第138話 爆弾魔は召喚者達を見守る
エンジン全開のゴーレムカーが、ドリルで石畳を突き破りながら地上へ飛び出した。
ハンドルを握るアヤメは、片手を突き上げて歓声を上げる。
「いくぞーっ」
彼女はあちこちに爆弾を投げ、殺到する兵士達を吹き飛ばした。
どれも迷宮産の魔物を素材にした爆弾だ。
人体程度なら軽く引き裂くだけの威力がある。
包囲網を破ったゴーレムカーは、蛇行運転で通りを走り去っていく。
生き残りの兵士は、大慌てで追跡の準備を始めた。
近くに停めてあった車両に乗り込んで発進する。
熾烈なカーチェイスがだんだんと遠ざかっていく。
それを見届けた俺とアリスは、こっそりと地上に這い出た。
「行ったな」
「みたいね」
すぐに建物の陰へ隠れ、目撃者がいないことを確かめてから路地を進む。
雑多として汚いが、人目につかないのが好都合だ。
もっとも、都市内の住民は混乱しているので、あまり神経質にならなくても良さそうではあった。
悲鳴と喧騒を聞きながら、俺達は黙々と移動する。
城の地下最深部に爆弾を仕掛けてから数分。
俺達はようやく地上に出て来れた。
兵士達の目を逃れるように迂回したせいで、思ったより時間がかかってしまった。
脱出前に地下の爆弾が作動した時は焦ったものの、無事に生還できたので良しとしよう。
久々の日光をゆっくりと堪能したいところだが、生憎とそんな暇もない。
今は時間との戦いだ。
アヤメが囮になってくれているうちに、速やかに準備を済ませてしまおうと思う。
「ちょいと失礼」
俺はアリスを持ち上げて抱える。
唯一の荷物であるアタッシュケースは、彼女に持ってもらった。
そのまま壁を蹴りながら建物の屋上へと向かい、屋根から屋根へと跳んで移動を始める。
「まるでニンジャの動きだな」
「にんじゃ、って何?」
「元の世界にいた凄腕のアサシンさ」
現在、俺達が目指す先は新勢力の拠点である洋館である。
そこにトオルがいるはずだ。
結局、彼は迷宮に現れなかった。
守るべき対象があったから、俺達に対処に当たらなかったのだろう。
トオルが俺達を後回しにするようなこと。
すなわちそれは、次代の皇帝の護衛だろう。
今後の帝国にとって必須とも言える存在である。
だからこそ皇帝を殺しに行けば、自ずとトオルが釣れるという寸法だった。
その後、俺達は兵士に見つからずに移動を続け、無事に洋館の付近にまで到着した。
俺は百五十ヤードほど離れた地点で止まり、周囲で最も高い建物の屋上へ移る。
ちょうど洋館の全体が望める位置だった。
まさにベストポジションと言えよう。
これ以上は洋館に近付かない。
以前の逃走劇の繰り返しとなりかねないからだ。
わざわざ不利な状況に飛び込んでやるほど、俺達は愚かではなかった。
「バードウォッチングと洒落込もうか」
俺はアタッシュケースの仕掛けを作動させた。
発光するアタッシュケースが変形し、あっという間に狙撃銃となる。
以前、何度か使ったものだ。
トオルを殺害するためにはこれが必須であった。
あいつとの対決においては、距離が重要なのだ。
能力については、事前にアヤメから聞いて把握している。
彼女の説明が要領を得ないので理解に難儀したが、概ね予想通りの内容であった。
相変わらずの反則ぶりだったものの、そんなものは今更だ。
いちいち驚くこともない。
俺はスコープ越しに洋館を観察する。
室内を慌ただしく人が動いていた。
アヤメの暴走という情報が入っているのだろう。
一分ほど経つと、エンジン音と共にゴーレムカーが敷地内に侵入してくる。
車体は血みどろで、目を凝らせば運転席にアヤメの姿があった。
随分と派手に楽しんできたらしい。
てっきり手筈を忘れてしまったのかと思ったが、来てくれて良かった。
アヤメはそれなりの頻度で呆けるから心配だったのだ。
ゴーレムカーはスピードを緩めることなく、真正面から洋館の入口に衝突した。
扉と壁を粉砕し、半ば室内にめり込むようにして停車する。
頭から血を流すアヤメは、ナイフを持って車外へ飛び出した。
彼女は駆け付けた兵士を斬り殺しながら室内へ踏み込む。
ここからだと戦闘の様子はあまり確認できなかった。
しかし時折、窓を突き破って死体が登場する。
切り落とされた手足だったり、生首だったりとバリエーションは様々だ。
耳を澄ますと、悲鳴や断末魔も聞こえてくる。
アヤメは順調に戦っているようだ。
「――おっ」
俺は二階の廊下に注目する。
扉を開けて現れたのは、参謀ことトオルだった。
その手には剣が握られている。
彼は室内に何かを告げると、急いで廊下を駆け出した。
兵士では歯が立たないと判断し、自力でアヤメを倒すことに決めたらしい。
アヤメは未だ一階で暴れ回っている。
両者は間もなく再会するだろう。
「さてさて、どうなることやら……」
如何なる展開でも、こちらが不利益を被ることはない。
スコープを覗く俺は、不敵に微笑むのであった。




