第114話 爆弾魔は召喚者を白炎に巻く
車両の上部で着地音がした。
女がゴーレムカーの上に乗ったらしい。
衝突の勢いを利用したのだろう。
「豪快な女だな。ヒッチハイクはよそでやってくれよ」
まったく、どこのアクション映画だと言いたくなる。
俺はハンドルを左右に切って車両を揺らした。
しかし、女は一向に落ちてこない。
しっかりとしがみ付いているようだ。
運転席からその姿は見えない。
やがてフロントガラスに女の姿が現れた。
這いつくばった姿勢の彼女は、にっこりと笑顔を浮かべる。
そして腕を振り上げると、肘打ちをフロントガラスに叩き付けた。
どうやら力任せに割ろうとしているらしい。
「おいおい、愛車に何してくれてるんだ」
俺はドアの窓を開けると、そこからナイフを投擲した。
手首のスナップで飛ばしたそれは、マフラーを巻いた女の首に突き刺さる。
「……っ」
女が目を見開き、動きを止める。
刃の刺さる箇所から血が滲み出していた。
そのまま車外へ落下するかと思いきや、彼女はナイフの柄を掴んで引き抜く。
夥しい量の鮮血が噴き出した。
フロントガラスが血塗れになって視界不良となる。
「チッ……」
舌打ちした俺は、ワイパーを動かそうとする。
その時、片方から破壊音がした。
ワイパーの先端が破損して無くなっている。
血で見えにくいが、女がやりやがったのだろう。
遅れて無事なワイパーが動き、辛うじて視界が確保された。
未だフロントガラスに居座る女は、晴れやかな笑みを湛えている。
首にナイフが刺さったというのに平然とするその姿は、この上ない狂気を発散させていた。
(傷が浅かったか?)
いや、そんなはずはない。
あれだけの出血量だ。
致命傷なのは確かであった。
それだというのに、彼女はなぜ生きているのか。
「あっはぁッ!」
奇声を上げた女が、へし折ったワイパーの先端をフロントガラスに叩き付けてくる。
表面に小さなヒビが走った。
相当な耐久性があるはずなのだが、よくやるものだ。
「私が動きを止めるわ」
そう言ってアリスがゴーレムカーを操作する。
車外でパワードスーツ時のアームが展開し、女を拘束しようと動く。
「あはははははぁっ」
女は首から引き抜いたナイフを振るい、アームを次々と切断していく。
ほんの一瞬で十数本を解体してしまった。
恐るべき反応速度とナイフ捌きである。
高レベル補正もあるのだろうが、それ以上に本人の技量が関係しているだろう。
他の召喚者は持て余していた印象だったが、この女にはそれがない。
やはり戦いに慣れている。
(このままでは埒が明かないな)
俺は後部座席に手を伸ばし、一挺のショットガンを手に取る。
ようやく開発できたポンプアクション式だ。
いつもの二連式とは装弾数が異なり、弾切れまでに五発も撃てる。
「アリス、前を開けてくれ」
「分かったわ」
彼女の返答と共に、走行するゴーレムカーが僅かに変形した。
フロントガラスが左右に収納され、車外との境目が無くなった。
外気が強い風となって吹き込んでくる。
「あれ?」
女はきょとんとした顔をしている。
急な変形に戸惑っているようだが、すぐにナイフを振り上げた。
血塗れの刃先は、運転席の俺を狙っている。
「これでも食らいやがれ」
女にショットガンを向け、引き金を引く。
轟音に伴って吐き出された散弾が、女の胸部に炸裂した。
迸る鮮血。
女は大きく仰け反るも、すぐに体勢を戻す。
血反吐をこぼしながらも、彼女は笑みを見せた。
「ハッハ、今度はゾンビ退治か?」
俺はハンドグリップを前後にスライドし、排莢と装填を済ませる。
そして二発目を撃つ。
今度は腹部に命中した。
女は前のめりになって倒れる。
額がボンネットに打って鈍い音を立てた。
「んふふっ」
妙に明るい笑い声。
女がぐるりと首を回してこちらを見た。
これでもまだ死ななないらしい。
(そうなると、アレをやるしかねぇな)
俺は運転席からボンネットへ飛び移った。
女がナイフを突き込んできたので、その手を掴んで捻り上げる。
さらに彼女の背中を踏んで動きを止めた。
俺は自動運転に切り替えるアリスに声をかける。
「爆弾だ! 高威力のやつをくれっ」
「分かったわっ」
アリスが後部座席を漁り、そこから爆弾を投げてきた。
俺は上がって片手でキャッチする。
投げ渡されたのは粘着式の精霊爆弾だった。
炎属性を強めたタイプである。
俺の要望を満たすだけのパワーを秘めていた。
その爆弾を女の顔面に押し付けて設置し、起爆用のピンを抜いた。
駄目押しに女の両腕を折り、襟首を掴んで持ち上げる。
「あばよ。派手にぶっ飛びやがれ」
持ち上げた女を後方へ放り投げた。
手足を投げ出して女は宙を舞う。
ゴーレムカーからどんどん離れていく。
数秒後、白炎を散らす爆発が発生し、女の身体は木端微塵に消し飛んだ。




