第117話 爆弾魔は迷宮に刺激される
宿を確保した俺達は、さっそく街を観光することにした。
歩きながら都市の様子をチェックするのだ。
そこから今後の詳しい予定を決める。
事前にある程度の情報は集めているものの、やはり実際に見てみると新しい発見があったりする。
地味なやり方だが、こういった部分を怠ると後で失敗するのだ。
宿にゴーレムカーを停めて、アリスと共に徒歩で移動する。
街を歩く人々の種族は様々だった。
特にこれといった偏りはなく、非常に雑多とした印象を受ける。
それにしても、武装した人間の割合が圧倒的に多い。
揃いの服装というわけでもないので、正規の兵士ではあるまい。
おそらくは傭兵か冒険者だろう。
事前情報によると、ここは迷宮都市と呼ばれているらしい。
都市にいくつかの迷宮があり、それらを商業的な基盤としているのが由来だ。
迷宮とは、自然現象で発生する特殊な空間である。
魔力によって物理法則が歪んでおり、何もない場所から魔物が発生するのだそうだ。
稀少な鉱石や宝等が出土することもあるという。
言わば天然の大規模魔術であった。
冒険者は財宝を目当てに迷宮を探索するのだ。
本来、迷宮は滅多に発生しないものらしい。
例外的にいくつもの迷宮を持つのがこの都市の特徴である。
まるでゲームのようだと思ってしまうが、ここは異世界だ。
レベルやステータス、魔術といった独特の法則で回っている。
今更、迷宮くらいで驚いたりはしない。
そういうものが存在する、と認識しておけばいいだろう。
「腹が減ったな」
「屋台で何か買う? 色々売っているわ」
アリスが指を差す先には、いくつもの屋台が並んでいた。
行き交う冒険者達は、それぞれに立ち寄って食べ物を買っている。
辺りには良い匂いが漂っていた。
ここにある屋台は、迷宮帰りの冒険者を狙っているのだろう。
実に合理的な商売である。
商品の中には酒もあるようで、疲れた様子の冒険者が何人も吸い寄せられていた。
それを目にした俺は決意する。
「よし、軽く食べておくか」
二人で適当な屋台の列に並び、タレ付きの串焼きを購入する。
値段は妙に安かった。
城塞都市で似たようなものを注文すれば、この三倍はするだろう。
気になって店主に尋ねたところ、迷宮で討伐した魔物の肉を使っているらしい。
大量に持ち込まれるため、この価格で提供できるのだという。
(食って大丈夫なのか? 食中毒はごめんだが……)
恐る恐る串焼きを口に運ぶ。
不安な品質とは裏腹に美味い。
肉は淡白な味わいで食べやすかった。
知っている味の中では、蛙の肉に近いだろう。
それがこっとりとしたタレに良く合う。
あっという間に一本を平らげてしまった。
アリスがまだ食べているので、その間に追加の一本を買いに行く。
「意外と美味いな。魔物の肉も捨て難い」
「貴重な栄養源だから、味の研究がされているようね」
アリスは頬を膨らませながら考察する。
彼女も串焼きを気に入ったらしい。
そうして小腹を満たした俺達は、賑わう通りを再び歩いていく。
やがて前方に大きな建造物が見えてきた。
建築中の城がそびえ立っている。
今も作業員が資材の運搬を行っていた。
まだ全体像が見えないものの、かなり巨大な城になりそうだ。
辺りには、建築風景を眺める通行人がたむろしている。
俺達はその中に紛れ込んだ。
「何を建てているんだ?」
「新しい皇帝の住まいのようね。城の真下に迷宮があるみたいだわ。そこから魔力供給をするつもりみたい」
「へぇ、面白いアイデアだな」
城塞都市の開発を進めていくうちに分かったが、大規模な魔力供給装置を造るには膨大な手間とコストがかかる。
疑似的な都市核の製造や、世界樹の培養に着手しているものの、あれは簡単に成果を出せるものではない。
長期的な構想で進めるべき案件である。
そのような魔力供給装置を手軽に代用できるのなら、それに越したことはあるまい。
新勢力がこの地を拠点にしているのも、迷宮による経済効果だけでなく、迷宮そのものを魔力的なリソースとして利用する魂胆があったためだろう。
俺はじっと城を眺め、その全貌を想像する。
手を当てると、口元には笑みが張り付いていた。
(いいな。爆破のし甲斐がありそうだ)
立派な建造物に、大容量の魔力リソース。
俺に吹き飛ばせと言っているようなものじゃないか。
もはやお馴染みとなりつつある行事と言える。
爆弾の設置箇所を検討していると、横から服を引っ張られた。
見ればアリスが上着の裾を掴んでいる。
彼女は上目遣いに口を開く。
「ジャックさん」
「何だい?」
「今は駄目よ」
どうやらお見通しらしい。
俺は嘆息混じりに肩をすくめた。




