第133話 爆弾魔は不死身の駒を手に入れる
「ねぇ」
「何だ」
「さっきの告白の返事はまだなの?」
アヤメは期待を込めた目で尋ねてくる。
まさか俺がイエスと言うとでも思っているのだろうか。
なかなかに自信家である。
俺は淡々と答えを返した。
「決まっている。もちろんノーだ」
「えー、なんで!? 付き合おうよっ!」
アヤメは驚いた様子で食い下がる。
どうやら彼女は本気らしい。
頬を膨らませるその姿に、俺は不意に鈍い頭痛を覚えた。
俺は眉間に皺を寄せながらアヤメに応じる。
「あんたみたいなクレイジーな女は願い下げってことさ。理由としては十分だろう?」
「嫌だ。クレイジー同士、仲良くしよう……?」
「アリス、翻訳の魔術を使ってくれ。こいつの言葉が理解できない」
俺からのヘルプに、入口に立つアリスは微妙な表情をした。
彼女は静かに首を振ってみせる。
「……たぶん翻訳しても理解できないと思うわ」
「ははは、同感だ」
俺は肩をすくめ、ため息を洩らした。
一方でアヤメは、じっとアリスを見つめている。
「そこの人……アリスさん、だっけ。彼女なの?」
「大切な相棒さ」
俺が答えると、アヤメの瞳に爛々とした光が灯った。
危険な表情をする彼女は、口元に手を当てて呟く。
「つまり、アリスさんを殺したら、わたしが彼女になれる……?」
「やれるものならやってみろ。お前を二度と再生できない身体にしてやる」
俺はアヤメに指を突き付けて宣告する。
脅しではない。
必要に駆られれば絶対に実行する。
不死身などは関係ない。
完膚なきまでに殺し尽くすつもりだ。
アヤメはぽかんとした表情の後、緩んだ笑みを浮かべた。
そして、覇気のない口調でおどけてみせる。
「……冗談だってば。本気にしないでよ」
「ったく、ふざけやがって……」
俺は舌打ちして椅子にもたれかかる。
どうにも読めない女だ。
雲を掴もうとしているような感覚がした。
根本的にノリが合わない。
あまり好きではないタイプである。
どうにかしてアヤメをここから追い出さなければ。
そして、不死身の彼女を殺す方法を模索する。
これまでの経験から、どんな能力にも弱点があることは知っていた。
本当の意味で完全無欠というスキルは存在しない。
必ず何らかの隙がある。
それはアヤメも同様だろう。
不死身という特性を掻い潜って殺す方法があるはずだ。
そこまで考えた俺は、ふと妙案を閃く。
彼女を殺す手段とは別だが、決して悪くないアイデアである。
アヤメを追い出すのは面倒だ。
この調子だと、彼女はきっと嫌がるだろう。
ならばいっそ追い出さなければいい。
脳内で会話の流れを考えながら、俺はアヤメに声をかける。
「なあ、アヤメ」
「何? やっぱり付き合う?」
「付き合いはしないが、君に頼み事があるんだ。そんなに難しいことじゃない」
俺の提案に、アヤメは関心を見せる。
やはり食い付いてきた。
彼女は小首を傾げて俺に尋ねる。
「その頼み事を聞いたら恋人になれる?」
「少なくとも友人にはなれるな。ホームパーティーに招待できるくらいの仲さ。特別にバースデーパーティーにも呼ぼう」
「やる! わたし、何でもするよ!」
アヤメは元気よく挙手をした。
何となく子供っぽい動作だ。
いくら若いと言っても、外見からして成人しているはずなのだが。
元からの性格なのか、或いは異世界という環境によって幼児退行したのか。
以前の彼女を知らない俺には判断できないが、この場においては好都合である。
朗らかな調子で、俺は肝心の"頼み事"を告げる。
「そうか。じゃあ、この街を牛耳る召喚者の少年を殺すから、その手伝いをしてくれ」
「あ、トオル君のこと? 別にいいよ!」
アヤメは少しも考えずに快諾した。
これにはさすがの俺も苦笑する。
「……やけにあっさりしているな。提案した身で言うことじゃないが、同郷の人間を殺すことに躊躇はないのか?」
「だって、トオル君を殺したら友達になってくれるんでしょ?」
アヤメは同じ調子で言う。
狂気に彩られた双眸は、端から他人のことをなど気にしていない。
どこまでも自分本位だった。
その様に俺は大笑いする。
「ハッハ、素晴らしい! アヤメ、君とは上手くやっていけそうだ。よろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくね!」
アヤメは無邪気に手を差し出してくる。
もしかすると、これはとんでもなくツキが向いているかもしれない。
何と言っても不死身の女を味方に引き込めたのだ。
しかも、俺に惚れ込んでいると来た。
着火した爆弾以上に危険な性格をしているが、こちらのコントロール次第では唯一無二の活躍をしてくれるだろう。
不死身の肉体を持つアヤメは、あの少年を殺す上でもきっと役に立つ。
言ってしまえば秘密兵器である。
死なないと分かっているため、様々な使い方が可能だ。
今後の希望が見えた俺は、親愛を込めてアヤメの手を握り返した。




