面と岩の壁に囲われた部屋だった。
辺りには解体された魔物の死骸が散乱している。
少し遠くをアヤメがうろついていた。
彼女は全身が血みどろになっており、髪が不自然に伸びている。
爪も妙に長い。
再生能力が過剰に働いているのだろう。
その姿はまるで化け物だった。
ホラー映画に出てきそうな風貌をしている。
アヤメと知らなければ、誰か分からなかっただろう。
俺はそんなアヤメに声をかけた。
「やあ、ついに理性が壊れたって?」
「あはっ、あはははははははは」
返ってきたのは高らかな狂笑だ。
限界まで見開かれた双眸。
収縮した瞳が、射抜かんばかりの勢いで俺を凝視する。
ちゃりちゃり、と爪同士が擦り合って音を鳴らした。
とてもこちらの言葉が伝わったとは思えない。
ただ声という音に反応しただけといった感じである。
俺はそのリアクションに嘆息する。
「こりゃ駄目だ。レッドラインを越えやがった」
正直、思っていたよりヤバい状態だ。
もしかするとこれまでのアヤメは、彼女なりに狂気を抑え込もうと必死だったのかもしれない。
その抵抗がついに限界を迎えたと考えると、突然の変化にもある程度は納得できる。
どのみち正常とはかけ離れているし、元には戻れないだろう。
そもそも戻す意味も義理も持たない。
(俺が与えられるのは、一つだけだ)
リボルバーのグリップに指を這わせる。
弾は既に装填してある。
ナイフも拳銃も爆弾も装備していた。
万全とは言い難いものの、完全武装を名乗れるくらいのラインナップにはなっている。
速まる鼓動を聞きながら、俺は変貌したアヤメに宣戦布告する。
「いいぜ、かかってこいよ子猫ちゃん。俺がワルツの相手をしてやる」
ここに来て怪物退治になるとは思わなかったが、やることは変わらない。
暴力を以てアヤメを殺し続けるのみだ。
再生するのならば、その分だけ破壊してやればいい。
アリスが殺害手段を用意して駆け付けるまで凌ぐだけなのだから、実に楽な作業と言えよう。
殺し放題のボーナスタイムを満喫させてもらおうか。




