第11話 爆弾魔は街中をドライブする
「さて! これで準備は万端だな」
腕組みをした俺は、ゴーレムカーの前で頷く。
車内には荷物が満載だった。
爆弾用の材料と、アリスが必要と判断した機器――魔道具が大半である。
あとは数日分の水と食糧くらいだろうか。
どれも必需品であった。
俺は部屋の窓から外の様子を窺う。
兵士達は、十分ほど前から侵入を試みていた。
彼らは柵と門に仕掛けられた電流トラップに苦戦している。
なんとか乗り越えた者も、無数のゴーレムに殴られて昏倒していた。
屋敷の防衛力は侮れないレベルのようだ。
見事に兵士達の侵入を食い止めている。
おかげで荷物をまとめる時間ができた。
「ノロマめ! この程度の屋敷すら制圧できないのか! たかが錬金術師の自宅であろう!?」
ヒステリックな叫びが聞こえてくる。
兵士に紛れて、立派な鎧を着た男が怒鳴り散らしていた。
装備が周りと異なるので、たぶん騎士だろう。
彼は部下らしき兵士を熱心に急き立てている。
よほど俺と会いたくて仕方ないらしい。
早く挨拶しに行かなければ。
あまり待たせると失礼だ。
俺はドアを開けて運転席に乗り込む。
低反発のシートで、座り心地はまずまずだった。
長距離でも尻が痛くなりにくいタイプである。
アリスは助手席で鞄を抱いている。
彼女も既に準備ができていた。
ちょこんと小動物のように座っている。
俺はシートベルトを締めようとして、そもそもそれがないことに気付く。
安全面の考慮が欠けている、
他の車両もそうなのだろうか。
(まったく、この分だとエアバッグも期待できないな)
内心で軽く愚痴りつつ、俺は車内の構造を確認する。
一見すると慣れ親しんだものに近かった。
ハンドルやアクセル、ブレーキなども通常と同じ位置にある。
違いを挙げるとするなら、元の世界の車より操作系統が簡略化されていた。
機関部がゴーレムに依存しているからだろう。
操縦が楽そうで何よりである。
肝心の運転方法も、荷運び中にアリスから教えてもらっていた。
自動運転もできるそうだが、俺が運転することにした。
今から兵士の包囲網を突破して、街を出ていくつもりだった。
かなり荒々しい展開が予想される。
不測の事態が頻発する関係上、俺が運転したかったのだ。
ハンドル捌きには自信がある。
カーチェイスは過去の任務で幾度となくこなしてきた。
もちろん命がいくつあっても足りないような局面ばかりだ。
今回も華麗に逃げ切ってみせよう。
俺は円柱状のキーを鍵穴に差し込んで回す。
すると、車体から唸るような低いエンジン音が発せられた。
車両を構成するゴーレムが起動したのだ。
シートから振動が伝わってくる。
「いい音じゃないか。俺の好きなタイプだ」
これは相当にパワフルな車両だろう。
脱出用としては申し分ない。
一方でアリスは、そわそわと落ち着きがなかった。
その姿はまるで遊園地で初めてジェットコースターに乗る子供である。
「なんだか少し緊張してきた気がするわ。怖くはないのだけれど」
「ドライブデートだからな。俺だってドキドキするさ」
ただし、コースはひたすらに過酷だが。
矢と銃弾と魔術が飛んでくるスリル満点な道のりだ。
街を出るのも一苦労である。
「ジャックさん。壁を開けるけど大丈夫?」
「ああ、いつでもオーケーさ。準備はできている」
俺が答えると、アリスは何かを呟いた。
魔術の詠唱だろう。
それに合わせて前方の壁が変形し、正門までの直進の坂道が出来上がる。
外からも丸見え状態だった。
すぐさま兵士達はこちらに気付いて、攻撃のそぶりを見せた。
登場だけで大盛り上がりである。
さながらスターにでもなったかのような気分だ。
そのボルテージに応えてみせよう。
「行くぜ。楽しいドライブの始まりだ」
俺はハンドルを握り締め、アクセルを踏み込んで発進した。
後ろへ引っ張られるような感覚と共に、ゴーレムカーはエンジン音を轟かせながら部屋を飛び出す。
そのまま乱暴に揺れながら坂道を直進で下っていく。
「舌を噛まないように気を付けろ!」
「う、うんっ」
数ヤード先には敷地を仕切る正門があった。
先ほどの騎士が必死に叫んでいる。
「と、止まれェッ! 止まらんかァッ! この爆弾魔め、貴様が帝都を破壊したことは既に――」
「シャラップ。罵倒しかできないのか、この口だけ野郎」
俺は一切の減速をせずに突進する。
正門をぶち壊しながら、ついでに喚く騎士も撥ねた。
「ぶぎぁっ!?」
蛙のような声を上げた騎士が、ボンネットの上でバウンドする。
その際、フロントガラスに血と脳漿が付着した。
頭部の割れた騎士が後方に落下する。
ゴーレムカーは、そのまま進路上の兵士を轢きながら突き進む。
「あ、落とさなきゃ」
アリスが車内のボタンを押すと、ワイパーが往復して汚れを除けた。
ぶちまけられた血は薄く伸ばされただけだが、視界不良に陥るほどではない。
小粋なデコレーションだと考えて我慢しよう。
「逃がすなァ! 絶対に仕留めるぞッ」
「向こうの部隊に連絡しろ!」
「魔術師は車輪を狙えッ!」
無数の銃撃や魔術の投射が車体に命中する。
しかし、それらのすべてが装甲に弾かれていた。
車両のスピードには些かの衰えもない。
圧倒的なパワーで包囲網を抜けて、通りへの道を走り続ける。
屋敷周りの兵士が見えなくなったところで、俺はハンドルを叩きながら歓声を上げた。
「ハッハァ! こいつは最高のモンスターマシンだッ!」
これほど素晴らしいことがあるだろうか。
連中を爆弾で吹き飛ばしてやるのも一興だが、こういった手法もいい。
何より爽快感がある。
高鳴る心臓が、強烈な興奮を主張していた。
「忘れていたわ。これも作動させないと」
アリスがまた何かのボタンを触る。
途端、車内に大音量の音楽が流れ出した。
どこぞの戦乙女を彷彿とさせる曲調だ。
それを三割増しでロックアレンジした感じである。
当然、ファンタジーな異世界のイメージとは程遠かった。
俺はハンドルを握る指でリズムを取る。
曲の雰囲気に釣られて運転が荒くなりそうだ。
「この機能は何だ? 音楽プレーヤーでも搭載しているのか?」
「旋律を術式とした特殊な魔術よ。五番目の私が音楽家で、こういう曲調が好きだったみたい。私はそれほど好みじゃないけれど。ちゃんと効果もあるわ。この曲は動体視力の向上と、気分の高揚を促すみたい。仲間の士気を上げる時に最適だと記録しているわ」
アリスは真面目な顔で答える。
音楽にも魔術的な効果が宿るのか。
異世界は本当に何でもありな気がしてきた。
まあ、この曲は好きだし、ハードロックを聴きながら運転するのは気分がいい。
せっかくだから満喫しようか。
元よりこれだけ派手な脱出方法を選んだのだ。
今更、大音量の音楽が加わったところで誤差の範囲だろう。
ゴーレムカーは街の通りに着いた。
逃げ惑う人々の間を豪快に走り抜ける。
車体とぶつかった露店が次々と倒壊していった。
(このまま直進すれば、街の外へ繋がっているはずだ……)
そう思った矢先、前方に複数の車両が停まっているのが見えた。
渋滞して通りを塞がれている。
集結して銃を構える兵士達の姿もあった。
どうやら逃走経路を予測して待ち伏せしていたらしい。
「なかなかやるじゃない、かっ」
一斉射撃が始まる中、俺はドリフト走行で細い路地に飛び込んだ。
左右の壁を削りながら、入り組んだ路地を進んでいく。
行き止まりを引いた瞬間に衝突しかねない。
ルートは慎重かつ迅速に選んだ。
「追手が来たわ」
後方を振り返るアリスが警告する。
サイドミラーを確かめると、バイクに乗った数人の兵士がいた。
彼らは揃って杖を構えている。
運転しながら魔術を撃つつもりか。
何とも器用な連中である。
「まあ、そうはさせないがね」
俺はドアのレバーを操作して窓を開けた。
そして、手元のバッグから革筒タイプの爆弾を取り出す。
自作の催涙爆弾だ。
「アリス、頼む」
「うん」
爆弾をアリスに差し出すと、彼女はライターで手際よく点火した。
短くなりゆく導火線を確認した俺は、それを窓から放り投げる。
爆弾は地面を転がりながら赤い煙を噴出し始めた。
煙は濛々と焚かれて、路地に充満していく。
「ぐっ、なんだっ!?」
「目が! 目が痛えっ」
「ゲホッ、ゴホッ……!?」
バイクに乗った兵士達は、それぞれリアクションを取りながら転倒し、或いは路地の壁に衝突した。
そこへ後続がぶつかって次々とクラッシュしていく。
あれではもう再起不可能だろう。
少なくともこのルートで追いかけて来れる者はいまい。
俺は路地を抜けて別の通りへと向かった。
方角が分からなかったので、ひとまず右折する。
「街の外へ向かうなら反対方向よ」
「おっと、しまった。らしくないミスだ」
方向転換をしたいが、悠長に切り返す暇もない。
その間に兵士達が殺到してきたら面倒だ。
再び路地に入って走りながらルート修正するのが堅実か。
そう考えた時、車体が何の前触れもなく百八十度回転した。
突然の遠心力に耐えつつ、ハンドルを放さずに操る。
甲高い音を立てながら土煙を撒き上げるタイヤ。
急ブレーキをかけているようだ。
そうして一瞬で方向転換を完了させたゴーレムカーは、平然と反対方向――すなわち街の外へ繋がる方角へ走り始めた。
「今、何をしたんだ?」
「ゴーレムに命令して、車輪から上だけを回転させたの。いちいち方向転換するのも面倒でしょう?」
「……これからは予告してからやってくれ。さすがに驚くからな」
アリスの有能ぶりと思い切りの良さに呆れていると、後方から兵士がやってきた。
バイクで一気に接近してくる。
その手には小型の銃が握られていた。
銃口の向きを見るに、ゴーレムカーのタイヤを狙っているようだ。
「そうはさせねぇよ」
俺は片手でライフルを掴み、窓から外に出す。
その状態から、手首のひねりで照準を調整して、サイドミラーで兵士を見据えながら発砲した。
弾丸は兵士の額をぶち抜き、タイヤの破壊を阻止してみせる。
俺は弾切れのライフルをアリスに渡した。
「頼む」
「ええ、分かったわ」
ややぎこちない動きながらも、アリスはライフルの再装填を済ませる。
地味ながらも的確なサポートだ。
今はなるべく運転に意識を割きたいので、細々とした部分を任せられるのは地味に助かる。
「――意外と楽しいものね」
高速で流れる外の景色を眺めながら、アリスはほのぼのと呟く。
微々たる変化だが、彼女は確かに笑っていた。
本当にただのドライブをしているかのような様子である。
こうして見ると、物静かだが感情は豊かなのかもしれない。
何にしろ、この状況を楽しめているのはいいことだ。
率先して協力してくれるので、俺としてもありがたい。
倫理的には問題しかないが、それは俺の気にすることではないだろう。
過激なドライブは、まだまだ続きそうだった。




