第146話 爆弾魔は真意を聞く
俺は迷宮内の通路を歩く。
片手はトオルを引きずっていた。
彼の四肢は千切れかけている。
リボルバーで何度か撃ち抜いたからだ。
この怪我のせいでトオルは身動きが取れず、俺は【幻想否定 A+】の範囲内にいても安心できるという寸法である。
ちなみに女性陣二人は、この場にはいなかった。
彼女達には皇帝の埋葬を任せていた。
トオルの処理くらいは俺だけで事足りる。
別に死体なんて放置しておけばいいのだが、トオルたっての希望だったのだ。
せっかくなので、叶えるやることにしたのである。
「諦めが早かったな。俺としては都合がいいが。心境の変化でもあったのかい」
「もう、生きる意味が、無い……彼女は、死んだんだ……」
トオルは口から血を漏らしながら言う。
言葉は途切れ途切れで、目は濁り切っていた。
誰が見ても瀕死と分かる様だ。
心身の傷が深すぎるようであった。
「惚れていたんだな。悪いことをしたよ」
「……ジャック・アーロン」
「何か用か?」
俺が応じると、トオルは逡巡する。
彼は少し間を置いてから喋る。
「僕達を狙った理由を、教えて、くれ。最期、に……知りた、い」
「ふむ。まずは予想してみな。君の考えを聞いておきたい」
俺は淡々と告げる。
どういった答えが返ってくるのか、少し興味があったのだ。
トオルは引きずられながら考え込む。
頭を捻った末、彼は小さな声を発した。
「日本人が、嫌いだった、とか……」
「不正解。正解は謁見の間での侮辱だ。今まで殺してきた召喚者にも説明してきたよ。君で四人目だ」
既に慣れたやり取りだ。
誰もが勘違いをしている。
俺が殺しに来た理由を分かっていなかった。
一度狙った獲物を逃したくないという気持ちもあるが、そもそもの要因はやはり侮辱である。
蔑まれることに我慢ならない。
人として当然の感情だろう。
「四人目……やはり、殺していた、か……」
トオルはぼやく。
あまり驚いていないので、なんとなく予想はしていたのだろう。
「あの時、どうして俺を笑ったんだ?」
「……皆が、笑ってい、た。自分も、笑って……大丈夫、と思った……」
トオルは気まずそうに言う。
目の端には光るものが滲んでいた。
俺は深々と嘆息する。
「レベルが1で雑魚スキルしか持たない俺は、さぞ惨めで愉快だっただろう? 馬鹿にしたところで害はないからなぁ。自分は異世界召喚で多大な力を得たんだ。そりゃ舞い上がるさ」
「ごめ、ん……僕、が……悪、かった……」
「非を認めて謝れるのは良いことだ。なかなかできることじゃない。これからは、無闇に他人を馬鹿にしないことを勧めるよ」
もっとも、トオルには"これから"が存在しないわけだが。
それについては言及しない。
彼自身も理解しているだろう。
わざわざ指摘するのも無粋である。
最愛の人を喪った今、トオルは生存を放棄していた。
彼は緩やかな速度で確実な死に向かっている。
俺はその姿を眺めながらふと閃く。
大事なことを訊き忘れていた。
「そうだ。残る召喚者について、知っていることを教えてくれよ。コージ、ミノル、ミハナ、アヤメ、トオル……この中にいない奴だ。名前とか能力とか居場所とか、そういう個人情報がいい」
「言わ、ない」
「理由は?」
俺が尋ねると、トオルは目を閉じて動かなくなってしまう。
数秒ほど待っても反応はない。
ついに死んでしまったのか。
そう思った時、彼は薄く目を開いた。
「――お前を困らせたいからだ」
「はっはっは! 素晴らしい回答だなッ! 百点満点だよ、トオル」
その言葉を耳にした瞬間、俺は思わず爆笑する。
なんて正直な野郎だ。
随分と吹っ切れている。
本音を言えば、悪くないリアクションだった。
どちらかというと好みの部類である。
俺はトオルの髪をくしゃりと撫でて告げる。
「そのナイスな答えに免じて、召喚者は自力で調べるとするよ。エウレアでの権力を使えば、そこまで難しいことじゃない」
「お前、では、勝てないぞ……絶対に、な……あの人、は、とても強い」
トオルは断言する。
だんだんと彼の声量が衰えてきた。
時折、迷宮内の振動や水音に負けるほどだ。
「そうかそうか。貴重な意見をありがとう。参考にさせてもらうよ」
異世界人が強いのは今更だ。
今までも、絶対に勝てないという相手ばかりを始末してきた。
残りが誰であろうと、その点に変わりはない。
「さぁ、着いた。ここが君の墓場だ」
俺は足を止める。
そこは迷宮内でも狭めの密室だった。
ここには面白い特徴が一つある。
今からそれを利用するのだ。
俺にとっても色々と都合がいい。
「もう少しの辛抱だ。踏ん張って生きてくれよ?」
フィナーレが台無しになっては興醒めだ。
慎重にトオルを引きずりながら、俺は鼻歌混じりに室内へ踏み込む。




