第12話 爆弾魔は英雄の騎士を爆破する
「卑劣な爆弾魔め! 車を止めるんだッ! 大人しく投降しろ!」
兵士の乗った車両から怒声が飛んでくる。
あちらは軽トラックに近い形状で、ゴーレムではないようだ。
車両は斜め後方をキープして追跡してくる。
さらに荷台に乗った兵士達が、絶え間なく銃撃を繰り返してきた。
「……少し鬱陶しいな」
彼らを煩わしく感じた俺は、ブレーキを踏んで一瞬だけ減速する。
すると、追跡する兵士の車両と並んだ。
運転手の兵士と目が合ったので、気軽に手を振っておく。
「やあ、さっそくだが死んでくれ」
そう告げると同時に、ライフルで運転手を狙撃する。
弾丸は向こうの窓を粉砕し、運転手の側頭部に炸裂した。
飛び散る脳漿。
ぐったりと俯く運転手は、口から血を垂れ流す。
制御を失った兵士の車両は急加速する。
たぶん運転手の死体がアクセルを踏みっぱなしなのだろう。
蛇行運転の末、車両はそばの建物に突っ込んで横転した。
荷台の兵士がひっくり返って呻いている。
俺は点火した爆弾を手に取り、兵士達へと投げた。
「とっておきのプレゼントだ! 達者でなァ!」
慌てる兵士のそばを通り抜ける。
別れの挨拶にクラクションを鳴らしたかったが、残念ながら搭載されていなかった。
直後、爆発が起きる。
兵士の車両が派手に炎上し、すぐに誘爆で大破してしまった。
衝撃に煽られた建物が傾いて倒壊する。
土煙と建物の瓦礫が雪崩のように通りを塞いでいく。
「ははは、ブラックコーヒーより目が覚めるってもんだ」
爆走するゴーレムカーは快調だった。
度重なる攻撃を受けながらも、ほとんど損傷していない。
とんでもなく頑丈だ。
設計及び製造はアリスである。
ということは、魔術的な防護も施されているのだろう。
彼女の用心深さが窺える。
よほどのことがない限り、車内は安全と思って良さそうだ。
正直、予想以上のハイスペックであった。
元の世界でも、これほどのマシンを見つけるのは苦労するだろう。
「どう? この車、気に入った?」
アリスがライフルの再装填を行いながら問いかけてくる。
彼女は少し誇らしげな顔をしていた。
本当に僅かな変化だが分かる。
俺は飛び出してきた兵士を轢きながら答える。
「ああ、だいぶ気に入った。元の世界に持ち帰りたいくらいだ」
「良かった。嬉しい。改良できるから、後で詳しい感想と要望を聞かせてね」
「おうとも。今からバージョンアップが楽しみだな」
話しているうちに、正面にバリケードが見えてきた。
ただし、他と比べて守りがやや薄い。
急ごしらえの印象を受ける。
俺達が予想外の進路を取っているせいで、準備が間に合わなかったのかもしれない。
「あれなら迂回しなくてもいいか」
その様相を観察して俺は判断する。
ゴーレムカーの耐久性は既に実証済みだ。
即席のバリケードで止められないことは知っている。
「ぶち抜けるぞ。しっかり掴まってろよ?」
「任せて。突破に最適な形にするわ」
答えたアリスは詠唱を口にする。
車体の前部が変形を始めた。
運転席からは見えにくいが、鋭利そうなブレードが形成されている。
ブルドーザーに付いている部位に近い。
あれにもう少し角度を付けて尖らせたものだ。
ゾンビ映画に出てきそうな改造である。
「ヒュウッ、おっかねぇなこりゃ! スポーツカーというより装甲車に近いかっ?」
「こっちの方が突撃に向いているでしょう?」
「分かっているじゃないか! ナイスな判断だ」
アリスを褒め称えながら、俺はゴーレムカーをさらに加速させる。
重低音を響かせるエンジン。
そこに脳を震わせるようなハードロックが合わさる。
きりきりと心臓が引き締まるような感覚がした。
心臓が激しく鼓動している。
まるでトライアスロンを往復でもしたような具合だった。
身体も火照ってきた。
俺は目を見開き、歯を食い縛って笑う。
アドレナリンが大量に分泌されているのを感じた。
とにかく最高の気分だった。
俺は神経を研ぎ澄ませて、前方のバリケードに集中する。
兵士達の射撃が連続で車体に命中した。
金属音を伴って火花が散るも、車体にダメージは入らない。
フロントガラスも無傷だった。
ガラスに見えるだけで、正確には別の物質なのだろう。
防弾ガラスでもここまでの強度はない。
続けて魔術が放たれた。
火球や雷撃がゴーレムカーに炸裂する。
しかし、車内が少し揺れた程度で、運転には少しの影響もなかった。
「クソ、撤退だ! すぐに離れろォ!」
「モタモタするなッ!」
「駄目だ、間に合わない……っ!」
止まらないゴーレムカーを見て、兵士達は逃げ始める。
一切の迎撃を断念し、バリケードの向こう側へと退避した。
もう手遅れだというのに、悠長なものである。
「ヘイ、何をそんなに急いでいるんだい?」
俺はバリケードへと突進する。
車体前部のブレードが、横一線に張られていた鎖を引き千切って木柵を粉砕した。
逃げ惑う兵士は撥ねるか轢き殺す。
封鎖目的で置かれた車両は、衝突でスピンさせながら押し退けた。
「お、ちょうどいいところに」
「げあっ!?」
俺はすれ違いざまに一人の兵士の首を掴み上げた。
そいつを引きずりながら走行する。
「なぁ、弾を恵んでくれないか? 底を尽きそうなんだ」
「あ、がっ、うぅあ……っ!」
兵士は足を地面に擦りながら呻く。
ばたばたと慌てていた。
彼はなんとか予備弾を掲げると、俺に差し出してくる。
「たっ、助けて――」
「サンキュー、恩に着るぜ」
俺は兵士の首を放して予備弾をキャッチした。
兵士は悲鳴を上げながら地面を転がり、視界から消える。
運が良ければ生きているはずだ。
俺は手に入れた予備弾をアリスに投げ渡す。
「お裾分けしてもらえたよ。優しい人ばかりで感謝が尽きないな」
「……ジャックさんは冗談が好きね」
「真面目を捨てた男だからな」
アリスの的確な指摘に、俺は皮肉っぽく笑う。
その後も俺はゴーレムカーで爆走し続けた。
行く手を阻む兵士は等しく始末していく。
このモンスターマシンを駆使すれば、実に楽な作業だ。
そんなこんなで街の出口が見えてくる。
目を凝らすと門の様子が確認できた。
兵士が集結しているが、この車両の突破力なら問題ない。
エンジン全開で粉砕できるだろう。
(あそこまで二分もかからないな……ん?)
その時、鋭い殺気を感知した。
俺は運転の手を止めず、サイドミラーに注目する。
遥か後方に一人の騎士がいた。
若い女だ。
やけに豪華な剣を持っている。
加えて鱗に覆われた異形の馬に騎乗していた。
殺気は女騎士からのものだ。
只者ではないオーラも伝わってくる。
こちらを見据える双眸には、尋常でない覇気が宿っていた。
そこらの兵士とは格が違う。
俺は知っている。
あれは数え切れないほどの命を奪ってきた人間だ。
歴戦の強者と言うべきか。
とにかく現状において最大の障害に違いない。
「厄介な奴に目を付けられたな……」
俺はため息を吐く。
アリスも後方から迫る存在に気付いた。
「彼女はこの街の騎士団長ね。国内でも有名な英雄で、魔剣の使い手よ。名前は確か――」
「いや、言わなくていい」
「どうして?」
「五分後、あいつは死んでいる。名前なんざ、すぐに忘れちまうさ」
俺はサイドミラーを見ながら爆弾を掴んだ。
アリスに点火させてそれを外に投げる。
放物線を描いた爆弾は、ちょうど女騎士の進路上に落ちた。
「ハァッ!」
威勢よく声を上げた女騎士が手綱を引く。
鱗の馬は華麗なステップで爆弾を回避してみせた。
加速して爆風をも置き去りにする。
続けて他の爆弾もプレゼントするが、いずれも躱されてしまった。
女騎士はさらに距離を縮めてくる。
明らかにゴーレムカーの速度を凌駕していた。
「なかなかやるなぁ。騎士よりジョッキーの方が向いているんじゃないか? あの馬も含めてだが」
「騎乗生物は竜種の遠縁にあたる魔物よ。馬よりもずっと強くて速い。この車両でも振り切れないみたいね」
「製造者としては悔しいかい?」
「……ええ、ちょっとだけ」
そうこうしている間に、女騎士がついにゴーレムカーと並走するに至った。
彼女は運転席側――つまりは俺のそばまで寄ってくる。
肌がひりつくほどの殺気だった。
俺は女騎士と視線を交わす。
「ハロー、ツーリング希望かい?」
「狂人が、戯言を……ッ!」
女騎士がいきなり剣で攻撃してくる。
片腕による斬撃は、ゴーレムカーの装甲と車体を切り裂き、容赦なく車内に飛び込んできた。
運転席の俺を両断する軌道だ。
「おっと」
俺は咄嗟にハンドルから手を離し、左右の手のひらで刃を挟み込んで止めた。
確か真剣白刃取りといったか。
以前に日本のマンガで見た技である。
実戦では数えるほどしか使ったことがなかったが、やはり役に立つ。
俺は右脚でアクセルを踏みつつ、左脚でハンドルを操作した。
これくらいの曲芸は難なくこなせる。
手のひらに挟む刃を見て、俺は素直に感心する。
「すごい切れ味だな」
「それは魔剣。普通の武器とは比較にならない破壊力よ。気を付けて」
アリスが横から補足説明を入れた。
魔剣とやらが何かを知らないが、危険なのは分かった。
少なくともゴーレムカーの防御力は意味を為さない程度らしい。
「な、に……ッ!?」
一方で女騎士は驚愕していた。
斬撃を止められるとは思っていなかったようだ。
彼女は魔剣を引き戻そうとしているが、びくともしない。
俺が両手で挟んだままだからである。
高レベル補正による膂力がここでも発揮されていた。
この感じだと、子供と大人以上の差がありそうだ。
俺は片脚でハンドルを切り、車体を女騎士へと寄せる。
このまま壁まで追い込んで押し潰してやろう。
鱗の馬は、道端の屋台を粉砕しながら疾走する。
離れようにも、俺が魔剣の刃を挟んでいる状態だ。
障害物にぶつかりながらも強引に前進している。
これで倒れないとは、あちらの乗り物も相当に優秀みたいだ。
しかし、それもすぐに限界が訪れた。
ゴーレムカーのサイドが、鱗の馬に触れ始める。
絶え間なく鳴り響く摩擦音。
俺はさらに壁へと追いやっていく。
「ぐっ……!」
苦しそうな女騎士が、魔剣を握り直す。
すると突然、刃が発光した。
俺は反射的に手を緩める。
女騎士はその隙を突いて魔剣を引き戻し、そこから跳躍して消えた。
乗り手のいなくなった鱗の馬は、衝突で体勢を崩してゴーレムカーのタイヤに巻き込まれる。
底部から大きな揺れが伝わってきた。
鱗の馬を轢き越えたようだ。
俺はゴーレムカーを道の真ん中まで戻して走る。
間を置かず、車のルーフで小さな物音がした。
俺は地面に差す影を一瞥する。
ゴーレムカーの上に女騎士がいた。
寸前で跳び乗ってきたようだ。
そう認識すると同時に、頭上からルーフを貫いて魔剣が生えてきた。
発光する刃が、俺の太腿のそばに突き刺さる。
ひねる動作を経て、刃は即座にルーフ上へと戻った。
一秒もしないうちに再び魔剣が下りてくる。
今度は背もたれを切り裂いた。
そしてルーフへと消える。
「ジャックさん」
「大丈夫だ。心配すんな」
俺はわざとハンドルを急旋回させて乱暴な運転を心掛ける。
車体を揺らし続けるも、女騎士は振り落とせない。
時には窓から腕を出して、拳銃を撃った。
目視できないので狙いは勘だ。
とにかく攻撃させないのが第一であった。
この位置関係で一方的に攻撃されるのは面倒だ。
女騎士を載せたゴーレムカーは、そのまま門を突破して街の外へ出た。
街道から逸れて、草原の中を突き進む。
俺は拳銃の弾切れを確認して苦い顔をする。
「ったく、サブマシンガンの一つでも欲しいもんだ。まあでも、役目は果たしてくれたな」
しぶとく粘った甲斐もあり、ようやく妨害の入らない場所へと来れた。
これで心置きなく反撃に移れる。
銃撃を止めたことで、女騎士による攻撃が再開した。
俺は微かな気配と直感で刃を回避する。
刃が頭上へ引き戻されるのを見つつ、アリスに指示をした。
「自動運転に設定しといてくれ」
俺は返事を待たずにドアを開け、一本の短剣を持ってルーフの上によじ登った。
女騎士が魔剣を手に睨み付けてくる。
走行中の車の上だろうと、その構えには微塵の揺るぎもない。
俺は短剣を弄びながら肩をすくめる。
「よう、無賃乗車は困るなぁ。今すぐに降りてもらおうか」
返事代わりの斬撃が襲いかかってくる。
俺は上体を逸らして避けた。
恐ろしいスピードだが、事前に予測できていれば十分に見切ることができる。
魔剣が振り切られる前に、その腕を掴んで止めた。
「くっ!?」
「チェックメイトだ」
俺は女騎士の太腿に短剣を突き刺した。
手を離す際、柄に付いたピンを引き抜く。
「あの世への特急チケットだ。受け取りな」
俺は女騎士の腹を蹴り飛ばす。
宙へ放り出された女騎士は、受け身も取れずに地面に激突した。
慣性に従う身体は無様に転がる。
その姿は、走行するゴーレムカーから瞬く間に離れていく。
数秒後、女騎士が爆発した。
四肢が千切れ飛び、悲痛な面持ちの生首が草原をバウンドする。
青々とした草原の中で、爆心地だけが赤黒く染まっていた。
今のは短剣の柄に仕込んだ爆弾の仕業だ。
ピンを抜いたことで内部の薬剤が混ざって反応したのである。
いい爆発だった。
まずまずの性能だろう。
いくつかスペアを作ってもいいかもしれない。
ふと足元に魔剣が転がっていることに気付く。
女騎士の落とし物だった。
せっかくだ。
戦利品としていただいておくか。
魔剣を拾った俺は車内へ戻る。
アリスは変わらず助手席にいた。
ハンドルはひとりでに微調整されている。
自動運転が有効化されているようだ。
俺は運転席に座り直して笑う。
「無事に脱出できたな。大勝利だ!」
俺はアリスに向けて手のひらを掲げる。
彼女は不思議そうに首を傾げる。
頭にクエスチョンマークが浮かんでいた。
意図が伝わっていないらしい。
俺は手を下ろして苦笑する。
「ハイタッチだ。知らないのか?」
俺は両手で動きを実演してみせた。
それを目にしたアリスは、興味深そうな顔をする。
「初めて聞いたわ。どういう時にするの?」
「明確な定義はないが、嬉しい気持ちを共有したり、気分が盛り上がった時なんかに使う。まあ、言ってみればノリさ」
「なるほど……はいたっち、ね。理解したわ」
神妙そうに頷いたアリスは、おもむろに腕を掲げた。
それも俺に手のひらを向けた形だ。
彼女は上品な微笑を浮かべる。
「はいたっち、しましょう?」
「……オーケー、喜んで」
こんな風に誘われたら断れるはずもない。
街を脱出した俺達は、互いの手を打ち合わせた。




