第145話 爆弾魔は召喚者に苦悶を強いる
「ハァッ!」
トオルが突進してくる。
拍手で迎えたくなるほど馬鹿正直な動きだ。
入隊直後の調子に乗った新兵を彷彿とさせる。
とは言え、相手はチンケな新兵ではないのだ。
特殊能力を持つクソッタレな少年である。
距離を取らなければならない。
俺は後ろへ下がろうとして、抵抗を覚える。
見れば足元に黒一色の物体がへばり付いていた。
半透明で触れられている感触はない。
一瞬の思考を経て、それが影であることに気付く。
それもトオルの影だ。
彼の足先から変形して伸びていた。
(くそ、魔術かよ……ッ!)
悪態を吐く暇もなく、トオルが一直線に接近してくる。
さすがに不味い。
このままだと【幻想否定 A+】の射程内に入ってしまう。
「フンッ!」
俺は足腰に力を込め、影を引き千切りながら飛び退く。
ギリギリで能力の射程外へ逃れるも、代わりに皇帝を手離すことになった。
トオルは一目散に皇帝を抱き止めようとする。
俺はそこへ投石した。
レベル補正を受けた豪速球を、トオルは片手でガードする。
「……っ」
鈍い音がして、トオルの手の甲に石がめり込んだ。
彼は顔を歪める。
たぶんあれは骨折しているだろう。
投石のダメージがトオルの防御力を凌駕したのである。
俺はさらに連続で投石を行っていく。
ここは迷宮だ。
弾になる石は辺りにいくらでも散らばっている。
トオルは皇帝を抱えながら跳び、俺達から距離を取った。
皇帝を庇いながら動くのは大変そうだが、彼が諦める気配はない。
何がなんでも二人で生き残るつもりのようだ。
俺はリボルバーを手に取る。
距離を詰められると作動しないが、能力の射程外なら発砲が可能だ。
リボルバーの弾をぶち当てれば、さすがのトオルでも只では済まないだろう。
撃鉄に指を当てて思考していると、唐突に肉体が軽く感じるようになった。
まるで羽毛のようだ。
同時に力が漲ってくる。
背後を確認すると、アリスが魔術を行使していた。
どうやら俺に強化を施したらしい。
トオルに魔術は効かないため、味方のパワーアップに専念することにしたようだ。
続いてアヤメが前へ踏み出し、ナイフを器用に回転させる。
「この人を殺せばいいんだねっ! わたし、やるよっ!」
一方、トオルは呆然としていた。
彼は辛そうな顔で問いかける。
「アヤメさん……やはり何も憶えていませんか?」
小首を傾げたアヤメは、眉を寄せて考え込む。
数秒後、彼女はぽかんとした表情になった。
「えー? なに言ってるの? あなたは誰?」
「アヤメ、さん……」
トオルは膝から崩れ落ちそうになる。
説得でアヤメが寝返るとでも思ったのだろうか。
つくづく哀れな男である。
俺はそんな彼に告げる。
「残念だが諦めろ。彼女はもう手遅れだ」
アヤメの狂気は、人の言葉でどうにかなる段階ではない。
完全にアウトだ。
こういう人種の破滅は何度も目にしてきた。
「めでたく皇帝をゲットしたようだが、そこからどうするんだい? 魔法のキスで治すのか?」
「……お前を殺して、そこの魔術師に治癒させる」
「私は従わないわ、絶対に」
アリスはきっぱりと断言する。
頼もしい相棒の答えに、俺はニヤリと微笑んだ。
「だそうだ。どうする?」
「ぐ、ぬぅぅ……っ」
トオルは、俺達の顔を順に見やる。
負傷した手からは、止めどなく血が流れ出していた。
彼は歯を食い縛って地団駄を踏む。
「それでも、僕は――ッ!」
「隙ありだ」
俺はリボルバーを連射する。
瞬時に放った四発の弾は、避けられないように角度とタイミングを調整した。
回避できないと悟ったトオルは、意を決して皇帝を庇うように立ちはだかる。
弾丸が彼の腹をぶち抜いた。
「……えっ」
トオルはよろめき、そっと腹を押さえる。
彼はゆっくりと後ろを振り向いた。
そこには、皇帝が倒れていた。
頭部の半ば以上が弾け飛んでいる。
美しかった顔は割れて、血と脳漿に塗れていた。
貫通した弾が皇帝に当たったのだ。
「あーあ、やっちまった。お姫様は守り切れなかったようだな」
俺はリボルバーを弄びながら嘲笑う。
狙い通り命中してくれた。
この部屋でトオルと再会したときから、彼と皇帝を同時に殺傷できる立ち位置を常に吟味していたのだ。
そしてようやく見つけ出した。
「う、うぅ……あっああああ、あああああっ!」
トオルが頭を抱えて絶叫する。
腹に開いた穴も気にせず、彼は慟哭し続けた。
もはや周りが見えていない。
「ハッハ、ついに限界か。心がぶっ壊れやがった」
最高のタイミングで皇帝を犠牲にすることができた。
理想通りの展開である。
トオルの【幻想否定 A+】は厄介だが、適切な距離さえ意識できれば楽に対処が可能だ。
今までの召喚者に比べても生温い。
正面からでも戦える時点でイージーモードである。
(さてさて。仕上げといこうか)
メンタルを壊せば、あとは簡単だ。
こちらの独壇場であった。
これまでの鬱憤晴らしも兼ねて、さっさと処理させてもらおうか。




