第132話 爆弾魔は不死身女の正体を知る
拠点内に設けられた簡素な一室。
そこで俺は、椅子にふんぞり返っていた。
今は貴重な煙草を吸い、紫煙を細く吐き出す。
「…………」
真正面では、召喚者の女が食事をしていた。
ボロ布を羽織った状態で、彼女は焼いたパンと肉を齧っている。
両手で貪るようにして口に運ぶ動作は、どことなく野性を彷彿させた。
「…………」
部屋の入口に立つアリスは、女に警戒の目を向けている。
あれはいつでも魔術を撃てる姿勢だ。
殺せないにしても、魔術を当てれば動きを鈍らせることが可能である。
拠点への被害を度外視すれば、女を肉片にできるだろう。
そんな状況にも関わらず、女はハイペースでパンと肉を食い続ける。
場の緊張感を感じ取っていないのだろうか。
そう訊きたくなるほどの調子である。
(まったく、トラブル続きだな……)
浮かんだ愚痴を内心に留めておく。
ひとまず話し合いの余地があると考えた俺は、戦闘を中断して拠点に移動した。
現在は彼女の素性を聞き出し終えたところである。
様々な発見があったが、同時に頭を抱えたくなるシチュエーションには違いない。
「ありがとう。五日ぶりの食事だったから、夢中で食べちゃった」
パンと肉を完食した女は呑気に言う。
彼女の名前はシノムラ・アヤメ。
帝都爆破から生還したアヤメは、一時は参謀の少年と国内を旅していたらしい。
ほどなくして彼女からコンビの解散を言い渡し、それからは当てもなく各地を放浪したそうだ。
そんなアヤメの固有スキルは【無限再生 A+】である。
質問したら簡単に教えてくれた。
効果は非常に単純で、その身に受けたあらゆる肉体損傷を瞬時に再生して消し去るというものだ。
能力は常時発動タイプであり、再生に伴う消耗や代償は一切存在しない。
文字通り無限に再生できるらしい。
帝都爆破から生還できたのも、このスキルのおかげとのことだった。
圧倒的な再生能力によってダメージを受け切ったのだ。
トリックも何もない。
ただ直撃を受けながら身体を修復させただけである。
あの爆発で死なないというのだから、通常攻撃で殺すのは不可能だろう。
先ほどまでの俺達の努力は徒労に終わったわけだ。
まったく笑いたくなってくる。
さらに困ったことに、アヤメには厄介な性質があった。
帝都爆破で常軌を逸した損傷を受けた彼女は、肉体が壊れる快感を知ってしまったのだ。
そこから戦闘を経て快楽殺人にも目覚めたらしい。
めでたく後天的なサイコキラーになったのである。
アヤメは死ぬようなダメージを好み、相手を凄惨に殺すことを至上とする。
その嗜好が極限まで捩れた結果、攻撃的で殺し甲斐のある人間を何よりも愛するようになった。
再生能力があるからこそ、このような性格に歪んだと言えよう。
参謀の少年と別行動になったのも、平穏を望む彼に嫌気が差したためだという。
すっかり豹変したアヤメは、国内で魔物や人間をひたすら殺し回ってレベル上げに没頭した。
帝都跡にいたのは、高濃度の魔力を吸い続けて肉体強化を促すためだった。
普通なら身体が耐え切れずに死ぬが、彼女の場合は【無限再生 A+】がある。
有害な変異が起きるそばから再生して、ダメージを帳消しにしていたらしい。
とんでもないトレーニングだ。
正気を失いつつあるアヤメだからこそ採用した手段だろう。
いくら再生できると言っても、常人なら気軽に試そうとは思うまい。
そんな彼女が迷宮奥地にやってきた理由だが、はるばる俺を追いかけてきたらしい。
王国各地で情報を集めて、行き先が迷宮都市であると特定した彼女は、地上の騒動から現在地を把握したそうだ。
そして、迷宮の入口を警備する新勢力をぶっ飛ばして侵入してきた。
経過日数を考えると、とんでもなくハイスピードだと思う。
困ったことに、すべては俺の恋人になるためらしい。
アヤメ曰く、自分を何度でも行動不能に追い込むだけの力を持ち、殺し合いを楽しめるからだという。
帝都爆破を起こした俺を微塵も恨んでおらず、それどころかベタ惚れしていた。
目にハートマークが浮かんでいるような有様である。
我ながら色々と狂っている自覚はあるが、それでもアヤメと比べればマシな部類だろう。
彼女はもう完全に手遅れだ。
元から極端な被虐及び加虐的な才能を持っていたのだと思う。
それが異世界という特異なシチュエーションで開花したのである。
或いはその才能を持つからこそ、召喚者として選ばれたのかもしれないが。
考察を交えてアヤメを眺めていると、不意に目が合った。
彼女は嬉しそうに笑みを作る。
「うふっ」
「……ジーザス。モテる男はつらいぜ」
こうして見ると、可憐な美人だ。
しかし実際は、自身がミンチになっても同じ顔をするクレイジーな女である。
その本性を知っているが故に、何も喜ぶことはない。
ご機嫌なアヤメを見て、俺はため息が止まらなかった。




