第13話 爆弾魔は次の目的地を決定する
ゴーレムカーが街道を走行する。
車内にいる俺は、運転席で干し肉を齧っていた。
「…………」
塩辛い上にやたらと硬い。
ジャーキーというレベルではない。
人間を撲殺できそうな硬さである。
それでも食えないほどではなかった。
腹は満たせるし、口寂しさも誤魔化せる。
「ああ、酒と煙草が恋しいなぁ……」
俺はため息混じりに嘆く。
元の世界の銃火器を使い切ったことより、何倍も深刻な問題だった。
銃なら兵士から簡単に調達できる。
しかし、酒と煙草に関してはそうもいかない。
好みの銘柄やメーカーのものは、決して手に入らない。
アリスに訊いたところ、この世界にも煙草はあるらしい。
味は落ちるだろうが仕方あるまい。
酒も落ち着ける場所で買おう。
早く出会いたいものだ。
隣ではアリスが地図を広げていた。
時折、自動運転中のゴーレムカーに命令している。
俺は暇潰しに話しかけてみた。
「ところで車の燃料補給は大丈夫なのか? 任せきりにしていたが」
「ええ、問題ないわ。ゴーレムは空気中の魔力を吸い取れるようにしているから。移動だけなら燃料切れも起こさないはずよ」
「そいつは便利だな。元の世界でも導入してほしいくらいだ」
俺は干し肉を咀嚼しつつ、車内の様子を見やる。
女騎士にやられた車両の損傷は、大部分が無くなっていた。
ゴーレムが変形することで上手く塞いでいる。
ただし、修繕はあくまでも見かけだけだ。
魔剣に受けたダメージは致命的ではなかったが、無視できるほどではない。
今のところは稼働に支障もないが、放っておけば出力低下や動作不良に繋がるらしい。
素材があればアリスが直せるそうなので、なるべく早いうちに修理環境を確保したかった。
現在は、そのための場所を探している最中である。
ゴーレムカーを失うのはさすがに惜しすぎる。
故障する前に修理を済ませたいところだ。
俺は外の景色に目を向ける。
綺麗な青空に、見渡す限りの草原が広がっていた。
たまにぽつぽつと木が生えている。
代わり映えのない光景だ。
どうしても退屈に感じてしまう。
俺は欠伸を噛み殺しながら、アリスに尋ねる。
「……それで、どこへ行くのか決めたのかい?」
「候補を考えてみたけれど、独立国家エウレアが一番ね」
「どんな場所なんだ?」
「帝国南部の丘陵地帯を占める都市群よ。特殊な自治構造で、四人の代表者がそれぞれの領域を支配しているの」
間接民主制か。
いや、なんとなく違う気がする。
暴力の気配だ。
こういう時の直感はよく当たる。
その独立国家とやらは、たぶん平和的な場所ではないのだろう。
案の定と言うべきか、アリスは不穏な情報を補足する。
「エウレアには、無数の犯罪組織が在住しているわ。治安はすごく悪い。その代わり、出入りの記録が残らないし、誰であろうと自由に行動できる。正式な騎士や兵士もいない。潜伏場所としては最適じゃないかしら」
「なるほど。そいつは同感だ」
アリスの説明に頷く。
現在の俺達の状況を鑑みると、アウトローな街の方が行動しやすいだろう。
治安はともかく、出入りが容易なのは大きい。
いちいち兵士達に敵対されるのも飽きた。
殺し合いが嫌いとは言わないが、穏便に事が進むのならそれに越したことはない。
「ちなみにエウレアの経済事情は、かなり良好みたいね。他の地域に比べて関税が安くて、輸出入が活発らしいわ。車の修理材料も見つかりそうね」
「悪くないな。よし、そこを目指すか」
前情報を聞く限り、選択肢は他にないように思える。
ゴーレムカーの修理ができそうなのが大きい。
それに治安が悪いということは、暴力至上主義に近い土地柄なのだろう。
俺としてはやりやすいので大歓迎である。
周りを上回る暴力を披露すれば、大抵のトラブルを解決できるからだ。
お行儀のいい街より慣れ親しんだものであった。
そんなわけで目的地が決定した。
俺達は独立国家エウレアを目指して移動を開始する。
最優先事項はゴーレムカーの修理だ。
できれば拠点も確保して、車体に改良を施したい。
次点で他の召喚者や、送還魔術の情報収集か。
これらは本来の目的なので、怠りなく進めていきたいと思う。
アリスが地図を見せながら説明を加える。
「ここからエウレアまでは十日ほどよ。でも、危険地帯を突っ切れば五日になる」
彼女の指が地図上の森や渓谷をなぞり、エウレアらしき都市に触れた。
ほとんど直線である。
確かに街道に沿って迂回するより早く着きそうだ。
「危険地帯には強力な魔物が出没するわ。自殺志願者でなければ避けるべき道だけど、今回は通ってもいいと思うの」
「はは、とんだ命知らずだな。何か理由はあるのかい?」
アリスは顔の前で三本の指を立てる。
「理由は三つ。一つは、ジャックさんがいれば危険地帯も突破できるから。たとえ大英雄でもあなたほどの高レベルではない」
「へぇ、そんなもんなのか」
「あなたが爆破した騎士団長で、だいたいレベル70くらいね。一般の兵だとレベル40もあれば称賛されるわ。ジャックさんは相当な規格外よ?」
意外な事実に驚く。
知らなかった。
レベル自体にあまり興味がなかったからな。
自分が高レベルであることは漠然と分かっていたが、まさかそこまでの大差とは。
以前、ステータスを見た門兵が偽装だと判断したのも納得である。
「危険地帯を提案する二つ目の理由だけれど、できればレベル上げがしたいの。強力な魔物を倒せば、その分だけレベルが上昇する。身体能力が底上げされて、体内の魔力量も増えるわ。ジャックさんと力を合わせれば、魔物は確実に倒せる。今後のことを考えると便利でしょう?」
「ふむ、一理あるな」
相槌を打ちつつも、今更ながらアリスのレベルを知らないことに気付く。
俺はすぐにゴーグル型の道具でアリスのステータスを確認した。
表示される情報によると、彼女のレベルは21。
カルマは-5で、スキルは膨大な数があった。
確かにレベルは低い。
俺と比較すれば差は歴然だ。
ちょっとしたことで死にかねない。
それは困る。
アリスは貴重な協力者なのだ。
現状、元の世界へ帰還するための鍵となる人物である。
そう考えると、彼女を生かすためにもレベル上げは必須だろう。
今のうちに実施しておくべきだ。
「そして危険地帯を薦める三つ目の理由は、魔物の死体が爆弾の材料にもなるからよ」
「ほう。そいつは聞き捨てならないな」
爆弾というワードの登場に、俺は身を少し乗り出す。
アリスは得意げに説明を続ける。
「魔物の死体には様々な使い道があるわ。武具に加工するのが主流だけど、爆弾の材料にもなるのよ。血液が爆薬代わりになる魔物もいる。甲殻の破片を内蔵させれば、強固な鎧も貫くわ。魔力との親和性が高くなるから、魔術を仕込むこともできるの。とても幅が広がるのよ」
「さすが錬金術師。詳しいな」
魔物を殺すことでアリスのレベルを上げて、残った死体は爆弾の材料にする。
なんて無駄のないルーチンだろう。
しかもそれで近道ができるのなら願ったり叶ったりである。
「結局どうするの?ジャックさんが嫌なら、迂回する道のりでもいいけれど――」
「もちろん最短ルートだ。いいこと尽くめだからな」
俺は即答する。
俄然やる気が湧いてきた。
どうせなら、この世界特有の爆弾をどんどん作ってみたい。
魔物の死体はまさに望み通りの材料であった。
さて、移動ルートが定まったわけだが、ちょっとした問題に気が付いた。
水と食糧の不足だ。
五日で踏破するとしても、少しギリギリかもしれない。
おそらく持つだろうが、もう一日か二日分の余裕がほしい。
道中で動物を狩ってもいいが、なるべく手間は省きたかった。
(あと少しだけ物資があればなぁ……)
そんなことを考えていると、後方からエンジン音が聞こえてきた。
振り向けば、兵士の乗った二台の車両が接近してくる。
おそらくは街からの追手だろう。
わざわざ追いかけてきたらしい。
しかも、たった二台でだ。
その執念は評価したくなる。
「ちょうどいい。物資が来てくれた」
俺はゴーレムカーを停車させて、ライフルを掴み取った。
弾がしっかりと装填されていることを確かめる。
「少し待っててくれ」
「うん」
外に出た俺はゴーレムカーから離れる。
戦闘に巻き込まないためである。
ここで車体に余計なダメージが入っても面倒だ。
「撃てえぇッ!」
接近する車両の荷台から、兵士達が射撃を行う。
俺は気にせずその場に佇む。
放たれる弾丸は近くを素通りするか、地面を僅かに耕していた。
連中は懸命に撃ちまくっているが、狙いがいい加減だ。
あれでは当たるわけがない。
「本物を見せてやるよ」
微笑む俺は、狙い澄ましてライフルを発砲する。
先行する車両の右前輪が破裂した。
車両は火花を散らしてスピンし、正面から大木に激突する。
衝撃で荷台の兵士達が投げ出されていた。
俺はそこへ催涙弾を放って動きを封じておく。
その間にもう一台の車両が、こちらへと突進を敢行しつつあった。
既にすぐそこまで迫っており、運転手の血走った眼までがはっきりと見える。
「よっと」
俺は膝を曲げて、軽く跳躍した。
車両の突進をひらりと躱し、荷台に着地する。
「な……ッ?」
「お、お前ェ!」
驚愕のあまり硬直する二人の兵士。
銃口を向けられる前に、ライフルの銃床で撲殺する。
俺は荷台から運転席へと腕を突っ込んだ。
指先が窓ガラスをぶち破り、運転手の兵士を捉える。
「うああああぁぁああっ!?」
「騒ぐなよ。苦痛は一瞬だ」
叫ぶ運転手の首を圧し折る。
途端、車両が無理な急旋回を始めた。
曲がり切れず、車体がどんどん傾いていく。
俺は横転の寸前に飛び降りて、草の上で前転着地を決めた。
ひっくり返った車両は、白煙を上げている。
こちらに生き残りはもういない。
俺は大木に衝突した車両へと向かう。
そこには咳き込みながら彷徨う三人の兵士がいた。
彼らはしきりに目を擦っている。
煙にやられて目が見えないようだ。
先ほどからでたらめに発砲したり、剣を振っている。
哀れな兵士達を、俺は順に撃ち殺していった。
車両の運転席で気絶する兵士も同様に射殺する。
「はてさて、戦利品をいただこうかね」
俺は鼻歌を奏でながら車両を漁る。
車内には備え付けらしき保存食と、三色の発煙筒があった。
兵士の死体からも各種武器や弾薬を拝借する。
労力に見合ったいい収穫だ。
街中ではゆっくり補充する暇もなかった。
せっかくの機会なので、もう一台も物色して物資を貰わなければ。
俺は荷物をゴーレムカーへと運びつつ、車内の相棒に声をかける。
「アリス! ちょいと手伝ってくれないか」
「うん、任せて」
ゴーレムカーがこちらへ近付いてきた。
さらに車体の一部が手の形になり、俺の運ぶ荷物を車内へと収める。
その後も半自動で戦利品が詰め込まれていく。
運転席に戻った俺は、その光景を見て苦笑する。
「これだけ便利だと、俺も魔術を覚えたくなるよ」
「残念だけど、ジャックさんには無理よ。魔力を一切持っていないもの。それだけ高レベルなのに魔力が無いということは、本当に素質がないようね」
「……丁寧な診断をありがとう。おかげできっぱり諦めが付いたよ、いや本当に」
二人きりの旅は、実に順調な滑り出しであった。




