第14話 爆弾魔は特製の弓矢を作る
独立国家エウレアを目指す俺達は、草原を越えて鬱蒼とした森を移動していた。
獣道すらない自然豊かな地帯である。
方角の把握ができるか心配だったが、アリスの持ち物で方位磁針に似た魔道具があり、正確な進路を取って進めている。
こういった時にも貢献してくれる有能な錬金術師だ。
木々が乱立するせいで、ゴーレムカーはあまり速度は出せない。
徒歩よりマシといった程度である。
おまけに舗装されていない場所なので揺れも酷い。
人によっては酔うだろう。
もっとも、この程度の環境には慣れ切っているので俺は平気だが。
アリスも澄まし顔だった。
彼女は十三番目とのことなので、旅の経験も豊富なのかもしれない。
時々、ゴーレムカーが変形して腕を生やし、周囲の植物を採取する。
アリス曰く、有用なものを集めているらしい。
異世界の植物学は専門外なので彼女に任せよう。
必要な情報だけ後ほど聞けばいい。
時間が有り余っているので、俺は車内で爆弾作りを行うことにした。
スキル補正があるので片手間にできる。
本来ならもっと神経を使う作業だ。
それを気軽にできるのは地味にありがたかった。
やはり無くてはならないスキルである。
元の世界に持ち帰りたいくらいだった。
「さてと。やっていくか」
「頑張ってね」
「そっちも運転は任せるよ」
満載した材料を手に取り、色々と加工していく。
未知の物に関してはアリスに概要を訊いた。
これまでの出来事から、彼女の知識が極めて有用であることは実証されている。
アドバイスは決して損にならない。
加えて各種工具も用意してあるので、作業に支障もなかった。
そうして移動開始から二時間後。
俺は数種の新たな爆弾を順に見ていく。
一つ目は、縄を巻き付けて投擲距離を延ばした爆弾だ。
これの使い方は非常に簡単だった。
カウボーイのように振り回して投げるだけである。
原始的だが悪くない。
今の膂力なら相当な飛距離を叩き出せるだろう。
既存の爆弾に縄を巻き付けるだけという手軽さもいい。
二つ目は火炎瓶型の爆弾である。
割れると瞬時に爆炎を炸裂させる代物だ。
これは延焼を期待できる。
木造の建物が並ぶ市街地戦では特に有用に違いない。
放火魔になるつもりはないものの、使える手札としてはアリだ。
三つめは即席の地雷だ。
見た目は布を巻いた横長の箱である。
一方向から圧力が加わると、内部の爆薬が反応して炸裂する仕組みだった。
地雷は絶対に役立つ。
敵車両を吹き飛ばすのに、これほど適した罠はない。
環境が整えば数を揃えておきたいものだ。
爆弾の他にも、そこらの木々から弓矢も作製する。
ナイフで削り出しただけの簡単なものだ。
兵士が持っていればよかったのだが、銃の普及した世界ではほとんど見かけなかった。
少数派を探して奪い取るより、自作した方が早いという結論に俺は至った。
なぜ弓を作っているかと言えば、爆弾の発射装置とするためである。
矢に小型の爆弾を括り付けて使うのだ。
ただの投擲よりも便利だろう。
サイズの関係もあって通常爆弾より威力は劣るが、ピンポイントでの破壊が可能なのが大きい。
「器用ね。ジャックさんは弓兵だったの?」
「いや、仕事で何度か使ったことがあるだけだ」
過去の仕事では、武装を現地調達に依存したことも少なくない。
そういう時は自作の弓が活躍してくれた。
発射時の音が小さく、隠密性にも優れている。
「よし、できた」
俺は完成した弓を掲げる。
まずまずの出来だ。
ただ、力加減には気を付けなくてはならない。
全力で引き絞ると間違いなく壊れる。
高レベル補正の思わぬ弊害だった。
続けて矢もこしらえる。
鏃付近に爆弾も取り付けた。
点火してから発射する方式だ。
これで刺さった対象を爆破できる。
手元で爆発するのを防ぐため、導火線は少し長めにしておいた。
「作ったからには、さっそく使い心地を確かめたいが……」
俺は走行するゴーレムカーの上に移る。
辺りを見回して手頃な的を探した。
すると、遠くで動く生物を見つける。
俺は目を凝らして正体を確かめる。
対象との距離は、およそ三十ヤードだった。
草むらを掻き分けて動くのは、紫色の巨大な蟷螂。
人間ほどのサイズがあり、体表は金属光沢を帯びている。
「なんだ、あいつは?」
「森の魔物よ。騎士が束にならないと敵わないほどの強さで、金属より強靭な外殻を持っている。両手の鎌は、鎧を切り裂くほどの鋭さよ」
「へぇ、あんなのが普通に生息しているのか」
人里に熊や猪が出たとかそういうレベルではない。
それより遥かに危険だろう。
この世界の猟師は苦労しそうだ。
観察を続けていると、蟷螂のモンスターと目が合った。
蟷螂は前傾姿勢で接近してくる。
木々の間を縫うように進み、往復する左右の鎌が草木を切断していた。
こちらを捕食するつもりなのだろう。
「アリス、止まってくれ」
「倒すの?」
「ああ。ちょうどいい的になる」
俺は膝立ちで弓を構え、狙いを蟷螂に定めた。
あれと接近戦はしない方がいい。
力押しで殴り殺せる気もするが、ゴーレムカーやアリスに被害が出ても面倒だ。
爆弾矢で仕留めてやろう。
「待って。付与魔術を施すわ」
アリスが短い詠唱を行うと、構えた矢に光が灯された。
彼女は助手席から顔を出して言う。
「矢を強化したの。協力した私にも経験値が入るから、これで効率的にレベルを上げられるでしょう?」
「なるほど。いいアイデアだ」
したたかなアリスを褒めつつ、俺は爆弾矢を射ち放った。
矢は蟷螂の腹に深々と抉り刺さる。
迸る青い血液。
そこは外殻のない部位だった。
表面に突き立てればよかったが、思った以上の威力が出た。
アリスの魔術によるアシストのおかげか。
弾かれるのを警戒して外殻のない箇所を狙ったが、その必要はなかったかもしれない。
蟷螂は腹の致命傷も厭わず接近を続行するも、数拍を置いて爆発した。
腹部が丸ごと吹き飛び、矢の傷が数倍にも膨れ上がる。
蟷螂は堪らず転倒した。
甲高い鳴き声を発しながら鎌を振る。
身体が千切れかかっていた。
抉れた箇所が爆発したのだから、そのダメージは甚大だろう。
もはや立ち上がれまい。
「楽にしてやるよ」
俺はそこへ第二射を放つ。
矢は蟷螂の頭部を貫いて爆発した。
蟷螂の頭部が木端微塵になる。
体液やら何やらが跳ねて辺りを汚した。
なかなかに食欲の減衰する光景だ。
俺は弓を弄びながら指を鳴らす。
「我ながら弓使いも向いてそうだ。金に困ったら転職するかね」
「ジャックさんなら一流になれそうね」
「ははは、俺を褒めても爆弾しか出ないぜ?」
この程度の強さなら、魔物が相手でも余裕を持って立ち回れそうだった。
道中の安全を確保しつつ、アリスのレベル上げも捗るだろう。
保有する爆弾の種類と数も増えてきた。
油断は禁物だが、これからもやっていけそうである。
その後、蟷螂の死骸から必要な素材を採取して、ゴーレムカーは移動を再開した。




