第144話 爆弾魔は召喚者と交渉する
迷宮の中でも広いスペースを持つ部屋。
俺達はそこでトオルと再会した。
「ハロー、見舞いに来たぜ。フルーツの盛り合わせはないが、代わりに手土産がある」
俺は友人のような親しさで挨拶し、引きずってきた皇帝を見せる。
ぶち抜いた胴体の穴は、凝固していた。
アリスが魔術で応急処置したのである。
ただ、あくまでも時間稼ぎに過ぎなかった。
このままだと、一時間以内に死ぬだろう。
「ジャック・アーロン……ッ!」
トオルは変わり果てた皇帝を見て激怒する。
血の涙を流さんばかりに、激情を露わにしていた。
(ふむ……)
俺はそんな彼の身体に注目する。
狙撃の傷が縫合されていた。
かなり粗い上に力任せだが、辛うじて止血が為されている。
ショッキングカラーの光る糸は、魔術によるものだろう。
強引ながらも応急処置を済ませたらしい。
皇帝の勇気も無駄ではなかったようだ。
それにしても、トオルが広い部屋で待っているとは予想外だった。
狭い場所で待ち伏せしてくるかと思ったが。
治療痕を見るに、場所を選ぶだけの猶予がなかったようである。
トオルの状態について考えていると、彼がこちらへ近付こうとした。
すぐさま俺は皇帝の首筋にナイフを当てる。
「おっと、動くなよ。びっくりして手が滑ったら、このお嬢さんの首が切れちまう」
「ぐっ……」
トオルは悔しげに呻く。
距離はまだ十ヤードほどある。
【幻想否定 A+】の射程には入っていない。
俺はナイフで皇帝の顔を撫でる。
「卑怯だと思うかい? まあ、そうだよなァ。人質を使った戦法なんて、いかにも悪役って感じだ。ただ、こっちも必死なもんでね。目的のためには手段を選べないのさ」
言いながら自分で苦笑する。
戦闘におけるこちらのハンデは著しい。
近付いた時点で勝ち目が無くなる。
これまでに始末した召喚者との戦いも、同じくらい不利だった。
その分だけ、俺は卑怯者にならざるを得ない。
俺はナイフを弄びながらトオルに提案する。
「よし、ちょっとしたクイズをしよう。そんなに構えなくてもいい。簡単なクイズさ」
「…………」
トオルは無言で睨んでくる。
あまり乗り気ではないようだった。
とは言え、中断する気もないので話を続行する。
「さて、問題だ。皇帝は致命傷を負っている。このままだと間違いなく死ぬだろう。この状況でどうすれば助かると思う?」
「ふ、ざけるな……」
「正解は、アリスの魔術による治癒だ。胴体に穴が開いているからな。生半可な手段じゃ回復できない」
これは事実だ。
最高級のポーションでも難しいだろう。
それこそ、アヤメの【無限再生 A+】くらいのスキルがなければいけない。
「……やめろ」
「じゃあ、二問目だ。アリスに治癒を頼むには、どんな代償を払えばいいと思う?」
俺は嬉々として尋ねる。
トオルは歯ぎしりし、喉奥から掠れた声を洩らした。
「黙、れ……」
「正解はトオル――君の命だ。自殺してくれれば彼女を助けるよ。約束する。信用できないのなら契約書を書いてもいい。こう見えて魔術契約には慣れているんだ」
魔術契約は過去に何度か使用している。
これを利用して召喚者を殺害したこともあった。
個人的にお気に入りのアイテムである。
グレード別に常備しているほどだ。
トオルが希望するならすぐに取り出せる。
まあ、今回は必要ないだろう。
俺は手を打ってふざけたノリから切り替える。
「さて。茶番はここまでにしよう。状況を理解できたかボーイ? 自分の命か、彼女の命か。選択は君に委ねるよ。自由に選ぶといい」
「…………」
トオルは俯いている。
その身体は小刻みに震えていた。
傷の痛みによるものだろうか。
相当に力んでいるのか、縫合痕からの出血が強まっている。
「……まえ、を……ろす」
トオルがぼそりと呟いた。
わざとなのか、ほとんど聞き取れなかった。
俺は眉を寄せて、耳に手を当てながら訊き返す。
「なんだって? もう少しボリュームを上げてくれ」
「――お前を、殺す! そうすればどちらの命も助かる!」
顔を上げたトオルは堂々と宣言した。
それを聞いた俺は笑う。
「ははは、そいつは傑作だ。まさしく主人公のセリフだよ。そんな君に、悲しいお知らせが二つある」
俺は指を一本立てる。
トオルが怪訝な顔をした。
構わず残酷な現実を告げる。
「まず一つ。俺を殺しても皇帝は助からない」
「……もう一つは、何だ」
トオルが尋ねてくる。
やはり気になるのだろう。
俺は少々の間を置いてもったいぶってから、自信満々に言い放った。
「主人公は俺だ。つまりお前の敗北は確定している」
答えを聞いたトオルは、硬直する。
その眼差しには、尋常でない殺意が宿っていた。
彼は両手の指をポキポキと鳴らす。
「ジャック・アーロン……お前は、もう、いい。ここで殺してやる」
「オーライ、いい顔になったな。どうするつもりか知らないが、かかってこいよ」
俺は皇帝を拘束したまま応じる。
残念ながら、交渉は決裂してしまった。
こうなるとは思っていたので特にショックでもない。
いよいよトオルとの再戦だ。
この迷宮の奥地なら、余計な邪魔が入らずに始末できる。
楽しい殺し合いになりそうだ。




