第136話 爆弾魔は迷宮を連鎖爆破する
「あははは、ははぁっ」
壊れたような笑いが辺りに響き渡る。
もちろんアヤメのものだ。
歓喜する彼女は前方へと疾走する。
その先には、鋼のような筋肉を持つ大男が立っていた。
頭部が牛となったその異形は、ミノタウロスと呼ばれる魔物である。
この階層のボスだった。
アヤメは地面を蹴って跳躍した。
そこからミノタウロスに跳びかかる。
ミノタウロスは雄叫びを上げると、携えた石斧を横薙ぎに振るった。
圧倒的な膂力で繰り出された斬撃は非常に速い。
対するアヤメは、ただの一つの回避行動も取らない。
ただ本能の赴くままに接近を強行するのみだ。
そんな彼女の胴体を石斧が捉え、少しの抵抗も見せずに断ち切った。
無骨な見た目からは考えられない切れ味である。
「あ、はっ?」
アヤメの上半身と下半身が分離された。
彼女は臓腑をぶちまけながら回転して宙を舞う。
常人ならば即死だろう。
しかし、アヤメは常人ではない。
「あははあは、あはははっ、ははは……っ!」
上半身だけになったアヤメは大笑いしていた。
跳躍の勢いのまま、彼女は両手を掲げてミノタウロスに向かって飛び込む。
その手には、特製の爆弾が握られていた。
アヤメはミノタウロスの顔面に爆弾を叩き付ける。
それはちょうどダンクシュートの動きだった。
次の瞬間、大爆発が起きる。
破裂した爆弾から赤い稲妻が迸り、ミノタウロスの顔面を蒸発させた。
無論、至近距離でそれを浴びたアヤメも同様の被害を受ける。
ただし彼女には【無限再生 A+】があった。
落下までの間に肉体を修復し、手足を使って着地してみせる。
「二人とも、倒したよ!」
倒れるミノタウロスを背に、アヤメが駆け寄ってきた。
そんな彼女に俺はボロのマントを投げ渡す。
自爆させるたびに衣服が消滅するのは考えものだ。
アリスによると、自動修復する魔術的な衣服も世界にはあるらしい。
主に使用者の魔力を材料に構成されるそうだ。
アヤメにこそ必要なものだろう。
「ジャックさん、ここよ」
一方、アリスが壁の端を指差していた。
俺はそこへ行って壁を破壊し、迷宮内を循環する魔力の通り道を露出させる。
次にミノタウロスの死骸を通り道まで引きずっていた。
準備が整ったところで、俺とアリスで手分けして死骸を弄る。
事前に用意していた器具や爆弾を装着すれば、あっという間に即席爆弾の完成だ。
「迷宮との接続も完了しているわ」
「よし、じゃあスイッチオンだ」
俺は付属のボタンを押す。
これで十分後には爆発する寸法だ。
連鎖的に迷宮全体のエネルギーが暴走し、派手に吹き飛んでくれる。
もちろんこの場にいると巻き添えを受けてしまう。
俺達は停めてあったゴーレムカーに乗って急いで退散した。
「ハッハ、いい調子だな」
俺はハンドルを握りながら笑う。
巨大ドリルで別の迷宮へ移動してから四時間が経過していた。
俺達は今のような作業を既に七回繰り返している。
すなわち七つの迷宮に爆弾を仕掛けたのだ。
迷宮内の通路を走っていると、重い地響きを感じた。
距離はかなり遠い。
別の迷宮に仕掛けた爆弾が作動したのだろう。
爆弾は時間をずらしながら爆発するように調整していた。
今頃、地上はパニックに陥っているはずだ。
少なくない被害が出ているに違いない。
それこそが俺達の狙いだった。
都市内が混乱すればするほど、俺達が自由に行動できるようになる。
この地で暮らす人々には悪いが、明日までには終わる作業だ。
寛容な心で許してほしい。
「いよいよラストだな。爆弾はまだ残っているかい?」
「予備も含めて残っているわ」
「素晴らしい。上出来だ」
予定よりやや時間がかかっているが、次の迷宮が最終地点だった。
新勢力の城の地下に存在する迷宮である。
あそこを吹き飛ばせば、多大なダメージが期待できる。
新勢力の連中も無視できないだろう。
これから国を始めるというところで、その象徴でもある城をぶち壊すのだ。
想像するだけで愉快だった。
今回の作戦で必要な行動には違いない。
しかし、他にも手段がある中でこのやり方を選んだのは、やはり爆弾魔の性であった。
「ジャックさん、前を見て」
「ん? 何だ」
アリスの指摘に従って目を凝らす。
ヘッドライトに照らされるのは、新勢力の兵士達だった。
通路を塞ぐように陣形を組んでいる。
ご丁寧なことに、魔術による障壁も張っていた。
さすがの彼らも俺達の暴走に気付いたのだ。
迷宮は莫大な資源を生み出す。
それを破壊されるのは不都合に決まっている。
だから阻止しに来たのである。
「上等だ。ぶっ飛ばしてやろうぜ」
俺は車体前部のドリルを起動させた。
こいつは壁を掘り進めるためだけの機能ではない。
戦闘時にも十分に使える装備であった。
非力な部下を配置したところで、何の障害にもなり得ない。
無駄に犠牲者が増えるだけだ。
参謀の少年には、それを骨の髄まで思い知らせてやろう。
アクセルを踏み込むと、ゴーレムカーは猛スピードで加速する。
数秒後、高速回転するドリルが魔術の障壁を突き破り、驚愕する兵士達をミンチに変えた。




