第122話 爆弾魔は盛大な歓迎を受ける
ゴーレムカーは街の通りを猛スピードで走行する。
少しでも気を抜けば、すぐさま横転しかねない速度だ。
神経を尖らせてハンドルを操らねばならない。
時折、車体が屋台を掠めて破壊する。
そのたびに店主が悲鳴を上げるが、緊急事態なので許してほしい。
停まって謝罪するだけの余裕は無かった。
以前は搭載されていなかったクラクションを連発し、進路上の通行人をどかしていく。
別に撥ねても構わないのだが、率先して轢き殺しまくりたいわけでもない。
人肉で車体が汚れてしまうのも嫌だ。
(さて、ここからどこへ行こうか)
実を言うとまだ明確には決まっていない。
都市内にいる限り、新勢力はどこまでも追いかけてくるだろう。
ひょっとすると、国内にいる間はその調子かもしれない。
連中の立場からすれば、俺を野放しにはしたくないはずだ。
それだけで爆殺のリスクが付いて回るのだから。
拘束して監視下に置くか、一刻も早く抹殺したいに違いない。
正直、かなり鬱陶しい。
逃亡生活を強いられるのは望むところではない。
好き勝手に過ごしたい身としては、弊害でしかなかった。
手っ取り早い解決方法は、このまま連中のボス――すなわち次代の皇帝を殺しに行くことだ。
居場所に関しては、迷宮で気絶させた新勢力の生き残りから情報を得ていた。
首脳陣は、建設途中の城の近くにある洋館にいる。
広大な土地に建てられたそこを、城が完成するまでの住まいとしているのだという。
重要人物が固まっているのは、警備を分散させないためだろう。
激化した後継者争いを経て、暗殺対策には余念がないらしい。
距離的にはすぐに向かうことができるが、このタイミングで乗り込むべきではないだろう。
向こうには参謀がいる。
ここまでの状況から考えるに、召喚者であることはほぼ確定した。
つまり、俺が帝都で仕留め損ねた六人のうちの一人ということになる。
参謀の能力が分からないうちは接触すべきではない。
間違いなく規格外のスキルを持っており、何ができるか今のところは不明だ。
現状においては、直接対決を避けて離脱したい。
行方をくらませてから、じっくりと対策を練るのが最適だろう。
向こうの能力さえ判明すれば、あとはどうとでもできる。
能力の欠点を突く形で暗殺を計画すればいい。
今までの召喚者にもそうやって対応してきた。
能力さえ暴くことができれば、活路は自ずと開ける。
そのためにも、まずは当面の潜伏先を決めなければならない。
迷宮都市からほどほどに近い場所がベストだろう。
身を隠しつつ、新勢力の動きを監視したい。
離れすぎると彼らの動向を読みづらくなってしまう。
常に最新情報が手に入ってくれないと困る。
「アリス」
「何かしら」
「潜伏場所について、君の意見を聞きたい。どこかおすすめの場所はあるかい」
彼女に尋ねたのは、魔術的な観点も考慮できるからだ。
地道に勉強しているものの、俺はまだ新米未満の魔術師知識しか持ち得ない。
専門家であるアリスに意見を仰げば間違いはないだろう。
「そうね……」
地図を開くアリスは静かに思考する。
車外の景色がハイスピードで流れ、あちこちから悲鳴が聞こえようがテンションは変わらない。
彼女はいつも通りの調子で質問に対する答えを探していた。
やがてアリスは、地図を折り畳んで膝の上に載せる。
「いい場所があるわ。ジャックさんも気にいると思う」
「へぇ、そいつは朗報だな。具体的にはどこだ?」
「それは――」
アリスが答えようとしたその時、車体全体に影が差す。
空は青天のはずだった。
こんな風に暗くなるのは不自然だ。
不審に思った俺は、頭上を見上げて固まる。
トラック型の車両が、縦回転して迫りつつあった。
俺達を押し潰す軌道で徐々に落下してくる。
(どこかの馬鹿が投げ付けてきやがったな……ッ)
反射的に理解した俺は、ブレーキを踏みながらハンドルを切る。
進路をずらしたゴーレムカーは通りに並ぶ建物にぶち当たり、何棟か壊した末に急停車した。
飛来するトラックは、すぐそばを横切っていく。
少しでも判断が遅ければ、直撃していただろう。
トラックは燃料を散らしながら地面をバウンドし、通りを塞ぐような形で横転して止まった。
白煙を上げながら、じりじりと燃え始める。
「とんだ歓迎だな。俺のやり方が優等生に見えそうだ」
俺は座席にもたれて息を吐いた。
フロントガラスにへばり付いた果物や魚や布製品を見て、小さく苦笑する。
街の住人は、炎上するトラックを遠巻きに眺めていた。
一部の行動力のある者は、魔術の水で消火を始めている。
ほどなくして鎮火されるだろう。
こういう時も、個人で消防車のような働きができる魔術師は便利だと思う。
ゴーレムカーをバックさせる俺は、ふとサイドミラーに注目する。
慌てふためく人々の間を、悠々と闊歩する者がいた。
そいつは迷いなき足取りでこちらへ近付いてくる。
無地の赤いロングコートに藍色のズボン。
首からは指輪を通したネックレスを吊るしていた。
風に吹かれて黒い短髪が揺れる。
容姿を順に観察していると、本人と目が合った。
「――ははは、トラック投げ野郎のお出ましだ」
無意識に言葉が洩れる。
こちらへ近付くその人物は、俺と共に召喚された少年であった。




