第134話 爆弾魔は計画を始動させる
迷宮深層の広大なフロア。
そこは室内の半分以上が塩水で占められていた。
岸に並ぶ俺とアリスは、釣りをしている。
「今日はイマイチだな」
「そうみたいね」
アリスの釣り竿の先には、魔物の肉が吊るされていた。
蛙型の魔物で、地上の屋台でも売られていたものである。
迷宮内では乱獲し放題なので嬉しい。
ここ数日の間でも、何度かメインディッシュにしていた。
一方で俺の釣り竿の先にはアヤメが結ばれていた。
彼女はぷかぷかと水面に浮かんでいる。
塩分濃度が高すぎるため、ただ横になるだけで浮かぶのだ。
元の世界で言うところの死海に近いだろう。
「おっ」
しばらく釣り糸を垂らしていると、不意に水面が揺れた。
そこから青黒い背びれが覗く。
何らかの魚介類である。
この塩水の中で生きているとは驚きだが、そういう生態なのだろう。
俺は生物学者ではないし、ここは異世界だ。
どういった特性の生物がいようと不思議ではない。
背びれは静かに移動し、アヤメへと接近していく。
彼女はその存在に気付いているようだが、呑気に浮かんだままだ。
日本の歌らしきものを熱唱している。
「不安を煽るBGMを流したくなるな」
「どういう意味?」
「大した意味はないさ」
やがて背びれはアヤメの目前で停止した。
次の瞬間、水を散らしながら巨大な鮫の頭部が飛び出す。
人間を丸呑みできるサイズである。
全長はかなりのものになるはずだ。
まるで映画に出てくるような怪物鮫であった。
「わーい!」
アヤメは両手を回してはしゃぐ。
慌てるどころか大喜びだ。
対する怪物鮫は大口を開ける。
びっしりと生え揃った歯が見えた。
怪物鮫はそのままアヤメに食らい付いて水中へと潜り込む。
釣竿が強烈な勢いで引っ張られる。
俺は腰を落として腕力で耐えた。
釣り竿が壊れないように気を付けながら、水中へ引き込まれないようにする。
「さてさて……」
怪物鮫との格闘を繰り広げる中、俺は片手でポケットを漁る。
そこからスイッチを取り出してボタンを押し込んだ。
刹那、室内で地響きが発生し、塩水の一箇所が噴き上がる。
それに合わせて胴体の千切れた怪物鮫が宙を舞った。
数秒の浮遊を経て水面に落下してくる。
「ハッハ、これぞ一本釣りってやつかね」
盛大に飛沫を上げた末、怪物鮫は腹を上向きに浮き上がってきた。
そこを中心に水面が赤く穢れていく。
頭部が破れて、ミックスされた脳が露出していた。
アヤメに仕込んだ爆弾が、体内で炸裂したのだ。
まんまと食い付いてくれてよかった。
「何度見ても酷い光景ね」
「記念撮影したくなるだろう?」
「それはジャックさんだけよ」
マイペースに雑談をしていると、怪物鮫の口からアヤメが這い出てきた。
血でずぶ濡れになった彼女は、塩水を泳いで俺達のもとへ戻ってくる。
岸に上がると、陽気に手を振りながら駆け寄ってきた。
「ジェイ君! アリスちゃん! 倒してきたよーっ!」
「ああ、よくやってくれた。ナイスな爆発だ」
「えへへ!」
アヤメは照れ笑いを浮かべる。
髪に怪物鮫の臓腑がへばり付いているが、放っておけばいずれ気付くだろう。
ちなみにジェイ君というのは俺のことである。
ジャックの頭文字が由来だ。
好きなように呼べと言ったら、このような形になったのであった。
別に悪口というわけでもないので、自由に呼ばせている。
アヤメと手を組んでから早五日。
三人になった迷宮生活はそれなりに順調だった。
見つけた安全地帯に簡易拠点を建築し、倒した魔物の素材や鉱石を採掘している。
資源を集めながら武器の製作を行い、地上へ舞い戻るための準備を着々と進めていた。
破損したゴーレムカーの修理も完了済みだ。
代用できない部品の故障がなかったのが幸いだった。
張り切るアリスがさらなるアップグレードも施している。
余談だが、迷宮内で冒険者に出会うことはなかった。
下層ばかりを探索しているのもあるが、おそらくは新勢力が出入りを制限しているのだろう。
一般の冒険者が俺達の被害を受けないように配慮しているに違いない。
今のところ新勢力からの接触はなかった。
彼らは彼らでやることがあるらしい。
本来、新たな帝国としての基盤を固める大切な時期なのだ。
俺達にばかり構ってはいられないのだろう。
釣りを終了した俺達は、怪物鮫を岸に引き上げた。
せっかくなので、この場で食事をすることにする。
どのみちこのサイズは持ち運べない。
欲しいのは心臓部と骨格の一部のみなので、他は好きに食べてしまっても問題なかった。
迷宮内で拾った大剣でブロック状に切断していく。
それをアリスの魔術で起こした炎で炙った。
塩水を蒸発させて得た塩を調味料とする。
ここでは洒落た料理は作れないが、サバイバル生活も慣れたものである。
野性的な食事になろうと誰も気にしなかった。
アヤメも食事に頓着しないタイプだ。
栄養を摂取できればそれでいいらしい。
そもそも彼女は不死身である。
たとえ毒物だったとしても問題なかった。
肉が焼けたところで食事を始めた。
その途中で俺は話題を切り出す。
「さて、そろそろ本格的に動き出したいと思う。つまり、召喚者の少年――クガ・トオルの殺害計画だ」
「ついに始めるのね」
「ああ。いい加減、太陽を拝みたいからな。連中には消えてもらう」
迷宮生活も悪くないが、逃亡したままというのも格好が付かない。
そろそろ反撃する頃合いだろう。
「具体的な方法は? いくつか案があったけれど」
アリスが俺に質問をする。
彼女とは何度か打ち合わせを行っていた。
その中で複数の殺害計画が立案されている。
俺は予め用意していた答えを述べる。
「どのプランも捨て難いが、既に決めてある。最も派手で愉快なやり方でいくつもりだ」
「それってもしかして……」
俺はアリスに頷いてみせた。
そして、間を持たせてから宣言をする。
「――都市内の迷宮を無差別に爆破する。最高のショータイムさ」




